ボクらの太陽 Another・Children・Encounter37「壊れるなら笑ってからにしろ」

 太陽樹――ソルの力で、おてんこさまは未来から現在へと戻ってきた。
「「おてんこさま!」」
 最初何がどうなっているのか解らずに頭が混乱しそうになったが、ジャンゴとザジの声に自分は過去――自分にとっての今――に戻ってきたのに気がついた。
 慌てて声の方を向くと、懐かしい顔ぶれが揃っている。サバタがいないのに少し不安になったが、それよりも不安な事が目の前にあった。
 ジャンゴが抱きかかえているリタから、間違いなくダークの気配を感じる。おそらくシャレルはこっちの異変も察して、自分を元の時代に返したのだろう。
「大丈夫なのか?」
 気休めだろうが一応聞いてみると、二人は揃って沈んだ顔になった。
 無理もない。ダークに感染させられた以上、その意志が正気を保っていられる可能性はきわめて低い。リタはかろうじてリタとしての人格を保っているようだが、時間が経てば経つほどそれも消えていく。
 自分は、何が出来るのだろうか。
 太陽の精霊と言われても、所詮は太陽意志ソルの欠片に過ぎない。銀河意志ダークに対抗できる力は、ほとんどないのだ。
 直接彼女の心に、太陽の光を与える事ができれば。
 そう考えて、おてんこさまはジャンゴの方を見た。

 帰ってきたシャレルを見て、リッキーが首をかしげた。
「おてんこさまはどうした?」
「返しちゃった」

 

 当然のことながら、リッキーが思いっきり食いついてきた。
「ぬ、ぬしは何を考えておる!? おてんこさまを一体どこへ返したというのだ!」
 襟首を引っつかんでゆさゆさ揺らしてくるので目が回ったが、吐くのはぎりぎりでこらえて手短に説明した。
 おてんこさまは自分たちの時代よりちょっと昔――ジャンゴたちが活躍していた頃のおてんこさまだという事、過去と今がリンクする事が多いという事、自分と父親は意志の疎通ができるという事。
 話を聞くうちに、二人の顔が驚きに染められていく。まさか、事がそこまで大きいとは思っていなかったのだろう。
 時を越えて、ダークは何重も策を仕掛けていた。過去へ未来へと手を伸ばしてまで、生命を滅ぼしたいと言うのか。
(逆に、そこまでやらないともう手がないのかも……)
 捨て駒とはいえ、イモータルはダークの戦力だ。そのイモータルが片っ端から太陽仔にやられている今、時間軸に干渉しなければならないほど切羽詰っているのかもしれない。
 エフェス=レジセイアという手も考えると、直の降臨はもうやけになってると言ってもいいだろう。付け入るチャンスは必ずあるはず。
 とにかく今はアースクレイドルへ向かって、ブルーティカからフートを取り戻すのが先決だろう。ぐずぐずしているとフートにダークが降ろされてしまうかも知れない。
「あのさ、アースクレイドルってどこ?」
 シャレルが聞くと、ブリュンヒルデが「場所なら知ってる」と答えてくれた。
「正確にはわからないけどね、大まかな場所なら」
 それでも充分だ。大まかな場所がわかれば、そこから調べていけばいい。
 倒れているレビの事もあるので、リッキーはここに残ると言ってくれた。彼に後は任せ、シャレルはブリュンヒルデと共にサン・ミゲルを出た。
 故郷を離れるのは、これで二回目だ。一回目は襲撃を受けてたった一人だったが、二回目はイモータルと一緒。何の因果か運命かは解らないが、なかなかどうして数奇なものである。
 それはブリュンヒルデも同じらしく、「人間と一緒に旅するなんてね」と感慨深くつぶやいていた。
「人間、あまり見たことないのかい?」
「そんな事はないわ。事情を知らない子達が遊びに来たりなんかするし、ニーベルンゲン様の悪い噂を聞いて退治しようとする奴も来る。
 ……ニーベルンゲン様に心酔してやってきた人間ってのもいたわ」
 ブリュンヒルデの視線は、何かを思い出すかのように遠くなっていた。
 自分の人生と彼女の人生は大きく違う。だが、その中身自体はほとんど変わっていないのかもしれない。自分は光当たる道にいて、彼女は闇の中にいた。
 どちらがいいという問題ではない。自分にとって太陽が力の源であるように、ブリュンヒルデは元から闇の住人なのだ。
 人間とイモータル。テリトリーさえ犯さなければ、うまいことやっていけるのかもしれない。
「……ああ、そういえば」
 本当に何か思い出したのだろうか。ブリュンヒルデは急に顔を上げると、こっちの方を向いた。
「貴女に伝えたいことがあったのよね。『あの時の事はもう恨んでいない。ありがとう』って」
「????」
 誰の言伝だろうか。
 少なくとも自分は、目の前の少女以外にイモータルに友人はいない。顔見知り程度なら掃いて捨てるほどいるが、ありがとうと言われるような事はやっていない……はず。
 首をかしげていると、ブリュンヒルデはふふっと笑って一つ付け加えた。
「ロスヴァイセ――人間での名前はメアリ。こういえば解るかしら?」
「……あ!」
 人間名を言われて、ようやくシャレルは誰の言伝なのかが解った。
 シャレルが昔ヴァンパイアハンターを目指して修行していた頃、やけに目の敵にしていた少女がいたのだ。彼女も強い霊力を持っていて、ヴァンパイアハンターとして将来を見込まれていた。
 だが彼女は高い地位などに目がくらみ、相手を必要以上に傷つけて回っていた。その矛先は当然シャレルにも向き、余計な敵意を向けられたものだ。
 レビはひたすら無視し続けていたし、自分も構うつもりはなかったが、相手はそれを余裕と誤解してさらに八つ当たり気味な態度で接してきたのだ。
 取り巻きをも使った執拗な攻撃に、流石のシャレルも切れた。彼女を直接呼出し、実力とヴァンパイアハンターに必要な精神を叩き込んでやったのだ。
 それ以来、彼女は自分たちの前から姿を消した。別に行方を追うほどこだわっていたわけでもないし、どこかで元気にやっているのだろうとは思っていたが……。
「メアリ、元気?」
 本当に何の気もなく聞くと、ブリュンヒルデの顔がさっと翳った。
 ブリュンヒルデは何も言わないが、その顔色だけでシャレルは何となしにメアリのその後を悟ってしまう。
「いい子だったな。貴女の言葉をちゃんと覚えてて、もっともっと強くなろうとしてた。
 でも、誰かが余計な入れ知恵をしたから自滅したわ」
 入れ知恵したのが誰なのか、それは解らない。おそらくニーベルンゲンすら。
 しかし、メアリ――ロスヴァイセはさらに強くなるために原種の欠片に接触しようとして……自滅した。強すぎる力に犯され、最後には精神と共にその身体を破壊してしまったのだ。
「……余計な話をしたわね。ほら、先を急ぐわよ」
 感傷を押さえ込み、ブリュンヒルデは前を指し示した。
 その先には、アースクレイドルがあるのだろうか。シャレルにはよく解らなかった。

 レビとサバタが見たのは、初代太陽仔だった。
 今の時代のものとは大きく違うが、右手にガン・デル・ソルを持ち、赤いマフラーの代わりに赤いリボンをつけている。そのリボンが、少女の金髪を美しく見せていた。
『お前には、辛い運命を背負わせてしまうね……』
 母親らしい女性の抱擁に、少女はにっこりと微笑みながらその頭を撫でる。
 そんないたわりのまなざしを向ける事ができるのは女性だからか、それとも太陽仔だからだろうか。
『みんなが私を思ってくれている。それだけで充分です。
 大切な人の応援があるなら、私は戦えます。でも、大切な人から見捨てられたのなら……』
『そんな事はしないよ。少なくとも私はお前を見捨てやしない』
 母親も同じくらいの優しい声と言葉で、戦地に赴こうとしている少女を励ましている。母親は強いが、決して非情になりきれない。そんな気がした。
「ここから、太陽仔とイモータルの戦いが始まったと言うわけか」
 目の前の光景の中に割り込むようにサバタがつぶやいた。
 彼女が選ばれた理由は解らないが、ここから全てが始まったという事は解る。今もなお続く戦いは、彼女の決意から始まったのだろう。
 と。
 その映像が一瞬だけ大きく乱れた気がした。
「……何だ?」
 思わず口に出してしまうものの、二人の顔にそう焦りは見当たらない。
 何となくだが、理解できるのだ。この乱れは、何らかの歪みからなるものだと。そしてその歪みをどうにかできるのは、自分たちだけだと。
 レビが歪みの中心に手を伸ばし、思いっきりかき回す。視界が激しく歪んだと思うと、ノイズに近いたくさんの思考が流れ出してきた。

 ――やっぱり無理だ
 ――私はそれでも信じます
 ――破滅って何だと思ってるんです?
 ――古い血を残そうなどと
 ――強い人間を作れば、きっと……!
 ――人間のカタチから逃げ出した所で……

 いくつもの声。いくつもの思考。
 その中で、違和感があるものも幾つかある。声こそ人だが、中身が人のものとは思えない冷たいもの。これが、歪みの元だろうか。
「どうすれば引っこ抜ける?」
 サバタが聞いてくるが、レビにもどうすればいいのかは解らない。とにかく適当に引っ掻き回して、それらしいのを何個も引きずり出した。
 違和感の元を引きずり出すたびに映像は激しく乱れ、眩暈までしてくるようになって来た。それでもレビは引きずり出す作業をやめない。
 やがて、一番の眩暈がしたかと思うと、レビの意識は闇へと消えそうになった。
「……ぐっ!」
 倒れそうになる瞬間、サバタがその腕を引っつかんで現実へと戻す。
「大丈夫か」
「何とかな」
 頭を何度も振って頭痛を追い払うと、レビはまた引っこ抜く作業に戻る。
 今度は、サバタも同じように引っこ抜き始めた。
「父上?」
「俺も気になる事があるからな」
 親子での共同作業はしばらく続き、どんどん歪みの形が修正されていく。しばらくすると、ほとんどの歪みは修正され、後に残るのは黒いもやがかかった映像だけだ。
 父と娘は示し合わせたようにうなずきあい、そのもやの中へと飛び込んでいった。

 全ての始まりと終わりが、今まさに集中しようとしている。