翌日。イシスはジャンゴを軍に入れた。
ジャンゴはいつもの服装のままでサンドランド軍の前に出る。新しい将軍が来る、と言われて期待していた兵達はジャンゴの姿を見て、疑問や諦めの顔へとなる。
が、イシスが彼をメシアだと紹介すると、その顔があっという間に希望に満ちた顔に変化した。
太陽将軍。
それがジャンゴに与えられた役職だった。
だが、ジャンゴは戦争の知識などまるでないし、人を指揮したこともない。将軍とは名ばかりで、中身はただの一卒兵と同じようなものだった。
そこでイシスはジャンゴの補佐として、魔女スカアハを副将軍とした。実際の戦略は彼女が立て、ジャンゴは戦線に立って皆を指揮する役割だ。
ジャンゴに預けられた部隊に、リタはいなかった。
ジャンゴがサンドランド軍に入り、ファイアーランド軍と交戦してから少し。ファイアーランドで、太陽将軍の噂が広がり始めた。
炎の色のマフラーをまとい、黄金に輝く剣と光を放つ銃を武器にして戦う幼い将軍。決して人を殺める事はないが、必ず全員戦闘不能にさせる実力の持ち主。
「……やられたな」
サバタが苦い声で言う。その一言で、アルニカの顔が真っ青になる。
「目には目を。メシアにはメシアを、か……!」
エレジーが唇をかみ締める。
「間違いないのだな」
フェンリルの問いに、刹那は無言でうなずいた。太陽将軍はジャンゴだ。
と言う事は、自分たちはこれからジャンゴと戦うことになる。
「でもどうしてジャンゴがサンドランドに? ファイアーランドに来る予定だったんだろう?」
クールが尋ねる。途中まで一緒だったアルニカとイモータル3姉妹は顔を見合わせた。
「私達が飛ぶ前に、タカジョーが引き止めてたわね」
「何か用があったみたいだけど」
ドゥラスロールとドゥネイルがそう言う。タカジョー、のフレーズに刹那と未来が頭を抱えた。
「刹那、やっぱり……」
「ああ、間違いないな……」
小さい頃からの知り合いだった彼らなら分かる。ゼットはジャンゴをさらってイシスに渡したのだ。
どうしてそうしたのかまではよく分からないが、彼のことだ。ロクなことを考えてはいまい。
「リタも行方不明なんだろ? ってことはジャンゴ、そいつを人質に取られて戦わされてるんだろうな」
前に翔を人質に取られたことのある将来がそう推理する。
その推理は、80%は当たっている。……だが、20%は外れている。まあファイアーランドにいる彼らが簡単な噂ほどでここまで推理できたのだから、上出来ではあるのだが。
「……ジャンゴはどうなるのよ? 助け出せないの? 殺すしかないの?」
今まであまり喋らなかったアルニカが、急に口を開く。半狂乱とまでは行かないが、相当パニックになっているらしい。
彼女の問いを受け、デビルチルドレン+エレジー+サバタは顔を見合わせた。
ジャンゴは助けたい。だが、自分たちの動きがイシスにバレたらリタが殺される。それでは意味がない。
せめてリタがどこにいるのかが分かれば。そうすれば彼女を救えるし、ジャンゴは自分たちの元に戻ってきてくれるだろう。
リタはどこにいるのか、という疑問に黙っていたフェンリルが一つの答えを出した。
「たぶん、彼女は太陽少年と共に戦場に出してくるはずだ」
「何故だ?」
サバタが説明を求める。
「俺はその少女を詳しくは知らんが、イシスのやり口なら知っている。奴は利用できる者を側に置きはしない。
あえて外に放り出させて泳がせ、相手の弱みを探って行動に移る。そう使う女だ。おそらく共に戦場に出させることで、逆にそいつらを働かせるつもりだろう」
自分の大切な者が同じ戦場にいたら。
ジャンゴならまず彼女を守りに行く。そして、彼女と共に何とかして戦いを終わらせようとするだろう。……サンドランドの勝利と言う形で。
「でもそれって、俺たちに『彼女を助けてやってください』って言ってるようなものじゃないか。それだったら最初から人質とかに使うかな?」
フェンリルの説明に納得いかない将来が首をかしげる。
確かに。同じ戦場にリタを出すという事は、自分たちに彼女を助けるチャンスを与えるのに等しい。何かもう一枚カードを隠している、と見て間違いないだろう。
「洗脳している、とか?」
「ありうるわね。だったらリタをすぐに解放するのも分かる。でもジャンゴ君は洗脳されてなさそうのが気にかかるわ」
そう。噂から聞く彼の戦いぶりは、どう考えてもいつものジャンゴの戦い方だ。リタを洗脳しているとするなら、なぜジャンゴも洗脳しないのか。
ジャンゴを洗脳できない何かがあるのか。それが気になった。
気になることがあるとは言え、今は戦争中。余計なことを考えていたら、死が待っている。
フェンリル軍含むファイアーランド軍は、ジャンゴが入ったサンドランド軍に押されていた。
たった一人、ガキが入ったくらいで。
その言葉をつぶやいた兵士は、次の日にその『ガキ』にやられて戦線を離脱した。
そして。
ジャンゴが率いている部隊と、刹那たちがいるフェンリル軍が直接対決するときが来た。
場所はファイアーランド。首都であるカジノタウンに近い街、オンセンタウンに繋がる火山に近い荒野だ。
もしサンドランド軍がここの防衛ラインを突破すれば、カジノタウンの命は風前の灯だ。刹那たちとしては何としても阻止せねばならない。
『…ええ。次の戦いにはリタも行かせるわ。貴方たち二人で事に当たって頂戴』
「でも、どうせ監視つきでしょ」
『当然よ。でも誰かは教えてあげないわ。それを言ったら人質にはならないもの』
通信用の鏡越しの笑顔に、ジャンゴはふんと冷たく息を鳴らしてそっぽを向いた。
連日の命のやり取りがジャンゴの心をすり減らし、荒れた風を吹かせていた。
太陽少年の名に相応しい笑顔が消え、今は戦争を生きる将軍としての顔がこびりついている。
トレードマークである真紅のマフラーも色あせて見え、オニキスブラックの目も今や完全に黒一色だ。
とても一週間ほど前の明るいジャンゴとは思えなかった。
(そう言えば、今まで戦ってきた相手に刹那たちはいなかったな)
通信を無視するために始めたガン・デル・ソルの手入れをしながら、ジャンゴはふと思う。となると、最終防衛ライン近くに彼らがいることになる。
誰が自分を監視しているのか分からない以上、彼らと妥協する余裕はない。目の前に現れたら殺さないようにするしかないのだ。
腕の一本でも落とさなければだめかもしれないな。
そこまで思って、ジャンゴは自分の変わりように驚いていた。
前は「誰も傷つけずに事を終わらせたい」と思っていたはずなのに、今は「例え誰かが傷ついたとしても事を終わらせる」と思っている。
こんな状況に放り出されてしまっては、殺らなければ殺られてしまう。自分はまだ死ぬわけにはいかなかった。だから、仕方がなかった。
(……違う)
ジャンゴは首を横に振った。仕方がないのではない。自分が勝手にそう思い込んでいるだけだ。
自分の周りに味方がいないから。
イストラカン事件でも、彼はすぐにおてんこさまに出会った。おてんこさまがいなかった時も、太陽樹に行けばリタがいた。エターナル事件では、街の皆が常に自分を励ましてくれた。
だが、今は本当に誰もいない。おてんこさまも、兄も、リタも、仲間も。
自分に貸し与えられている部隊も、常に補佐してくれる副将軍も、イシスの手の者なのだ。実質上、ジャンゴは一人ぼっちだ。
(将来、クレイ、嵩治、レイ、翔ちゃん、エレジー、ゼット、ドヴァリン、ドゥネイル、ドゥラスロール、アルニカ、ナガヒサ君、未来、ベール、刹那、クール、ザジ、おてんこさま、兄さん、リタ)
脳裏に浮かんだ仲間の顔を、心の中で一人一人呼んでいく。
(……助けて)
ガン・デル・ソルを強く握り締めていた。
(僕を助けてよ……!)
日が昇り、ジャンゴたちの部隊含むサンドランド軍は荒野へと到着する。
それを待ち受けるのは、フェンリル軍を先陣としたファイアーランド軍。
先陣を切ったのはエレジーの魔法弾だった。アゼル譲りの凄まじい炎が、戦場中心で爆裂する。
「「突撃ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」
ジャンゴと刹那の声で、両方の軍が大きく動く。
最終防衛ラインでの戦いが、今始まった。