サン・ミゲルの街門に、一人の少年が立つ。
ヘッドギアが特徴的な、活発そうな少年である。
少年の隣には、緑色の獣がいた。
ジャンゴたちが旅立って、2日経った。
「あいつら、着いてんのかなぁ……」
ザジがなんとなしにつぶやく。
「順調だったらもう血錆の館は通り過ぎているはずだ」
サバタはザジの方を向かずに答える。
特に「順調」を強調した。今の彼らの状況を考えれば、順調に行けるはずが無い。
「大丈夫かな」
「知らん」
二つめの質問は適当に返した。
外では、未だにジャンゴたちを探し回っているらしい街人たちの気配。
天使たちは暗黒少年(月下美人)とひまわり娘には興味は無いらしい。スミレとクロも、ジャンゴたちがいなくなったと知るやさっさと出て行った。
「全く、ご苦労なことだ」
サバタはそんな天使たちを嘲笑った。目的のためには手段を選ばない彼らだが、その目的がなくなると急に勢いがなくなる。
あくまで正義を語る彼らは、腹いせの破壊活動などは行わない。ただただ意味の無い行動を繰り返す彼らは、「自分で考える」ことができないようだ。
サバタにとって、流されて生きる者は下らない連中でしかない。
「それ、言いすぎなんとちゃう?」
……どうやらザジは違う考えを持っていたようである。サバタの言葉に目くじらを立てた。
「スミちゃんもみんなも、全員天使の奴らに操られてるだけやで? みんなは悪かない。
天使たちを何とかして元に戻そうとか考えへんのか!?」
俺は天使どもに言ったつもりだったんだがな、と心の中で突っ込むサバタ。とは言え、ザジの言うことにも納得していた。
確かに、街人全員がこのままというのも何となく気分が悪いし、おちおち家にも帰れない。急いでと言うわけではないが、何とかするべきだった。
しかし、どうする?
サバタが思案していると、
とん とん
ノックの音がした。
「開けるで?」
「……好きにしろ」
天使の襲撃とも限らない。慎重にドアを開けるザジ。サバタもいつガン・デル・ヘルが抜けるように準備しておく。
ドアの向こうにいたのは天使ではなかった。
ジャケットにTシャツ、ショートパンツと一般的なスタイルの少年。一番特徴的なのは頭のヘッドギアだ。初めて見る顔なので、おそらく余所から来た子だろう。
羽を持っていないので天使ではないようだが、それでも警戒は緩めない。エンジェルチルドレンの可能性もあるからだ。
「どうしたんや?」
友好的な笑みでザジが少年に聞く。少年は一回首をきょろきょろと動かしてから、二人に尋ねた。
「あのさー、ここにワンピース着た小さい女の子こなかったか? この位の背で」
少年は自分の胸の辺りで手をひらひらさせる。そのくらいの身長だと、スミレより大きい子のようだ。
サバタとザジは首を横に振った。天使たちと洗脳された街人が徘徊するようになってから、二人は外に出ていない。また、ここに来た者もいなかった。
来ていない事を知った少年は、困った顔になった。
「ヤバイなぁ…。翔の奴、あまり外出歩いたら駄目だって言ったのに」
「ショウ? 弟か?」
ちょっと気になったらしい、ザジがオウム返しに聞いた。聞かれた少年は首を横に振る。
「違う違う、親友の妹。王城 翔(おうぎ しょう)って言うんだ。あいつまだ小さいから、兄貴の嵩治(たかはる)や俺が面倒見てるんだけどな」
「ふぅん……」
ザジがぽりぽりと頭をかいた。そういえば、ウチもここに来てから結構スミちゃんの相手してたなぁと思い出す。
とりあえず目的の人がいないことを知った少年は、二人に頭を下げて宿屋を出ようとする。その時。
「……お前も、デビルチルドレンか?」
今まで沈黙していたサバタが、唐突に口を開いた。
少年とザジの目が丸くなる。後者は「何をいきなり」という意味で。前者は「どうして分かったんだ」という意味で。その様子で、サバタは自分の推定が間違っていないことを確信する。
「そうだったら早く探さねばならんだろう。俺も付き合おう」
「サバタ!?」
珍しいサバタの態度に、ザジは大きくのけぞった。それを見て、サバタはちょっと不機嫌な顔になる。
「何だその態度は」
「サバタが手伝うやなんて、明日は大雪や!! ひまわりもそっぽ向きそうなくらいの天変地異や!」
「……ほほう」
喧嘩が始まりそうな雰囲気に、少年はあたふたした。喧嘩を止めるべきなのか、それともこのまま立ち去るべきか。
思考が混乱しかけるが、サバタが黙って外に出るということで話は強引に片付いた。
喧嘩を収め、宿屋の外に出た三人。
ジャンゴやリタほど詳しくはないが、サバタもザジも街の構造ぐらいは知っている。案内がてら、3人は翔を探し始めた。
「ところであんた、名前は?」
道すがらザジが少年に聞いた。少年は言うべきか少し迷ったようだが、すぐに名前を名乗った。
「葛羽 将来(くずは まさき)だ。今は出してないけど、キマイラのクレイって奴もいるぜ」
「パートナーデビルってやっちゃな。ウチはひまわり娘のザジ。で、こっちのいけ好かん奴は暗黒少年で月下美人のサバタ」
妙な自己紹介をされたサバタは無愛想のままで少年――将来に眼を向けた。一応挨拶のつもりである。将来もそれが分かったらしく、頭を下げた。
「で、どこを探せばいいんだ?」
「太陽樹のあたりから行くぞ」
将来の質問にサバタが答えた。いつの間にか、彼がリーダーシップを取っていたりする。
太陽樹のふもと。
いつの間にか天使たちの羽はきれいに片付けられ、樹はいつものピンクの花を咲かせている。
将来はデビライザーから緑色の猫に近い生き物――キマイラのクレイを出す。デビルチルドレンだと気づかれてしまうが、いかんせん、今は人手が足りない。
「翔ー! どこだー!?」
「翔ちゃーん!」
将来とザジ、クレイが声を張り上げて探す中、サバタはずっと螺旋の塔辺りを凝視していた。
ヨルムンガンドを封印している戒めの槍である塔。だが、同時にサン・ミゲルのシンボルとも言える塔。
天使たちはあれに気づいているのか? それとも、触らぬ神にたたりなしという事で無視しているのか?
それとも、もう何か手が打たれてある?
「サバタ!」
ザジのきつい声に、サバタは振り向いた。
「手伝うゆうとって、自分はのんきにどこ見てるんや!?」
「……ああ、すまん」
「謝るだけなら誰でもできるで!」
「……ああ」
「サバタ!!」
煮え切らないサバタの態度に、とうとうザジが切れた。サバタの胸倉を引っつかみ、つばを大量に飛ばしてがみがみ怒る。
将来はどちらの味方をしようかとまたあたふたする。意外と優柔不断のところがあるようだ。クレイはそんな将来を見てこっそりため息をついた。
だから三人(と一匹)は気づいていない。
螺旋の塔に、天使たちの影が集まり始めていることに。