ファイアーランド、フェンリル軍野営地。
辺りを警護していたラセツ兵は、変わった女性の4人組を発見した。
刹那にそれを報告すると、彼は血相変えてその4人に会わせろとそのラセツ兵に頼み込んだ。
そして、刹那たちとアルニカたちは合流した。
アルニカは、ジャンゴは後から来ると言ったが、刹那は悪い予感がしていた。
それはジャンゴの兄であるサバタも同様だった。
とりあえずアルニカとイモータル3姉妹にこれからどうするのかと聞くと、4人とも今はここに残ると言った。
「…ジャンゴは必ず来るもの……」
アルニカの言葉が、4人全員の心境を現していた。
*
サンドランド。
そこの一室で目が覚めたジャンゴの第一声は、「またかよ……」だった。まあ何回も同じ展開が続けば、こうも言いたくはなるが。
起き上がると、腹が鈍く痛んだ。それが、今までと大きく違うものだった。
「やあ、目が覚めたかい?」
起き上がる彼を祝福するかのように、隣にいたゼットが声をかけた。その声でどうやって自分がここまで来たのかを思い出し、ゼットをきっと睨んだ。
「一体なんであんなことをしたんだ!?」
厳しい顔のジャンゴに、ゼットは大げさに震えて見せた。
「おー怖。そういう顔もするんだ」
「ふざけてる場合じゃないだろ! 僕の質問に答えてくれ!」
胸倉を引っつかんでも彼の顔は笑ったままだった。笑ったまま、とんでもないことを告げる。
「それはね、君の力がまだ覚醒しきってないからだよ」
「……どういうこと?」
胸倉を引っつかむ手を少しだけ緩めると、ゼットはわざとらしく咳きをした。話をはぐらかされたらかなわないので、ジャンゴは鋭い視線で続きを促した。
視線で催促され、ゼットは変わらない声で続ける。
「君は将来やアルニカに次いで、3番目にメシアの条件に当てはまってる仔だ。だけど、その力はまだ覚醒しきってない。
将来やアルニカはもう覚醒してるし、セッちゃんは弟さんから力を貰うことで覚醒した。でも、君だけはまだその力を目覚めさせてない。
ノルンの鍵は持てるけど、ノルンの選択は出来ない」
「僕はそんな選択なんて」
「したくない、って言いたいんだろうけど、それじゃ駄目なんだ。
交錯し、イレギュラーな出来事が多発してしまっているこの状態では、イレギュラーを招き寄せている君たちも最後まで関わらないといけない。
そうしないと交錯が激しくなり、世界は意味のない混乱を永遠に続けることになる」
始まってしまった混乱を元に戻すためには、その混乱の大元も自ら『修正』作業に入るしかない。その大元の一つがジャンゴなのだ。
ゼットの話を聞いて、ジャンゴは始まりの事を思い出していた。太陽樹の元で天使と戦った時、自分は黒の力を使った。
自分にとってその時は有効な手段だと思っていたが、それが原因で天使とデビルの戦いに『太陽少年』という異物が投げ込まれ、大波を引き寄せてしまったのだ。
他人事だとは全然思っていなかったが、その覚悟では甘かったのかもしれない。
拳を力強く握り締めるジャンゴに、ゼットはどこか諭すような口調で続ける。
「ジャンゴ、君は元が太陽仔だから光の力が強い。それに天界に行ってエンジェルチルドレンと共に行動してたこともあって、その光の力はますます強くなってる。
でも、その強すぎる力が逆に覚醒するのを抑えているんだ。光の力を強めすぎたため、吸血変異で得た闇の力が抑えられてしまっている。試しにトランスしてごらん?」
そうゼットに言われて、ジャンゴはトランスの魔法を使う。……が、いつまで経っても黒ジャンゴにはならなかった。
いつも通りの人間の手を見つめ続けたまま、驚きを隠せないジャンゴにゼットはアドバイスをした。
「覚醒するには、闇の力もその力に並ぶくらいに強くなるか、光を上手く制御できなくちゃいけない。君は光を上手く動かせる闇を手に入れなくちゃいけないんだ」
「光を上手く動かせる闇?」
ジャンゴがオウム返しに聞くと、ゼットは口を開いた。が、同時に誰かがこの部屋に来る足音が聞こえた。
「ヤバ、僕はここにいると話がややこしくなるから、これで!」
「あ、待って!」
引き止める前に、ゼットは消えた。
一呼吸置いて、ドアが開かれる。入ってきたのは猫に似た人間だ。何も着ていないその姿に、ジャンゴは顔を赤くしてしまう。
「どうしました?」
「あ、いえ……」
あまりの露出度に参ってただけです、とは言える訳がなかった。
その猫人間に連れられ、ジャンゴは広間へと通された。数時間前まではリタがそこにいたのだが、ジャンゴはそれを知らない。
「ようこそ。私はこのサンドランドの女王イシスよ」
「僕は」
「紹介しなくても分かってるわ。太陽少年ジャンゴ。……メシアの素質を持つ少年」
「えっ」
イシスの言葉にジャンゴは硬直した。自分がメシアの素質を持っている事は、誰から聞いたのだろう。
ジャンゴの眼からその質問を聞きだした(ジャンゴの技能の一つである「目で語る」というやつだ)イシスは、「彼女から聞いたのよ」と玉座の暗がりから人を呼んだ。
暗がりから現れたリタを見て、ジャンゴの驚きは頂点に達した。
「リタ!」
「ジャンゴさま!」
駆け寄ろうとする二人だが、ちゃきっと何かを構える音がかすかに聞こえる。
その時になって、ジャンゴはようやく部屋の影からスケルトンが銃を構えていることに気がついた。ウカツに近づけばどん!と言うわけだ。
きっとイシスの方を見るが、彼女はただ笑うだけだ。
「どういうことだ!?」
「人質よ。貴方たちはお互い人質なの。
貴方たち二人、余計なことをすれば片方の命はないと思いなさいね」
つまりジャンゴがイシスに逆らえばリタが殺され、リタが余計なことをすればジャンゴが殺される。
「何をさせたいんだ!」
「貴方の強さを見込んでの頼みよ」
何が頼みだ、と珍しくジャンゴは心の中で毒づいた。『頼み』と下手に出てはいるが、実際に断れば人質の命はないだろう。
命令しているのと同じだった。
イシスはそんなジャンゴの顔を見てくすっと笑うと、『頼み事』を言った。
「私達サンドランドの者は、今隣国のファイアーランドと戦争しているの。
私達の国は魔王の寵愛を一番受けている国。だから兵もたくさんいるし、武器もいいのが揃っているわ。でも、あっちは強者を集めて少数精鋭でこっちに抵抗している。
貴方の力を借りたいのよ。太陽少年」
「僕一人でたくさんの兵と戦えなんて無茶だ!」
スケルトンが狙っていることを忘れ、ジャンゴはイシスに反論する。
「戦うのは貴方一人ではないわ。貴方は将軍として我が軍の前線に立ってもらうの。
メシアである貴方が前線に立ち指揮を取る……。これだけでも軍の士気は高まるのよ」
そう返ってくると予想していたのか、イシスはすらすらと彼の反論を払いのけた。
「何せ我が軍は今士気ががた落ち。敵の中にメシアがいるって噂が広がっちゃったんですもの」
「!!」
イシスの言葉で、ファイアーランドの強者とは刹那達のことだと分かる。
彼女が自分を前線に立たせる真の理由は、メシアの力を持つ刹那と将来、アルニカに対抗するため。友だと分かっていて、イシスはジャンゴを戦わせようとしているのだ。
(最悪……!)
イシスはジャンゴの動揺をあざ笑いながら、視線をリタの方に向ける。
「安心なさい。彼女も一緒に前線に出してあげる。
死ぬ時は二人一緒よ」
……反論はもう出来ないようだった。
話はもう終わり、とイシスはさっさと姿を消した。後に残されるのはジャンゴとリタだけである。
――無論、どこかに見張り役のスケルトンがいるが。
玉座に続く階段に腰掛けながら、ジャンゴとリタは再会を喜び合った。捕まった状態ではあるが、二人きりになったのは久しぶりだ。
「元気にしてた?」
「ええ。ジャンゴさまも元気なようで」
リタはにっこり笑う。そんなに経っていないはずなのに、こうして彼女の笑顔を見ていると何年も会っていなかったような錯覚を覚える。
(……?)
何年も会っていなかったような錯覚。それは違和感でもあった。
リタではあるが、リタとは違う何か。今のリタといつものリタと違うところ。しばらく観察していると、一つそれに気がついた。
「あ、リタ。服が違う?」
「ようやく気づきました? 気づくのが遅いですよ」
リタはそう言って立ち上がる。長いスカートはいつもと変わらないが、お腹を見せている短衣に細い腕を飾るアクセサリーとベールは全く違っていた。
普段はほとんど肌を見せないスタイルなので、こういう肌を露出した衣装を着たリタはジャンゴにとって新鮮だった。
「似合います?」
くるりと一回転してみせるリタ。それに合わせてキラキラとアクセサリーが輝き、リタを綺麗に見せる。
ぽっと顔を赤く染めながら、ジャンゴは何度もこくこくうなずいた。
さっき感じた違和感は服のせいかな。
ジャンゴはそう思い、話を続けた。