ジャンゴたちを探していたサバタと未来は、すすり泣きのようなものを聞いて、その場に急行した。
そこにはジャンゴとアルニカの姿は無く、リタが血で赤く染まった手を押さえながら、涙交じりにジャンゴの名前を呼んでいた。
足元に、すっぱりと切れた花輪が落ちている。
「天界への道」
「やられたな」
リタから事情を聞いたサバタはそう言い捨てた。
「天使たちはまだジャンゴを諦めていなかったってことかよ……」
刹那が悔しそうに空を見上げた。
「あの赤い空は天使たちのお出迎えか」
エレジーが厳しい声で、ナガヒサと嵩治に聞く。エンジェルチルドレンの彼らは深くうなずいた。
「彼女は覚醒してしまいました。
……エンジェルチルドレンとして」
*
天界の最高峰・コスモスシティ。
その中心にある天使たちの居城エタニティパレスに、アルニカはいた。
地上のものとは比べ物にならないほどの豪奢な椅子に腰かけ、大勢の天使たちにかしずかれている。
「よくぞおいでなさいました。エンジェルチルドレン・アルニカ様」
「我らを導く第三の救世主よ」
一番前にいる天使はウリエルでもラファエルでもラグエルでもなかった。一人は狐のような面をつけた女天使で、もう一人は軽鎧に身を包み大剣を背負った天使である。
大天使ガブリエルとメタトロン。エンジェルチルドレンであるアルニカを支える仲魔である。
ガブリエルとメタトロンにあわせて、周りにいるパワーたちも口々にアルニカの“帰還”を称える。これで天界も安泰だ、ハルマゲドンはなったも同然だ。
が、肝心のアルニカの表情は暗い。隣にいるべき少年の姿がいないから。
ここに導かれる前まで、彼と手を繋いでいたはずだった。手を握られている感触を、確かに感じていた。なのに。
「ジャンゴ……。ジャンゴはどこ?」
アルニカの言葉に、ガブリエルとメタトロンは顔を見合わせた。
「ジャンゴさまは今、我ら天界に“純応”なさるように洗礼を受けておられます」
しばしの沈黙の後、ガブリエルが口を開いた。が、その答えだけではアルニカは納得できなかった。さっきまでの弱弱しい態度が一転し、仇敵のようにガブリエルをにらみつける。
「どこで!?」
「それは……」
「ジャンゴに会わせて! 会わせてよ!」
ばきん!
アルニカに宿っている天使の力が、広間に置かれている装飾品を一つ壊す。天使たちの周りにおののきが広がるが、ガブリエルとメタトロンは顔色一つ変えない。
「アルニカ様、我侭もいい加減になさいませ」
「ジャンゴさまには必ず会わせましょう。ですが、今は我慢してください」
「嫌!」
今度はどこかを破壊することは無かったが、それでも彼女の力がいつ暴発するか分からない。ナガヒサや嵩治とは違い、彼女の力はまだ安定していないのだ。
このまま城を破壊されてはかなわない。アルニカも大事だが、この城だって大事なのだ。メタトロンは決心した。
「……分かりました、会わせましょう。ですが、お話は出来ません。それでもいいですか?」
「メタトロン!」
ガブリエルが叱責するような声を上げるが、彼女もアルニカの暴走を止めるにはこうするしかないと思っていたようだ。名前を呼ぶだけですぐに口をつぐむ。
二人の大天使に連れられ、アルニカは広間を出て行った。
後には呆然とした天使たちと、
ミカエルが座るべきであった玉座だけが残された。
エタニティパレスの地下。
神殿を思わせる清らかで荘厳な雰囲気はここには無く、あるのは冷たく打ち捨てられた闇のような空気だ。精神的な寒さに、アルニカは自分の腕を抱きしめる。
ここにジャンゴがいてくれたら。自分の肩を抱いて「大丈夫だよ」と元気付けてくれるのに。自分はそれだけで勇気が出るというのに。
でも今自分の隣にいるのは、あまり知らない自分の仲魔だけ。
「こちらです、アルニカ様」
ガブリエルが自分の手を引く。その手に導かれて地下を歩くと、ジャンゴは確かにそこにいた。
水晶塊の中に封じ込められた状態で。
「ジャンゴ!」
ガブリエルの手を振り払い、アルニカはジャンゴを封じ込めている水晶塊に近づく。ばんばんと水晶塊を叩くが、彼からの反応は無い。
メタトロンが後ろに下がらせると、アルニカはきっとメタトロンを睨んだ。
「一体何なの!? 何でジャンゴがこの中に入ってるの!?」
半狂乱のアルニカをなだめるために、ガブリエルはあえて冷静に答える。
「これは“純応”のための装置です。
ジャンゴさまは太陽少年として類まれなる光の力を持っていらっしゃる。ですが、吸血変異によって暗黒の力も同時に宿されております。
これはメシアとしての条件に当てはまることではありますが、同時にこの天界で過ごすには悪影響を及ぼします。ですからこうして“純応”の洗礼を受けなければならないのです」
ガブリエルの説明にアルニカの目が開かれていく。
そうだ。
私もかつて、この洗礼を受けた。
この“純応”の洗礼を受け、私は人になったんだ。
「アルニカ様がジャンゴさまを心配なさるお気持ちは分かります。
ですがこの洗礼をしなければ、アルニカ様にもジャンゴさまにも何が起こられるのかわからないのです。どうか、しばしの間我慢なさいませ」
あくまで落ち着いた説明に、アルニカは固めた拳を振り上げることが出来なかった。自分はどうなってもいいが、ジャンゴがどうにかなるのは避けたかった。
「洗礼はいつ終わるの?」
「約3日ほどかと」
「1日で終わらせて」
アルニカの言葉に、メタトロンとガブリエルは動揺した。これでも彼女のことを考えてフルスピードでやっているのである。それを1日で終わらせるなどと……。
二人の動揺を知らないアルニカは、もう一度自分の命令を繰り返した。
「1日で終わらせるの。明日にはジャンゴに会わせて」
……僅かながらこぼれている彼女の力に、二人はうなずくしかなかった。
事情を知ったアルニカは素直にエタニティパレスの広間へ戻った。お付としてメタトロンが後を追ったが、ガブリエルだけはその場に残った。
「一日ですか。全く彼女も無茶を言う」
暗がりから、メタトロンのものではない男性の声が聞こえた。ガブリエルは別に驚くことも無く、その声に答える。
「言う通りにするしかないでしょう? 元々“純応”の洗礼なんて嘘っぱちなんですから」
「確かに。あれは簡単に言えば洗脳装置みたいなものですしね。
要未来の時は、ナガヒサ様のお力で代用したから失敗した。だから今回は念入りにしようと思っていたのですが」
「洗脳された太陽少年ではメシアの力を発揮できないでしょうに」
「要はアルニカ様の隣に立っていればいいんです。意思なんて必要ない」
「……『器』の条件、ですか……」
「ふふ、あのお方は偉大ですから。後に残された我々のために、色々手段を残してらしたんですよ」
影が背中を丸めてくつくつと笑う。
陰湿な笑いだ。
気に入らない、とガブリエルは思った。
*
翌日。喪われた神殿。
ゼットの指摘通り、そこにひっそりとサークルゲートが封印されていた。この神殿は、これを守るために滅びたのだろうか。
誰も立ち入ることのなかったその場所に、刹那たちが立った。
「さて、どうやってジャンゴを助ける?」
サークルゲート前で円を組みながら座ると、刹那はそう切り出した。
ジャンゴが天使たちにさらわれたので、まず天界に行かなければいけない。とは言え、魔界のことを後回しにするには時間がなさ過ぎる。
それに天界ではデビルチルドレンの力は制御されるのだ。刹那と将来はともかく、未来やエレジーは天界に行っても足手まといになってしまう。
「セオリー通り、ここは二手に分かれたほうがいいな」
クレイがそう提案する。天界に行ってジャンゴを助けるチームと、魔界に行って先に偽の魔王に対してかく乱するチームに分け、二つの問題を一気に相手にするのだ。
ジャンゴとアルニカがいない今、メンバーは8人。これにパートナーデビルも加えれば14人。大勢で行動するよりも遥かに効率的だ。
幸い、こっちにはエンジェルチルドレンが二人もいる。天界のことで悩むことはないはず。
クレイの提案に、全員が即賛成した。レイだけぶすっと納得いかなそうな顔をしていたが、それはあくまでデビルである彼の提案であることに納得いかないだけである。
「天界には僕が行きます。ミカエル……父さんの様子も知りたい」
「だったら僕も行く」
当然エンジェルチルドレンのナガヒサと嵩治は、天界に行くチームに名乗りを上げた。レイはふふん、と笑い、スフィンクスたちはにゃーと一つ鳴く。
「私だって行きます! ジャンゴさまを助けに行きます!」
未来に手当てされた右手を強く握りながら、リタが主張する。まあ、彼女は止めても天界に行くだろうと全員が思っていたが。
「俺も行く」
サバタがぼそりと言った。理由はいわなくてもわかる。暴走しそうなリタの監視だ。……兄としてジャンゴが心配というのもあるが、一番心配なのはリタなのだ。
かっさらった犯人を半殺しどころか4分の3は殺るのではないかと。
まあそれは口に出さず、サバタは簡潔に「あれでも俺の弟だからな」と続けた。
「じゃあ俺たちは魔界に行くチームだな」
ちょうど4人天界に行くチームに立候補したので、残った刹那・未来・将来・エレジーの4人は自然に魔界に行くチームに決まった。
さて出発、というところで未来がはっと気づく。
「そういえば、このサークルゲートで天界にも行けるの?」
「行けます。サークルゲートは天界・魔界・地上共通ですから」
未来の質問にナガヒサが簡潔に答えた。サークルゲートが3つの世界を繋ぐ橋だから、天使のツバサがどこでも使える便利アイテムなのだ。
ナガヒサの答えにほっとした未来は、先にサークルゲートに乗った。続いて、刹那、エレジー、将来の順でサークルゲートに乗る。
「それじゃ、魔界で待ってるぜ!」
「ジャンゴを頼む!」
「すぐに来いよ」
「みんな、しっかりね!」
「ドジるんじゃねーぞ!」
「頑張ってね!」
「それじゃ、また後でな」
声援を残し、刹那たちは魔界へ旅立った。
刹那たちが消えてからすぐに、サバタ・リタ・ナガヒサ・嵩治の天界チームはすぐにサークルゲートに乗った。
「いきなりコスモスシティだと警戒されますから、まずはグラスフィールドに飛びます」
ナガヒサの声を最後に、サバタたちの意識は飛んだ。
*
サン・ミゲル。
「……うん。そう、じゃあ」
デビホンでゼットが誰かと話していた。通話を切ると、残っていたザジたちのほうを向いた。
「ごめん、ちょっと出かける。しばらく帰ってこないから」
「え!?」
ザジが驚く中、ゼットはふわりと消えた。