Change Your Way・42「僕が僕である理由」

『ジャンゴ』が大きく発光する。
 あちらはあちらでリタの水晶化を止めようとしているらしい。ちょっと安心してジャンゴはヤプトと向き合った。
 ヤプトの方は剣を向けられても笑い続けている。自分は倒せない、という絶対の自信からなのだろうが、ジャンゴはその笑いにかまっている余裕はなかった。
 急がなければ、リタは『ジャンゴ』と同じ運命を辿ってしまう。それだけは止めなければいけなかった。
「ははは、歪んだ人形風情が運命を語り、それをひっくり返すと言うのか!? 人々が『望む』楽園を拒絶すると言うのか!?」
 確かに、それを選んだのは自分だ。だが、あちら側とこちら側は違う。『ジャンゴ』がジャンゴでない限り、『ジャンゴ』となる選択を選ばない限り、自分は自分だ。
 こっち側のジャンゴは、自分を犠牲にするハッピーエンドは望まない。
「運命も楽園も関係ない!! 僕はリタと一緒にサン・ミゲルに帰るだけだっ!!」
 久遠の楽園。ジャンゴにとってそれは兄が、ザジが、おてんこさまが、サン・ミゲルのみんなが、リタがいる場所。何かに代える事の出来ない大切な場所だ。
 今ならサン・ミゲルは故郷であり、帰る場所だとはっきり言える。生温い牢獄ではなく、穏やかで暖かいジャンゴを待ってくれる人たちがいる場所。
 ――自分は、そこで、リタと共に生きる!!

 びしッ!!

 ジャンゴの魔力の増加に、ソル・デ・バイスにひびが入った。それに構わず、ジャンゴはもう一回思いっきり剣を突き刺した。

「僕は太陽少年ジャンゴだぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 声も嗄れよとばかりに叫ぶと同時に、グラムの全身から凄まじい黄金の光が噴出し、爆発した。
 赤いマフラーが、ジャンゴ自身が放つ黄金の気に合わせて大きくたなびき、蝶の羽を形作る。『シヴァルバー』中心部で生まれた小型の太陽は、ヤプトの体を焼いた。
 ジャンゴの「奥の手の二枚目」にして、太陽仔の直属にしか伝えられていない秘伝中の秘伝――トリガー・オブ・ソル!
 光の一撃は浮上する『シヴァルバー』の床を大きくえぐり、崩壊速度を速めていく。洞窟内ということもあり、浮上するよりか早く崩れる方が先のように思えた。
 雨あられと降り注ぐ岩盤の中、いくつかのパーツは本来の役目を果たそうと浮上している。そのパーツに引き寄せられたのか、リタ本人は少しずつ何処かへと上がっていこうとしていく。
 水晶化の霧はもう全体を覆い、足元からゆっくりと水晶像へと変貌していた。本が本来の力を発揮すればいいが、リタの今の精神状態ではどんなことになるか解らない。
 真紅のマフラーを黄金の蝶の羽のように閃かせながら、ジャンゴは崩れる岩盤を足がかりにリタの元へ――自責と自虐、悲しみだけに覆い尽くされたリタの元へと舞い上がった。
 無論、それを見逃すヤプトではない。
「まだ足掻くかぁ!!」
 人の形の衣をかなぐり捨てた混沌そのものが、漆黒の蝶の羽を翻してジャンゴに迫る。毒蛇よりも鋭く、危険な牙を持った触手がロングブーツを捉えた。
 そのまま大きくしならせて、ジャンゴを大きく投げ飛ばす。マフラーが黄金の蝶のようになっていても、飛ぶことが出来ないジャンゴはそのまま落下するが。

 ふわり

 誰かに抱きとめられ、慌てて目を開ける。
 目の前にいたのは、ぼろぼろの六対の翼を持ったカルソナフォンだった。ダメージが酷い状態でジャンゴを支えているせいか、何度もよろけている。
「運命王!?」
「急げ……。『乙女』を……、リタを、助けろ!!」
 渾身の力を振り絞って、カルソナフォンがジャンゴを大きく空へと投げ飛ばした。
 何とか落とされる前までの位置まで戻ってきたジャンゴは、飛ばされた勢いで未だその場にいたヤプトを大きく袈裟懸けにした。
「ぬぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 いかに意思あるものの父とはいえ、実体を持つ以上斬られれば大きなダメージを受ける。羽を切り落とされたヤプトは飛翔する力を失い、そのまま落ちていった。
 掛け値なしに全力を使い果たしたカルソナフォンも同じように落ちていくが、彼女は途中で墜落から浮遊へと変わった。
 驚いたカルソナフォンが下を見てみると、『ジャンゴ』が微笑んでいるような気がした。

 ――お疲れ様。本当に、よく頑張ったね。

 優しい『ジャンゴ』の声に、彼女の双眸から悔し涙が出てくる。結局自分は何も出来なかった。
 彼の願いである、リタを助け、この世界をあちら側の二の舞にさせないこと…それを叶えられなかった。
 自分は、結局、リタの代わりにはなれなかった――。
 次々とこぼれていく悔し涙を拭きもせず、カルソナフォンはジャンゴが行った先をただ見ていた。体を動かす事はできないはずなのに、『ジャンゴ』もそっちを向いた気がする。

 ――僕は代わりなんて求めてなかったよ。君が一生懸命頑張ってくれるのを見て、僕も少しだけ前向きだった自分を思い出せた。それは、他でもない君だけが出来たことだよ。

「でも、我輩は……私は!」

 ――誰も誰かの代わりになんてなれない。……ねえ、もし僕とリタが君やクストースと出会っていたら、きっと本当の子のようにかわいがったと思う。
    それだけ、僕らにとって君やクストースたちは大切な子なんだよ。今までも、そしてこれからも。

『ジャンゴ』の言葉に、カルソナフォンはクストースの主や裏太陽仔としての自分ではなく、カルソナフォンという一人の少女として泣き出した。
(そうか、私はこう言われたかっただけだったんだ――)
 闇の力を持って生まれたが故に、太陽仔の一族から疎まれ、飾りだけの「裏」の言葉を貰い、優しくもない世界を生きてきた。その彼女が一番求めていたのは、ただ思い愛されること――。
 そんな彼女を優しいまなざしでいたわりながら、『ジャンゴ』は最後の仕事として全神経を集中させる。例えどのような結末になったとしても、こちら側の自分なら乗り越えていける。そう信じていた。
 何せ相手はもう一人の自分なのだから、これほど信じやすい相手はいない。
 もはや部屋の形を止めていない『シヴァルバー』内部で、穏やかな光が広がった。光は内部だけではなく、辺り一体まで広がっていく。
 それは人をいたわり、人を癒す、人が生まれつき持っている優しさそのものを震わせる輝きだった。

 リタを覆っていた霧はもう水晶塊へと変貌していた。これが完全に人の形になってしまえば、もうリタを解放する事はできない。
『シヴァルバー』の残骸と、本来の洞窟の岩盤を大きく蹴りつけ、ようやくジャンゴはリタの近くまでたどり着く。
 水晶塊を砕こうと剣を大きく振りかぶろうとするが。
『コ、ナ、イ、デ!』
 悲痛な叫びと共に、本が二人の間に割って入ってジャンゴを弾く。また真っ逆様に落ちるかと思いきや、見えない何かがジャンゴをこの場にとどまらせた。
 弾いたのも本の力ならば、救ったのも本の力だというのか。拒絶も受け入れも、人の善なる心が生み出している力なのかもしれない。
 ふと、ジャンゴは大分前――ああ、もう遠い昔のことのようだ――に、夢うつつの中でぽつりと呟いてしまった言葉を思い出す。

『僕を離さないで』

 あの言葉が、リタをあそこまで苦しめていたとしたら。
 彼女が自分を拒絶する心と自分を救いたいと思う心のアンビバレンツが生み出した水晶塊が、ジャンゴを頑なに拒むのも解る。本がリタの心を増幅してしまったのだろう。
 意思あるものの父――リタの場合は母か――になるということは、それだけの心の強さと強靭な自我が必要になる。
 彼女をここまで強くさせたのがジャンゴなら、彼女をここまで弱くさせたのもジャンゴなのだ。
(僕は……そこまで強くなってほしくなかった)
 つまらない意地の張り合いから気づいた自分の気持ち。それを守ろうとしたが故に、時に狂いそうになったこともあった。頑なだからこそ純粋な気持ち。――愛情。
 与える事を知っていてもどうすればいいのか分からずに、ただがむしゃらにその体だけを求めたこともあった。それら全てが、リタをずっと苦しめていたとしたなら、自分は何をすればいいのだろうか。
 無力さを認められずに何度も剣で不可視のフィールドを砕こうとするジャンゴに、かすかな響きが届いた。

 ――過去は変えられない……。だけど、これで未来が決まったわけじゃない……!

「……『ジャンゴ』……?」
 幾度となく自分を導いてくれたあちら側の自分の声を、聞いた気がした。轟音が凄まじく、空耳と誤解できそうなくらいのかすかなものだったが、ジャンゴは確かに自分のものだと悟る。

 ――くじけてる暇なんてないんだ。君なら、僕が出来なかったことをやってくれる。
    明日もまた、日は昇る……!

 思わず下を見てしまうが、もうかなり高い所まで上っていて、『ジャンゴ』たちの様子は全然見れない。だが、もう一度グラムを握るジャンゴの眼には、確かな光が戻っていた。
 愛する少女を助けられなかった『ジャンゴ』。世界に希望を見つけることが出来なかった『ジャンゴ』。最初ジャンゴがあの像を見た時、まず思ったのが「可哀想」だった。
 普通の人から見れば世界を支えているように見える姿だが、ジャンゴにとってそれはいない少女の手を求めている姿のように見えたのだ。
 今ここでリタを助けること。それがあちら側の『ジャンゴ』にとって最大の餞になるのではないだろうか。
 ヒビの入ったソル・デ・バイスがカタカタと鳴り出す。おそらくあと一撃で、グラムもソル・デ・バイスも限界を超えるだろう。これで決めるしかない。
 例え砕いたとしても、頑なに閉ざされたリタの心を開かなければ、本がまたリタを守り、ジャンゴを拒絶してしまう。リタがここから出たいと思わせる何か。それが必要だった。
 そこまで考えて、ジャンゴはふっと笑った。リタの目の前で一度も言っていない言葉。一番大切だが、先延ばしにし続けていた言葉を今言えばいいだけの話だ。
 攻撃力を増すために大きくジャンプ。マフラーが形作る黄金の蝶の羽が今まで以上に光り輝いた。
「リタぁぁぁっ!! 戻ってこぉぉいっ!!」
 ありったけの声で叫び、落下速度をプラスして自分とリタを遮る壁に向って今日二回目のトリガー・オブ・ソルを叩きつける。
 今度こそ、彼女に届けと願いながら。

「僕は君のことが好きなんだぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 全き剣と不可視の壁がぶつかり合い、ジャンゴ自身の黄金の輝きと、リタを取り巻く水晶の輝きが激しく交錯する。
 次の瞬間、ガラスが割れる音と共に不可視の壁が二つに割れる。そして、ソル・デ・バイスは木っ端微塵に吹っ飛び、グラムは根元から折れた。
 長い間死線を共に潜り抜けてきた二つの相棒を失っても、ジャンゴは躊躇しない。割れた壁をかき分け、ジャンゴは飛び込んだ。