約束よ。
貴方は私を守ってね。
……例え何があっても
エレジーがやってきてから3日。
変異域を通らずに魔界を行く方法として、サークルゲートを求めてジャンゴたちはサン・ミゲルを後にした。
3日後なのは激戦の疲れを癒すためと、誰が行く誰が残るの相談でかなり手間がかかったからである。
面子は以下の通りである。
太陽少年ジャンゴ、暗黒少年(月下美人)サバタ、大地の巫女リタ、デビルチルドレンである甲斐刹那・要未来・葛羽将来、エンジェルチルドレンの甲斐永久・王城嵩治。
それからアゼルの娘エレジーと、ジャンゴが保護した少女アルニカ。あとはデビチル、エンチルのパートナーデビルである。
嵩治の妹・翔とひまわり娘ザジ、太陽の使者おてんこさまは深淵魔王ゼブルこと高城ゼットと共にサン・ミゲルに残っている。
翔は安全のためだが、ザジとおてんこさまは地上で何かあった時対処するために残った。いざとなったらゼットの力で魔界にやってくる手はずだ。
本当はアルニカも残したかったのだが、彼女が「ジャンゴたちについて行く」と聞かなかったので渋々同行を許可した。
常にジャンゴがついているという条件付だったが。
「そういえばさ、刹那たちはどうやってここまで来たんだ?」
将来の質問に、刹那はぽりぽりと頭をかいた。
「俺たちはサークルゲートなんて使ってないんだよ。紫の角と瞳を魔界で使ったら、サン・ミゲルの街門近くにいてさ」
「魔界のサークルゲートは知ってるんだけど、地上でのサークルゲートはちょっとね。変異域とかいう場所のサークルゲートは使えないの?」
未来が聞き返すと、サバタが心底嫌そうな顔をした。将来もあれを使ってのディープホールの旅を思い出して、げっそりとした顔になる。
「天使の使ってる天使のツバサも駄目だと思うな。あれは魔界で使えないんだ」
魔界で使ったことがあるのか、嵩治は天使のツバサを取り出して首を横に振った。
「結局、それらしい場所を探索して歩き回るしかないわけか」
サバタがやれやれと肩をすくめた。気が遠くなりそうだが、今回ばかりは仕方が無い。
ジャンゴとリタはその会話をずっと後ろで聞いていた。ペースが皆と違うために、遅れがちなアルニカについているからだ。
二人がかいがいしく世話を焼いているためか、少しづつアルニカも皆に心を開き始めた。自分から進んで話すようになったし、手伝いもよくやっている。
どこか儚げだったイメージは消え、今はどこにでもいる街娘のような子になっている。……ジャンゴに向ける笑顔が多いのは仕方が無いが。
今も道の端々で見かける花を適度に摘んでは、せっせと編みこんで花輪を作っている。一つ出来上がっているのを脇に抱え、二つ目に手を伸ばしていた。
そんな微笑ましい光景にジャンゴとリタはくすりと笑った。
「…うん、そうか。分かった。そっち行ってみる」
刹那が片手に収まる小さな通信用魔法機・デビホンでゼットと連絡を取っていた。サークルゲートのある大まかな場所を、ゼットに確定してもらっていたのだ。
ゼットが確定した場所はここから二日歩くほどの遠さらしい(世紀末現象の影響が無ければ)。今は誰もいない神殿に、サークルゲートが封じてあるのではないかということだ。
イストラカンの横を通り、ジャンゴたちはサークルゲートまで急ぐ。
夜。
ジャンゴたちは共同作業で野営の準備をしていた。前と同じく男性陣は寝床などの準備、女性陣は料理の支度だ。ただ人手不足なので、ジャンゴなど何人か女性陣の手伝いをしている。
未来に頼まれてコンロに使う薪を集めていたジャンゴは、アルニカがふらふらとどこかに行きそうなのを見た。慌てて薪を持ったまま彼女のほうに行く。
「アルニカ、どこに行くんだ!?」
ジャンゴに呼び止められて、ようやくアルニカの歩が止まる。最初はどこから呼び止められているのか分かっていなかったようだが、すぐにジャンゴに気づいた。
「ジャンゴ!」
「どこに行くんだよ。勝手にふらふら出歩いたら駄目だろ!」
めっとジャンゴが怒るとアルニカはしゅんとなった。が、すぐに不安そうな顔になる。
「どうしたんだ?」
その不安そうな顔に何かを感じたジャンゴは、アルニカの顔を覗き込む。出会った時とほとんど同じ顔になった彼女はぽつりと言った。
「不安なの…。何か、近いうちに何か起きそうな気がして……」
さらわれそうになった時の事を思い出したのか、目が潤み始める。これはやばいと思ったジャンゴは彼女の肩を抱こうとした……が、薪が邪魔でそれが出来なかった。
代わりに明るい声で彼女を元気付けることにする。
「大丈夫だよ。僕がいるし、皆もいる。そうそう大変な目にはあわないさ。
何があっても君を守ってみせるから!」
「……本当に? 本当に守ってくれる?」
「約束する。アルニカは僕たちが守る」
ジャンゴがそう約束すると、アルニカの顔にようやく光がともった。くすくすと笑い始め、ジャンゴもつられて一緒に笑う。
「約束よ。私を守ってね」
アルニカが改めてお願いすると、ジャンゴはにっこりと笑った。
「ああ!」
――例え何があっても。
その言葉は、心のうちにとどめて置いた。
ナガヒサは全員に配るはずの皿をずっと見つめ続けていた。
「ナガヒサ君、どうしたんだ? 早く皆に回さないと料理を出せないぞ」
同じように皿を配っていた嵩治がナガヒサの手を覗き込む。影で嵩治に気づいたナガヒサは、彼の方を向いた。
「嵩治さんは気づいてませんか?」
「何が」
「アルニカさんです」
「……ああ!」
ナガヒサの言葉で彼も気がついた。『彼女』に隠されているモノに。
確かに嵩治も少し彼女が気になっていた。彼女から発せられる匂いが、あまりにも自分やナガヒサに似すぎていた。
「今のところ、彼女自身も気づいていないようだけど」
「でも、何かがきっかけで目覚めるかもしれません。その時、彼女の発する力はおそらく僕を超えるでしょう……」
震えるナガヒサの声に、嵩治の手が止まった。
エンジェルチルドレンとして天使たちと共に行動していた時、ナガヒサの力の凄さは話に聞いていた。そのナガヒサが恐れるほどとは……。
「でも」
ナガヒサは皿を配る手を動かし始める。その動きにはっとした嵩治も皿をまとめ始めた。
「アルニカさんは、僕や嵩治さんとは少し違う気がします。
匂いこそ同じなんですけど、気配や印象は全く違う……。どちらかというと兄さんや将来さん、ジャンゴさんに似てるんです」
「将来と刹那とジャンゴに……?」
3人ともメシアの素質を持っている少年達だ。それと同じ気配を持つアルニカもメシアの素質を持つのだろうか。それとも……。
「だからこそ、彼女は危険なの」
嵩治の考えを中断させたのは、料理を持ってきた未来だった。
「彼女の目覚めのきっかけ一つで、何が起きるか分からない。その時、十中八九巻き込まれるのはジャンゴ君とリタ。
……あの子は昔のナガヒサ君にそっくりすぎるから」
「……」
あまり触れられたくない昔の事を未来に持ち出され、ナガヒサは恥ずかしさで顔を赤くした。
未来の予感は当たってしまった。
それも、未来が巻き込まれたパターンと全く同じ形で。
翌日。
後片付けを済ませたジャンゴたちは、神殿のサークルゲート目指して出発しようとしていた。
が、
「ジャンゴさま、アルニカさんを知りません?」
「え? またどこか行っちゃったのか?」
リタからアルニカがいないことを聞いたジャンゴは、二人で彼女を探すことにした。
「「!」」
その時、未来とナガヒサ、嵩治はジャンゴとリタを呼び止めようとしたが、すでに彼らは声の届かぬ場所まで走っていた。
その異変に最初に気がついたのはサバタとエレジーだった。
空気が張り詰め、匂いが変わる。
「……なんだ?」
アルニカは意外と近くで見つかった。
「アルニカ!」
「アルニカさん!」
ジャンゴとリタがアルニカに近づくが、彼女のほうは無反応だ。ただ超然としたまなざしで二人を……いや、ジャンゴだけを見ている。
「空が!」
空が赤く染まり、ようやく刹那たちも事のヤバさを察した。
ジャンゴがアルニカの手を取った。
「みんなの所に戻ろう!」
そのまま手を引いて走ろうとするが。
「! 手が!?」
ソル・デ・バイスを装着している手が消えた。続いてマフラー、足とどんどんパーツごとにジャンゴの体が消滅していく。
「ジャンゴさま! アルニカさん!」
あまりの異常さにリタも二人に近づくが、その足が止まった。
鳥の爪のようなものが、リタと花輪を切り裂いたのだ。
カンで何とか直撃は避けるものの、そのせいでジャンゴとアルニカの差が広まってしまった。その間にも、二人が消滅していく。
そして、
彼らは消えた。
「ジャンゴさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
リタの悲鳴に近い声は、ただむなしく響き渡るだけだった。