緑の草原。
美しい空。
優しい風。
地上に似て、地上よりも美しい場所。
そこが天界だった。
でも、とリタは思う。
ここはどこか、綺麗過ぎて居心地が悪い。
「ここが、天界か……?」
サバタが身震いしながら聞く。別に寒いというわけではなく、彼の中のダークマターが拒絶反応を起こしているだけなのだろう。
「ええ。ここは天界の最下層で、一番地上と魔界に近い場所。だからここに住んでいる天使たちは、規則に厳しいだけで、異種族を受け容れやすい柔軟な人たちです」
にゃーにゃーとはしゃぎまわるスフィンクスたちを抑えながら、ナガヒサが簡単に説明する。
「かつて、ラグエル様……ラグエルと同期だったナタナエルは、ここを治めていたらしいけど。今は法皇さまがここを治めているらしいわ」
レイがナガヒサの説明に肉付けする。とは言え、あまり役に立ちそうにない肉付け説明だったが。
「あの、空にあるリングみたいなものと、蓋みたいなのは何でしょうか?」
空を見上げていたリタがナガヒサ達に聞く。それにつられて、サバタも空を見上げた。
なるほど。確かに空にはリングみたいなものと何か建物に近い蓋みたいなのが浮いている。
「あれはクリスタルリングとコスモスシティです。
クリスタルリングは天界の武装戦力が集まっている一つの要塞でもあって、かつて僕の仲魔だったラファエルとウリエルが統治していました。
コスモスシティは天界の最高峰。ミカエルやラグエルなどの高い地位の天使がいます。たぶん、アルニカさんとジャンゴさんもあそこにいるはずです」
ナガヒサが一つ一つ指差しながら説明する。
ジャンゴ、の言葉にリタの顔色がさっと変わった。
誰よりも愛おしくて、大切な人。一番無茶をしていて、我慢をしている人。
今すぐコスモスシティに行きたい、とリタは心底思った。でも、今回大っぴらに動けば、エンジェルチルドレンであるナガヒサと嵩治に迷惑をかけてしまう。
大丈夫。ジャンゴさまはきっと無事。アルニカさんもついているから、きっと悪いことにはなっていないはず。
リタはそう自分に言い聞かせる。言い聞かせておかないと、自分の足が勝手に走り出しそうな気がしたのだ。
サバタはそんなリタの様子を一瞥してから、嵩治の方を向いた。
「で、これからどうする。コスモスシティにすぐに行くのは危険だから、ここにしたんだろう?」
サークルゲートで飛ぶ前のナガヒサの言葉をちゃんと聞いていたらしい。今回のリーダー的存在である嵩治はうーんと考え込んだ。
エンジェルチルドレンではあるが、デビルチルドレンを倒せないどころかラグエルを倒す手伝いまでしてしまった自分は、おそらく天使たちの間では裏切り者扱いされていることだろう。
ミカエルの実子であるナガヒサならどうにかなるかもしれないが、天界が二つに分かれている今、ナガヒサの威光がどこまで通じるか。
今の天界でも顔が利き、自分たちに協力してくれそうな人物。今はそれがほしい。
嵩治はその時、さっきのレイの説明を思い出していた。現在グラスフィールドを統治している法皇という人物。
前に統治していたナタナエルは知らないが、法皇なら嵩治も聞いていた。柔和で温厚。迷い込んだデビルや人間を追い払うことをせず、受け容れるという好人物。
彼なら事情を説明してもいいのではないか?
最下層を統治しているのであまり高い地位にはついていないが、少なくともコスモスシティまでは楽に行けるだろう。
そこまで考えて、嵩治は自分の意見を皆に披露した。
*
コスモスシティのエタニティパレス。
「ここ、一体どこ!?」
窓から景色を見たジャンゴは、見慣れない景色に混乱していた。
アルニカとの約束通り、ジャンゴは一日で“純応”の洗礼から開放された。
あの水晶塊から出されてすぐに意識を取り戻したジャンゴは、すぐにパワーたちの歓迎を受けた。慌てて応戦体制をとった彼だが、いつもと違うパワーの態度に体制をすぐに崩した。
そしてパワーに連れられ、地下から一階へと出た。ふと窓を覗いて見て、さっきの台詞というわけである。
ジャンゴの質問は、前から歩いてきた大天使が答えた。
「ここは天界。最高峰のコスモスシティです」
「! あんたは……?」
「私は大天使ガブリエル。今現在ここを代理として統治しておる者であり、エンジェルチルドレン・アルニカ様の仲魔です」
「エンジェルチルドレン!? アルニカが!?」
唐突に出てきた知り合いの名前に、ジャンゴの目が丸くなる。
大天使ガブリエルは一つうなずいた。
「アルニカ様は、先に覚醒したナガヒサ様とも嵩治様とは一つ違うお方です。それゆえ、覚醒が遅く、記憶もあやふやな状態であられました。
ジャンゴさまにどのような説明をなさられたのかは知りませんが、あのお方は元々天使に選ばれた聖なる仔なのです」
「あの子が……」
ジャンゴは深くうつむいた。そう考えると、心当たりはじゃんじゃん出てくる。
あの時、暗黒の根が生えた理由。
天使が彼女を守ったという話。
彼女が恐れていた何か。
……未来が彼女を警戒していた真の理由。
一つ息をつくと、ガブリエルはパワーと代わってジャンゴを案内し始めた。
長い廊下を歩きながら、ガブリエルは後ろを向かずにジャンゴに語りかける。
「アルニカ様は貴女を好いていらっしゃる」
「えっ」
ついぽかんとなって足を止めてしまうジャンゴ。ガブリエルの後姿が遠くなってしまったので、慌てて後を追った。
「あの時、我らが貴方もお連れしたのは他でもない、アルニカ様のご意思があったから。
アルニカ様にとって、貴方はいなくてはならない大切なお方なのです」
「……」
ジャンゴはうつむいた。
――約束よ、私を守ってね。
彼女の声が、リフレインする。
*
グラスフィールドにセント・クラシコと呼ばれる街がある。今現在一番有名な街であり、絵画などの芸術が愛される都である。
何故この街がグラスフィールドで一番有名なのか。それはこの地を治める法皇が、ここの出身だからである。
「ノルンの選択については私も知っている。それに関して、イレギュラー的な要素が混じり始めたということもな」
今ではあまり使われていない自宅で、法皇はサバタたちを歓迎した。元は一介の僧侶だったと言うこともあり、彼の家は小さかった。
召使にお茶の用意を命じ、法皇はサバタたちに椅子を勧める。進められるまま、4人は椅子に座った。
「イレギュラー的要素というのは俺たちのことか」
サバタがいつも通りの口調で法皇に聞く。サバタの態度は誰が相手だろうと変わる事はない。
法皇は一つうなずき、運ばれてきたお茶を一口飲んだ。
「元々、人間とデビルと天使はお互い境界に入ることのないように、一つの区切りがあった。その区切りをイモータルが超えてしまったことにより境目が崩れ、今の混乱が出来たのだ」
「確かに。イモータルがサン・ミゲルを狙わなければ、天使は太陽の街に気づくことはなかったでしょうね」
猫舌ゆえまだお茶に手を着けていないナガヒサが、法皇の話にうなずいた。と、珍しくずっときょろきょろしていたリタが、ある絵で視線を止める。
法皇も彼女の視線に気づき、飾られてある絵を説明した。
「それは世界の始まりの伝説を絵にしたものだ。
伝説にはこうある。
地球を作りし女神ホシガミが、星の海より出でし闇ジャシンと長き戦いを演じる。
ジャシンの持つ闇・ダークマターにより、ホシガミは窮地に立たされるが、彼女を救う一つの力があった。
ホシガミはその力を以てジャシンを封じ、自分を救った力を3つに分けた。
そしてその力をロウ、カオス、ニュートラルとして万物に分け与えた……」
4人は無言だった。
特にサバタとリタは顔面を蒼白にしてその話を聞いていた。
銀河意思ダークとの戦いは、地球が生まれる前から始まっていたことだったのだ。