パイルドライバーが設置してある結界。
かつてジャンゴとクールが改めて出会ったその場所で、
彼らは不幸な出会いを果たす。
「俺じゃない! 俺じゃないんだ!!」
ザジの説教は30分で終わった。……というよりサバタが一睨みで終わらせた。
月下美人の力に覚醒していても、未だに彼は暗黒仔だ。ダークマターの波動をちょっと開放すれば、すぐに人はおびえる。
さて。
太陽樹の辺りにはいないことを確認した三人は、パイルドライバーが設置してある広場へと移動した。
また声を張り上げて探す。今度はサバタも声を張り上げて探した。(そうしないとザジのフリーズが飛んでくるから)
いい加減喉が痛み始めたその時。
「…将来……?」
細い声が反応した。
それから、拾似番街方面からぱたぱたと女の子が将来のほうに向かって走ってきた。
「将来~」
「翔!」
将来が駆け寄る辺り、どうやら彼女が探していた翔らしい。確かに将来の胸辺りの身長にワンピースを着ていた。
「駄目だろ勝手に出歩いちゃ!」
「ごめんね将来。でも初めて来た街だし、うちの周りとは全然違うんだもの」
言いつけを守ろうと思う気持ちより、好奇心の方が勝ったらしい。
将来も気持ちが分かるらしく、勝手に出歩いたのを怒ればいいのか、見つかったことを喜べばいいのか分からないようだ。足元にいたクレイも同様。
サバタとザジはそんな微笑ましい光景にくすっと笑ってしまう。サバタのほうは微苦笑に近いものだったが。
翔はニコニコ笑いながら、将来にサン・ミゲルについて話している。ここは人が少ないとか、大きな樹があるとか、棺桶屋なんてよく分からないお店があるとかなんとか。
「そう言えばね、あのタワーにね、何かふわふわしたのがたくさん来てるみたいだよ」
「本当か!?」
翔の言葉に反応したのは将来ではなくサバタだった。翔はサバタの方を見て、少しだけおびえてしまった。
慌てて将来が翔の背中をなでて安心させながら、サバタたちを紹介する。
「翔、こいつら悪い奴らじゃないよ。男の子の方はサバタ、女の子の方はザジって言うんだ」
ザジが翔を安心させるためにサバタの頬を引っ張って笑顔を作る。サバタはザジにジト目を向けるが、ザジは気にした風ではない。そんな光景に翔もくすくす笑い始めた。
「ひーかえんいひおっ!(いい加減にしろ!)」
サバタが裏拳でザジを黙らせる。何しろこっちは聞きたいことがあるのだ。
が、翔はそんな様子を見てけらけらと笑うばかり。将来やクレイもくすくす笑っていて、話を続けられそうに無い。
処置なし、と言わんばかりにサバタが天を見上げる。と、
「……ん?」
空を横切る影を見たような気がした。
続いて空間のよじれ。瞬時に誰かが転移してくるのを察知した。
「おい! 誰かが来るぞ!!」
こんな登場の仕方をするあたり、味方とは思えない。サバタはザジと将来に警戒を促した。二人が見上げるのと同時に、転移してきた者が姿を現す。
槍と盾を持った男。だが、その気配は人間のものとは違っていた。
「……天使の手の者か」
「知る必要は無い!」
クレイの誰何を男――ミディールは攻撃で返した。電撃魔法のジオがクレイめがけて襲い掛かるが、クレイはものともせずに突っ込んだ。
「俺に電撃魔法を喰らわせようとするなんてな!」
キマイラは電撃属性である。ミディールのジオは全てクレイの角に吸収された。将来はデビライザーからミニサイズの竜・インディーを呼び出し、翔の隣にいるよう命ずる。
翔の安全を確認すると、ザジは杖を大きく振りかざした。太陽魔法のダイナマイトの応用で、爆破地点はミディールの足元。
ミディールが大きく吹っ飛ばされる。
「喰らえ!」
ガン・デル・ヘルの暗黒弾がミディールを狙う。吹っ飛ばされたことで隙だらけとなったミディールに、これをかわせる術は無かった。
何とか着地するものの、クレイと将来の攻撃も受け、ミディールはひざをついた。
「意外とあっけないもんやな」
今の彼に戦闘できるほどの力はないと見たザジが、一息ついて杖をおろす。翔の隣にいたインディーも力を抜いた。その瞬間。
ミディールが動いた。
インディーを槍で薙ぎ払い、翔の額に何かの力を注ぎこむ。
「あ……」
翔が倒れた。
「翔!」
「翔ちゃん!」
将来とザジが倒れた彼女に駆け寄る。インディーもふらふらになりながら彼女の側に寄った。
「貴様ぁ!」
サバタがガン・デル・ヘルを撃つ。下半身を大きく削り取られながらも、ミディールは笑った。やけになった笑いではない。
成功した者の笑いだった。
「…全ては……、計画通りだ……」
その言葉を残してミディールは消えた。何者かに踊らされていることを感じ、サバタは歯軋りをする。
ジャンゴたちが消えたサン・ミゲルで何も起こらないはずがないとは思っていたが、結局事件を未然に防げなかった。
「くそっ!」
おととい襲撃してきた天使(?)の嘲笑が聞こえたような気がして、サバタは苛立ちのあまりガン・デル・ヘルを叩きつけてしまった。
その音を聞きつけて、ザジがサバタの方を向いた。
「サバタ、こっちの方なんとかせなあかん」
「……分かってる」
とりあえずイライラを胸の中に収め、翔の方に向かう。
翔は死んでいるわけではないようだった。息はしているし、脈もある。が、どんなに呼びかけても目覚めないのだ。
「……?」
翔の周りに立ち込める匂いにサバタは反応した。……というよりサバタだけが、その匂いを感知した。
(この匂いは……)
もっと詳しく知ろうとサバタは翔に近づく。
足音が、後ろから聞こえた。
「翔……?」
聞き覚えの無い少年の声。
3人(と2匹)は声のほうに顔を向ける。ぴしっとのりのかかったジャケットの少年だ。
サバタとザジは知らない少年だったが、将来は見覚えがあるようだ。
「嵩治!」
少年――嵩治は、将来を見た。
そして、その腕の中にいる動かない翔……妹を見た。
「お前が翔を……!?」
「違う! 俺じゃない!!」
将来は大きく首を振って否定するが、嵩治は半信半疑のようだった。状況を見ると将来やサバタたちが翔に何かしたように見えるが、親友を信じたい気持ちもあるのだろう。
「俺じゃないんだ!!」
現実と友を信じる気持ち。それらが嵩治を葛藤させているようだった。何とか信用させようと将来は声を張り上げるが。
「いいえ。貴方の妹を眠らせたのはそこの奴らよ」
「!」
突然の声に嵩治の顔が険しくなる。
「私は見たもの。そこの奴らが呪いをかけて、翔を眠らせたのよ」
声は嵩治の足元にいる赤い鳥だった。鳥の言葉……というより声にサバタの眼が鋭くなる。
「貴様、二日前に襲撃をかけてきた奴だな」
「そうよ、イモータル。人間……いえ全ての生物の敵」
「「何だって!?」」
将来と嵩治の声がハモる。サバタが黙って睨むと、将来は首をすくめたが、嵩治は睨み返してきた。
「……将来、僕は君を親友だと思っていた。だけど、君はそうじゃなかったんだね」
「嵩治!?」
嵩治の激変ぶりに、将来は困惑する。赤い鳥の方はそれが正しいと言わんばかりの笑みだ。
将来は誤解を解こうと嵩治に近づこうとするが、赤い鳥がザンをかけてきたので立ち止まってしまう。悔しさに唇をかみ締めると、後ろからサバタが肩に手を置いてきた。
今は黙って耐えろ――。サバタの手はそう語っていた。
「翔を返せ」
「返さへんで! 今のあんたらには絶対に!!」
嵩治の要求に、ザジがきっと睨んで拒絶した。例え彼女の兄だとしても、今の誤解している彼に翔は渡せないと思った。
ザジの言葉に赤い鳥のほうが激昂しそうになるが、嵩治がそれを抑えた。
「今はいい……。行くよ、レイ」
きびすを返す嵩治。赤い鳥――レイは納得行かない顔だったが、マスターの命には逆らえないようだ。黙って嵩治の後を追う。
「嵩治!」
将来の声に、嵩治は一度だけ振り向いた。
その顔は、憎悪だった。
「もうお前は僕の親友なんかじゃない。倒すべき敵だ」