連れて行かないで。
その娘は僕の…
ジャンゴがクールを預かってから3日目。
クールは犬としてそつがなかった。そしてとても器用だった。
「すごいなー! クールってフォークが持てるんだ!」
フォークを持って食事するクールに、ジャンゴは歓声を上げた。サバタも本から目を上げ、クールの器用さに内心で舌を巻いた。
(……俺より、上手くないか?)
実はサバタ、テーブルマナーなどの一般常識が駄目だったりする。
ご飯を食べたら散歩である。
ジャンゴはクールを鎖に繋ぐことなく、そのまま出かけた。鎖に繋いで歩かせるのは可哀想な気がしたのだ。
「明日でクールとお別れかぁ……」
ジャンゴは名残惜しそうにつぶやく。たった3日間。されど3日間。ジャンゴはクールを家族だと思っていた。
だが、彼は飼い犬だ。明日になれば飼い主が引き取りにやってくる。
飼い主が引き取れば、おそらく二度とクールに会えないだろう。ジャンゴはそれが寂しかった。
「……でも、お前はご主人様に早く会いたいよな」
無言で隣を歩くクールに、ジャンゴは話しかける。クールはしばらく考え込んでいたが、やがて「おん」と答えた。
果物屋の前まで来ると、リタがかごを持って仕入れに出るところだった。
「リタ!」
ジャンゴが声をかけると、リタはそっちを向いた。
「ジャンゴさま。……あら!」
隣にいるクールに目を丸くする。
「ジャンゴさま、いつこの子の飼い主になったんです?」
「あ、いや、預かっただけだよ。明日引取りに来るんだって。果物屋に」
「まあ、飼い主さんがこっちに来るんですね」
リタがコロコロと笑う。クールはリタの足元で匂いを嗅いでいた。
*
成り行きで太陽樹のもとまでやってくると、太陽樹がいつもと違っていた。
「花が……白い?」
いつもならピンク色の枯れない花を咲かせ続ける太陽樹。それが今日に限って、真っ白一色になっていた。足元を見てみると、そこも異常なくらいに白一色である。
ジャンゴは太陽樹の根元まで行って、白一色にしている『それ』を摘み上げた。
「……羽?」
穢れのない、真っ白な羽。それが太陽樹を覆っていたのである。
あまりの異様な光景に、クールがうなり声を上げた。
「鳩が沢山居ついてしまったんでしょうか……?」
クールを抑えながら、リタもおびえた声を出す。羽一色に染め上げられた世界、というのも逆に不安を掻き立てる。
「誰が一体こんな事を……」
「天使の、思し召しです」
ジャンゴの疑問は、誰かが答えた。
「!」
ジャンゴが声の行方を視線で追うと、羽が飛び込んできた。
いつの間にかジャンゴとリタの前に立っていたその人物は、普通の人間と大差なかった。――背中に生えている白い翼を除いては。
クールがうなり声を上げる。…まるで警告のように。
「天使……?」
リタがあっけに取られた声で言う。目の前の天使は、そんなリタににっこりと微笑みかけた。
「その通りです。お迎えに上がりました、聖女様」
「え?」
天使はリタの手を取る。唐突に手を取られて、リタは顔を赤らめてしまった(その様子を見て、ジャンゴは何となくいらいらしてたり)。
「あの、どういうことですか?」
「貴方は救世主(メシア)の側にあるべき存在。道を与え、癒しをもたらす聖女としての力があるのです。大地の巫女よ」
「メシア?」
天使の言葉で引っかかったフレーズをジャンゴは聞くが、完全に無視された。どうやら彼の興味はリタだけにあるらしい。
「さあ、参りましょう。サンクチュアリはここより南です」
「ま、待ってください!」
手を引いて飛ぼうとする天使をリタは慌てて止める。
「私、まだ行くなんて一言も……」
リタの弁解に、天使は申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ありませんが、我らが主でありメシアが一刻も早く貴女を、と仰せつかっております。時間はありません」
「でも、皆さんに出かけるって言わなければ」
「後で使いの者を出します」
どうやら強引な性格のようだ。まだぶつぶつと言うリタを抱き上げて飛ぼうとするが。
「連れて行かないでくれ!」
思わずジャンゴは引きとめた。さすがにイライラし始めたらしく、天使はジャンゴのほうを向いた。
右手に装備されているソル・デ・バイスが目に入る。
「……貴方が噂の太陽少年ですか」
「リタを連れて行かないでくれ」
今度ははっきりと言い放つ。天使は眉根を寄せた。
「何故です」
「……リタは、僕の……」
つばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。
「僕の」
ジャンゴの口から、次の言葉は出なかった。
クールが天使に向かって飛び掛ったのだ。
「クール!?」
「貴様!!」
天使はクールを知っていたらしい。優雅な仕草はどこへやら、形相を変えてクールを弾き飛ばした。
「ぐぅっ!」
「リタ、こっち!」
クールのうめき声と、ジャンゴがリタを招く声が重なる。リタはするりと天使の手の中から離れ、ジャンゴが差し出した手を取った。
「くそっ!」
天使が隠し持っていた剣をジャンゴに向かって振り下ろそうとする。それを見たリタはジャンゴの前に躍り出た。
気が狂ったのか、リタに狙いを定めた剣を見て、ジャンゴはリタを庇うように強く抱きしめた。
(あの剣が僕を貫いても、リタは貫くな!)
ジャンゴはそう願いをこめてリタをいっそう強く抱きしめる。自分が盾になれば、リタは死なない。
もう大切な人を失うのを、目の前で見るのは嫌だったから。
剣がジャンゴを貫く、そう思われた時。
「ファイヤーブレスだ!」
「応っ!」
また知らない声がどこかから飛んできた。
炎が天使を包み込む。
「ぎゃああああああああああああああああああっ!!」
「! おおおおおおおっ!」
チャンスを見逃すジャンゴではない。月光魔法のトランスで、黒ジャンゴに変わる。日の光に弱くなるが、赤ジャンゴでは致命傷を与えられないと瞬時に悟ったからだ。
「!!」
炎の中、天使の目が見開かれた。
「闇よ!」
エンチャント・ダークのかかった剣が、天使を切り裂いた。
「ふう……」
炎の中で天使が消滅したのを見て、黒ジャンゴは赤ジャンゴへと戻る。同時で腕の中のものがもぞもぞ動いた。
「あの、ジャンゴさま……」
「わぁぁぁぁぁっ!!」
そういえばずっとリタを抱きしめたままだった。ジャンゴは慌てて離れる。
さっきの天使に手を取られた時よりも真っ赤な顔のリタを見て、ジャンゴも顔を真っ赤にした。ほとんど小学生レベルの反応である(ジャンゴたちはそのくらいの年齢だが)。
どっちからともなく何か話そうとしたその時。
「おーお、おアツいねぇ、お二人さん」
「お前らと結構変わらないだろ」
「「うわっ!!」」
唐突にかけられた知らない声に、二人は心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。声の方を向けば、クールと銀髪の少年がくすくすと笑っている。
「クール、彼らなのか?」
「ああ。お前達とは違うが、確かに力を持っている奴らだ」
したり顔で会話する二人。――そう、二人である。それに気がついたジャンゴとリタは、また心臓が飛び出そうないくらいに驚いた。
「く、クールが喋った!?」
「喋れるんですか!? この犬!」
「犬じゃねぇ! 俺は誇り高いケルベロスだ!!」
「け、ケルベロス!?」
事情を知らないジャンゴとリタは驚くばかりである。その様子を見ていた銀髪の少年は苦笑した。
「ま、とりあえず落ち着いた場所で話そうぜ。俺達も、君たちの事情が知りたいしさ」
「は、はぁ……」
なんか驚かされっぱなしでついてけそうにないなぁ、と思いながらジャンゴが答える。
「あの、お名前は…?」
ようやく落ち着いたらしいリタが、銀髪の少年に尋ねた。少年は今まで忘れていたらしく、ぽんと手を打った。
「あ、悪い悪い。俺は刹那。
甲斐 刹那(かい せつな)って言うんだ」
*
ジャンゴが刹那と会っていた時。
宿屋でザジが倒れた。
彼女が何故倒れたのか。それを知っているのは、今のところその場にいたサバタだけである。
Solar Boy meets Devil Children……