Change Your Way・6「再構成」

 ザナンビドゥが棺桶に封印される。
 抵抗はなく、ほんの少し揺れた程度ですぐに収まる。
「……この人」
 ジャンゴの言葉を、おてんこさまが拾う。相槌は打たないが、ジャンゴはちゃんと聞いているのが分かったようだ。
「お父さんのこと、……好きだったのかな」
 言葉の間の沈黙が少し気になったが、おてんこさまはあえて何も言わないことにした。

 棺桶に封印したザナンビドゥはしばらくそのままにして、ジャンゴたちはさっきまで戦っていた隠し部屋にもう一度戻ることにした。
 ジャンゴも気にはなっていたが、ただの金庫のようなものだろうと思っていた。だがおてんこさまは違う部屋だと思っているらしい。引き止める理由もないので、ジャンゴは素直について行く。
 長い階段をもう一度下り、ジャンゴたちは隠し部屋にたどり着く。明かりはまだついたままなので、ジャンゴたちはすぐに一番分かりやすい壁に近づく。
 壁にはびっしりと古代文字が書かれてある。古代文字を知らないジャンゴには、ただの虫食いや変なものの羅列としか見えないが、おてんこさまは違ったらしい。
 一つ一つ読んで行っては驚きの声を上げ、最後まで読みきるとうーむと唸り声を上げた。
「おてんこさま?」
 ジャンゴがおてんこさまに近づくと、彼は顔を上げた。その顔は、いつも見る顔ではなく、イモータル反応を感知した時の顔によく似ていた。
 つまり、何か危険なものを察知した時の顔に。その顔に釣られて、ジャンゴはもう一回壁の文字に注目するが、やはりただの変な羅列としか見えない。
 一点に集中するのはやめて、全体を見てみる。文字らしい羅列だけではなく絵も記されていたが、あまりに抽象過ぎて、これもジャンゴには分からなかった。
 唯一つだけ分かったのは、一番大きく記されてある図解に近い絵だった。人が人を呼び出している……、ジャンゴにはそう見えた。
 ただ呼び出し方が、鍋みたいなものから煙を出して出てきているという独特なものだった。これではまるで、人を呼び出しているというより、人を作っている……
「……おてんこさま、これって!?」
 ようやくジャンゴもおてんこさまの厳しい顔の原因が分かった。慌てて彼の方を見ると、おてんこさまは深くうなずいた。
「ああ、これは禁呪の中の禁呪。『魂の再構成』――クローニングの方法を書き記したものだ。
 これは死者の欠片……正確に言えば遺髪か何かだな……それを元に、死者を蘇らせる。だが、蘇った者は死ぬ前の記憶などを持たないことから、この名前がついている。
 だが、大抵はイモータルなどのまったく違った存在に成り果てるのがオチだがな」
 元々死者をよみがえらせるなど、奇跡でもない限り不可能だからな、とおてんこさまは付け加えた。「奇跡」を持ち出したのは、近くにカーミラという例外がいるからだろう。
 ザナンビドゥは、この方法で父親を蘇らせたかったのだろうか。
 壁に記されたクローニングの方法を、ジャンゴは食い入るように見つめた。

 棺桶に封印したままのザナンビドゥを浄化するためには、広場のパイルドライバーまで運ぶことになる。
 ジャンゴは今回太陽コフィンを持ってきていたのだが、それで転移魔方陣というショートカットが出来るようになった。勧めてくれた棺桶屋の主人にこっそり感謝する。
 遺跡から出て、肆番街に入るとサバタとカーミラが待っていた。彼らには家を出る前に話をしておいたのだ。街の者達には絶対話すなという条件をつけて。
 サバタはジャンゴが引きずってきた棺桶を見て、事が終わったのを悟る。
「それが、今度の敵か」
「…たぶんね。でも、イモータルとはちょっと違うみたいだ」
 ここに来るまでザナンビドゥはずっと抵抗をしなかった。普通のイモータルなら浄化されるのを阻止するために頻繁に抵抗するのだが、棺桶を揺らすことすらなかった。
 ジャンゴはそこが一番引っかかったのだが、あえてサバタには言わないでおいた。まだ仮説も立てられないので不安がらせることもないだろう。面倒なのが一番の理由だが。
 空を見ると、日はまだ中天にも達していない。昨日より増えた雲が少し問題だったが、パイルドライバーをするだけなら大丈夫だろう。――相手が抵抗しなければ、だが。
「確かに、イモータルとは違う気がしますね」
 棺桶を叩きながら、カーミラがジャンゴの言葉に同意する。元イモータルだった彼女も、ザナンビドゥの違いを何となく悟ったようだ。
 サバタは二人の言葉に少し首を傾げていたが、ジャンゴの道を塞いでいたことに気づいてすぐに道を開ける。
 ジャンゴは軽く二人に手を振ってから、棺桶を広場まで運んでいった。

「太陽―――――――――――――――――!!」
 ジャンゴのフレーズで、パイルドライバーが起動する。同時に棺桶が開いて、ザナンビドゥの浄化が始まった。
 早速飛び出るエクトプラズム。やはり彼は、浄化から逃れようとなけなしの力を貯めていたのだろうか。ジャンゴは剣を握ったまま相手の動きを探る。
 が、そのエクトプラズムは飛び出ただけで、パイルドライバーに取り付こうとしない。ただふよふよとその場にとどまっていて、動くことすらしなかった。
 その間にも、増幅された太陽の光はザナンビドゥの体を浄化していく。イストラカンのイモータルとも違って、光が押し返されることもない。ジャンゴは興味心で、つい棺桶を覗き込んでしまった。
 ――棺桶の中には、ただ真っ白いものだけがあった。人の形をした、真っ白いもの。
「!?」
 ジャンゴの顔がさっと青くなる。浄化中のイモータルを見てしまうのはこれが初めてではない。だが、大抵は黒々としたモノが広がっているだけで、何もないのだ。
 だが、今回は全く違ったモノが中にいる。ジャンゴは改めて自分が戦ってきた相手はイモータルではない事を自覚してしまった。

 ――俺達はどちらかというとあんたに近い存在だからな!

 彼の声がジャンゴの頭の中でリフレインする。
 イモータルではないが、アンデッドに近い存在を使役し、襲わせるほどの力を持つ存在。太陽の光を弱点としないが、パイルドライバーで浄化される存在。
 確かに、似ている。自分とザナンビドゥ。……いや、彼の言葉を信じるなら、ザナンビドゥ以外にも自分と似ている存在がいるのだ。
 やがて、ザナンビドゥのエクトプラズムが少しずつ消えていく。中の体がどうなっているのかは確認したくないが、おそらくもう形を失っているだろう。

 ……パイルドライバーが停止した。

 浄化は完了した。
 ジャンゴは残された棺桶に近づく。実は、浄化後に何かしらの欠片を残して逝くイモータル(ヴァンパイア)は多い。それも残さず抹消するのも仕事の一つなのだ。
 今回は何かの力が発動したのか、棺桶が焼かれずに残っていた。最悪の場合、浄化されずに残っているかもしれないので、ジャンゴはまず剣で蓋を叩いた。
 大きな反応はない。少なくとも、蓋をひっくり返すなどの行動にはまだ出ないようだ。剣を構えたままのジャンゴの代わりに、具現化したおてんこさまが棺桶に近づく。
「あ!」
「大丈夫だ。太陽が出ている今、そうそう奴も動けまい」
 そう言って何回酷い目にあったんだよ…とジャンゴはつい体制を崩して心の中で突っ込んでしまう。
 当然おてんこさまにそのツッコミが聞こえる事はなく、呆れている中あっさりと棺桶の蓋を開いてしまった。ジャンゴが慌てて体制を整える中、“それ”は飛び出す。

 にゃーん

「え?」
 気楽で愛らしい声に、ジャンゴは再び体制を崩してしまった。
 棺桶からぴょーいと飛び出したのは、白い毛並みが美しい猫だった。少しだけ普通の猫より耳が大きいのが特徴か。
 猫は無邪気にジャンゴの胸に飛び込んだかと思うと、すりすりと頬を寄せてくる。なつかれるのは嬉しいが、出てきた場所もあって、ジャンゴは困惑してしまった。

「なるほど。純正のパイルドライバーを使えばこうなるのですね」

「「!?」」
 困惑の中で投げかけられた第三者の言葉に、ジャンゴとおてんこさまは緩めていた気を張りなおす。ジャンゴの腕の中にいる猫も、空気を察してか唸り声を上げた。
 毛を逆立てている猫の視線を追うと、黒ずくめの男が無防備にパイルドライバーの結界の外に立っている。気配も感じさせず、ただそこにいるのが当然のごとく。
 敵意は出していないものの、味方だとも思えない人物の出現に、ジャンゴは左腕で猫を抱き上げて剣を構えなおした。おてんこさまも警戒心を高めて男を見る。
 向けられた三つの目に、男は困ったようにわざとらしく方をすくめた。
「参りましたねぇ…。皆さん、そのように敵意を丸出しにされると、話しかけてくる人がいなくなりますよ?」
「ふざけるな! 貴様は何者だ。このサン・ミゲルを狙って何を企んでいる!?」
 喧嘩っ早いおてんこさまが早速男に噛み付いた。とは言え、おてんこさまの投げつけた質問はジャンゴも心の中で感じていた疑問だったので、何も言わないでおく。
 男はおてんこさまの投げつけた疑問を、服のしわを調えるという行為で軽く避ける。その視線は自分とその腕の中にいる猫にあると気づいた時、ジャンゴの顔は自然と険しくなった。
 間違いない。この男もザナンビドゥと係わり合いがある。それも、彼より上の存在。
 もしかして、彼が言っていた「主」とはこの男のことだろうが。だが、ザナンビドゥは自分の主を「お前によく似ている」と断言していた。ジャンゴが見るに、この男は自分に全然似ていない。
 むしろ、自分とは正反対の何かを感じる。イモータルとは微妙に違うが、それでもどす黒くて近づいてはいけない何かが……。
「……お前は誰だ?」
 ジャンゴが顔と同じくらいの険しい声でおてんこさまと同じ質問をする。今まで聞いた事のないジャンゴのどすの聞いた声におてんこさまは少し震えてしまうが、男は身じろぎ一つしない。
「私はヤプト。まあ彼――今はそれですけど――浄土王ザナンビドゥ君とは違い、クストースではありませんが、係わり合いがあるのは事実ですね」
 男――ヤプトの自己紹介に、ジャンゴとおてんこさまの警戒レベルが鰻上りになる。ヤプトの方は、それに満足したかのように一つうなずいてから、自己紹介を続ける。
「今回は遺跡の伝説の消去。ですからもうサン・ミゲルには用はありませんよ。豹を放ったのは、貴方の様子見でしたが、ザナンビドゥ君まで浄化するのは予想外でした」
 猫がヤプトの言葉に怒って、ふーっと唸る。ヤプトは視線を猫の方に移し、くすりと一つ笑った。

「もうご存知でしょうが、彼らクストースは貴方と同じ存在、亜生命種です。
 ……世界から外れた者、と言ったほうがいいでしょうかね?」

 その言葉を聞いた瞬間、ジャンゴの手から、剣が落ちた。

 相手は自分と同じ、世界から外れた者。
 人間の身でありながら、光と闇に巣食われてしまった者。

 ジャンゴは、自分と同じ境遇の者を、『殺して』しまったのだ。