ボクらの太陽 Another・Children・Encounter4「足りない物」

 話には聞いていた。
 強敵を求めて復活を繰り返す不死身のヴァンパイア・ロード。長きに渡って、太陽仔の一族を付け狙ってきた男。
 だが『太陽少年ジャンゴ』の活躍により、その執念の生に幕を閉じられ、永遠の闇へと還ったはず……だった。
「伯爵! 貴様、また蘇ったのか!?」
 隣のおてんこさまは生真面目にも、目の前でわざとらしくあごひげを撫でる男に応じている。彼はもう何度も相手をしているだろうに、いちいちご苦労なことだ。
 伯爵の方も、おてんこさまの事はよく覚えているらしい。「ふん、相変わらずそうだな」と挨拶してきた。正確にはおてんこさまは「ここ」のおてんこさまではないのだが。
 こっそり逃げられないかなーと一瞬思うが、最初に自分を直接指した言葉で歓迎されてしまったので、逃げ出す事もできない。それに逃げ出したら、おてんこさまにどつかれるどころでは済まされないだろう。
 なら、やる事は一つ。――先手必勝!

 シャレルが地を蹴り、剣を抜いた。

 

 

「ぬっ!?」
 さすがにいきなりの攻撃は考えていなかったらしい。構えるのと剣が振り下ろされるのは、同時だった。
 ぶつかり合う剣と伯爵の右腕。まだ非力な彼女の腕では切り落とすことも出来ず、嫌な形での鍔迫り合いとなってしまった。
「シャレル!」
 背後でおてんこさまの声が聞こえるが、彼女は無視して剣から手を離す。直後、伯爵の左手が彼女のいた場所を大きくえぐった。
 伯爵の攻撃を避けたシャレルは、その足元をすくってやろうと足払いをかける。シャレルの中にある力が足から少しだけ漏れて、うっすらと発光した。
 しかし相手も避けた後の攻撃が来ると読んでいたらしく、軽くステップしてシャレルの攻撃を避けようとする。――全く持って、こっちの読み通りに。
「甘い!」
 思わず声に出しながら、シャレルは片足の力だけでまた伯爵の懐へ飛び込んだ。軸にした足がかなり痛いが、それで止まっているわけには行かない。
 奇襲に戸惑っている伯爵の胸板を思いっきり踏み、その勢いで蹴り上げた。勿論、インパクトの瞬間に自分の力は込めてある。
 着地して剣を取り返してから、一歩下がる。攻撃を仕掛けてからまだ三分も立っていない短い間だというのに、シャレルはもうびっしょりと汗をかいていた。
 強引な足技を使ったせいで足もかなり痛いが、その分見返りはあった。伯爵は重傷とはいかないが、なかなかのダメージを受けているようだ。
 その伯爵は。
「ふっ……、クッカッカッカッカッカッカ!! 強い! 女でありながら、強さはなかなかのモノだな!」
「嬉しくないよ…」
 伯爵の賛辞に、シャレルは心底嫌な声で答えた。父から、彼のしつこさはいやというほど聞かされたからだ。
 おそらくターゲッティングされれば、死ぬかその身に何かが起きるまで付きまとわれる事だろう。こんな命がけのストーカーと付き合うなど、死んでもごめんだ。
 とにかくここでカタを付けたい。シャレルはまた身構えるが。
「シャレル」
 高揚している戦意を少しだけ抑えたのは、いまだ消えていないおてんこさまの声だった。
「お前は、相手の実力をきちんと理解しているのか?」
「倒せないから諦めろ、だなんて言うつもりじゃないよね?」
「そうではない。相手を甘く見ていないか、と聞きたいんだ」
 長年相手をしているからか、おてんこさまのコメントは重みがあった。確かに、自分は伯爵とはじめて戦うし、腕も未熟だ。
 そして何より。
 自分には、ある物が足りない。

「時の家に行くだと?」
「うん。あそこ以外に、時間を越えられる場所がないから」
 翌朝。
 欠伸しながら目をこするサバタに、ジャンゴは開口一番そう言った。出来れば早めに出かけたいので、すぐにでも許可が欲しい。
 起き抜けにいきなり言われたからか、サバタはしばし仏頂面になったが、「……まあ、いいんじゃないか?」と言った。
「俺に別に許可を取る事はあるまい」
「でも、おてんこさまが消えたし、ウカツに単独行動すると足元すくわれそうでさ」
「なるほど」
 自分もそれで足元をすくわれたな、と頭を振りながらサバタがぽつりと呟いた。確かに、ラタトスクに狙われたのは単独行動も原因にあるだろう。
 と、サバタの動きがぴたりと止まる。
「お前、リタには言ったのか?」
「あ」
 そういえば、彼女にも言っていない。
 何が起きるか予想がつかないので、彼女にも言っておかないと何をしでかすかわからない。ジャンゴは頭をかいて、今日の予定に「道具屋に行く」を追加した。
 とりあえず。
 サバタの許可は取ったので、ジャンゴは朝食を取ってから、すぐに簡単な荷物を持って外に出た。まだ朝もやが立ち込めていて、冬に近い今では肌寒い。
 吐く息が真っ白になるのもそう遠くはないだろうな、と思いつつ、ジャンゴはまだ眠りから冷め切っていないサン・ミゲルの中を歩く。
 果物屋から道具屋に移っても、リタの日常は変わっていない。この時間帯なら、おそらく太陽樹だろう。そう予想してジャンゴは街の中央へと向った。
 予想通り、リタはそこにいた。
「あ、ジャンゴさま」
 結構遠目が効く彼女は、すぐに自分を見つけてくれた。手を上げながら、彼女の元へと歩く。
「ちょうど良かったです。見てくれませんか?」
 挨拶もせずに、リタはいきなり自分の問題を持ちかけてきた。
 珍しい、と思いながら、ジャンゴもリタの視線の先――太陽樹を見た。

 太陽樹が、衰弱している。

「これは…!?」
「おととい、太陽樹さまに異変が起きたんです。おてんこさまが行方不明になったのと、何か関係があるんじゃないでしょうか……」
「うーん…」
 太陽の使者に太陽樹。どちらも太陽を源としている存在だ。これは、新たなイモータルの襲来の予兆だというのだろうか。
 イストラカン事件の時は、大量のアンデッドが街を襲った。エターナル事件では、アンデッドが何かを探していた。そしてヴァナルガンド事件では、サバタが自分を『殺した』。
 大きな事件の前には、何かしら予兆――きっかけとなる事があった。今度も、何か世界に関わる大事となるというのだろうか。
(じゃあおてんこさまは、敵に捕まったって言うのか?)
 ダーインがヨルムンガンドの存在やリンゴの事に気づかせないためにおてんこさまを封じたのと同じように、何か大きな事件に関わる事になるから連れ去ったのだろうか。
 何だとしても、早くおてんこさまを見つけ出さないといけない。何かが起きてからでは遅いのだ。
「リタ、僕はこれから時の家に行ってみる」
 時の家のことを知らないリタはきょとんとしたが、ジャンゴが「時間をちょっとだけ越えられる特殊なダンジョンだよ」と説明すると、目を丸くした。
「時間を越えるって、おてんこさまは時間を越えたとでも!?」
「解らないけど、思いつく所は全部探してみるべきだろ?」
 そう反論するとリタは深くうつむいた。例え限定されたモノだとしても、時間を越えて何かをするということに抵抗感があるのだろう。ジャンゴもそれは感じている。
 だが、これだけ『現在』を探しても手がかりがないというなら、限定されてるとは言えど時間を越えて探してみるのも手だと思うのだ。
「何も無かったらすぐに帰って来るからさ」
 不安そうな彼女を慰めるように頭を何度もなでると、リタの不安そうな顔がほんの少しだけ和らいだ。
(無理もないよな)
 最近立て続けで起きている大掛かりな事件のせいで、リタの精神も大きく疲労しているのだろう。また誰かがいなくなったら、また誰かが操られたら。そう思うとキリがない。
 だからせめて自分が少しは安心させないと、とジャンゴは鈍いなりにそう思っている。彼女の笑顔は、自分にとって活力の一つでもあるからだ。
 とりあえず笑顔にはならなかったが、不安そうな顔は消えた。ジャンゴはほっと安堵の息をついて、時の家に行こうとするが。

 ――ガン・デル・ソルを!!

「えっ!?」
 聞き覚えのない若い声がガン・デル・ソルを呼んだかと思うと、右手が自分の意思を無視してガン・デル・ソルをホルスターから抜いた。
 抜かれたガン・デル・ソルは勝手にジャンゴの右手から離れ、太陽樹に吸い込まれて……消えた。
「嘘……」
 間の抜けたリタの声が、朝のサン・ミゲルにぽつんと落とされた。

 

 ――…け取って!

 シャレルの脳裏に、太陽樹に触れた時に聞いた声が飛び込んでくる。同時に、何もない空間からあの太陽銃ガン・デル・ソルが転移して来た。
「「なっ!?」」
 おてんこさまと伯爵、全く違った男の声が見事に唱和する。
 戸惑う二人をよそに、シャレルは激闘でぼろぼろになった体を押してガン・デル・ソルに手を伸ばそうとするが。
「甘いわッ!!」
 先に我に返った伯爵の一撃で、ガン・デル・ソルごと吹き飛ばされた。同じ方向に飛ばされたのが、不幸中の幸いだったが。
 シャレルは諦めずに、もう一回それに手を伸ばす。
「無理だ! 太陽銃は選ばれた者にしか……」
 おてんこさまが注意を促すが、それより先に彼女がガン・デル・ソルを手に取っていた。そのまま勢いで引き金を引こうとするが、あまりの重さに顔が歪んでしまう。
 ガン・デル・ソルを取られたことで伯爵の顔が焦りに染まるが、シャレルが引き金を引けないのを知って、余裕の足取りで近づいてきた。
 それでもシャレルは必死になって引き金を引こうとする。もうダメだ、とおてんこさまが諦めかけた瞬間。

 ……かち

 引き金が、引かれた。