「運命王さま」
誰かに呼ばれたと思って振り返ってみると、ミホトが武器を携えてそこにいた。
怪我は完全に癒えたのか、見た目は太陽少年に襲撃を仕掛ける前とほぼ変わらなかった。唯一変わったところといえば、その眼に宿る感情だろう。
今の彼女は弟を『連れさらい』、自分を追い詰めた太陽少年への復讐心に満ちていた。弟を取り戻すのが第一の目的だろうが、その前に彼の命を奪わなければ納得行かない。そんな感情だった。
そんな彼女を見て内心深くため息をついてから、運命王はきびすを返して表に繋がる道へと向う。その後を、ミホトがついて行った。
「ついて来るか?」
「もちろんです。話は混沌王さまから聞きました」
「そうか」
彼のことだ。相当脚色だらけの話をしたことだろう。そして彼女はそれを鵜呑みにして信じ込んでいる。
(奴の思惑通りというわけか……)
舌打ちしそうになるのを何とか堪え、運命王はぼそりと呟いた。
「あくまで足止めが最優先だ」
ジャンゴは「あること」に気づいて――『思い出して』から、一切理性の宝珠を出さなくなった。事情を知らないユキは最初何回も聞いてきたが、話をはぐらかしたりして理由は話さなかった。
冷たいとか思われても仕方ないだろう。だが、こればかりは誰かに話すわけには行かない。特に何の関係もないはずのユキには絶対に話せない事だ。
事はどんどん大きくなっているが、同時にどんどんそれに関わる人物は少なく深くなって行く。もう簡単な決意で首を突っ込んでもらっては困るほどになっているのだ。
(どこかでユキは預かってもらわないと…)
ミホトのこともあるので、一般人には任せられない。『シヴァルバー』へは自分一人で行くつもりなので、ジャンゴはザジに任せようと思った。
ザジにはセイがついているので、もう『シヴァルバー』近くまで来ているはずだ。ユキたちには適当な言い訳をして、近くの街で待って貰おう。
(後でしこたま怒られるだろうけど)
運命王たちクストースの筋書きをひっくり返すのは、自分しか出来ないことだ。まだ全部は『思い出せない』が、全ての責任は自分にある事ぐらいは『思い出して』いた。
今の状況と『あの時』の状況。相違点はいくつもあるが、根本的なところはまだひっくり返せていない。何とかしなければ、相違点を強引に修正され、結果は同じになってしまう。
(最後のクストースが出る前が、勝負時だ)
ザジの星読みであった「四つなる守護者」がクストースなら、ザナンビドゥを倒したので後三人。残りがどうなっているかは解らないが、少なくとも一人は数が減っているはず。
クストース全員を倒さなければ『シヴァルバー』への扉が開かれない、というわけではない。最低一つでも宝珠があれば扉を開くことが出来るはずだ。
「ジャンゴさん…」
ユキが後ろから話しかけてきた。声色がいつもとはちょっと違うので不思議がって後ろを向くと、彼は何かに脅えている顔をしている。
この顔は、少し前に見たことがある。ユキの姉であるミホトが襲撃を仕掛けてくる前に、少しだけ見せた顔だ。という事は、ミホトが近くに来ているということなのだろうか。
腕の傷にそっと触れると、痛みはなかった。だが古傷として残っているそこは、何をきっかけにして痛み出すかはわからない。ハンデ戦になりそうだった。
ジャンゴはふうと息をついて、ガン・デル・ソルを抜く。空を見上げると雲が空の半分以上を覆っていて、とても太陽チャージは期待できそうになかった。
もしかしたら、雨が降るかもしれない。
攻撃は、予想以上に早く来た。森を抜けてからすぐに、あの生霊が跳んできたのだ。
「くっ!!」
視界が晴れたと思った瞬間に飛んで来た鎌に、ジャンゴとユキは慌てて伏せる。
攻撃相手を見失った鎌は代わりに木々を薙ぎ倒し、まっすぐにジャンゴたちを狙う。エネルギーがもったいないとわかっているが、ジャンゴはガン・デル・ソルで木を吹っ飛ばした。
攻撃はそれで終わりではなかった。土を踏む音がかすかに聞こえたかと思うと、恐ろしい早さで「舞比滅」ミホトシロノが突っ込んでくる。剣を抜く間もなく、鎌がジャンゴの首を狙う。
ガン・デル・ソルを身代わりとして、ジャンゴは一撃を避ける。フレームとバッテリーの部分がばらけ、がらんとその場に落ちた。
拾いに行こうと思ったが、けん制されて一歩が踏み出せなくなってしまう。どうやら剣一つで彼女と渡り合わなければならないようだ。
ざ、と地を踏みしめて一撃を撃とうとした瞬間。
しゃりん
涼しげな鈴の音が鳴った。
「! 後ろっ!?」
慌てて振り向いて剣をかざすと、重い一撃がジャンゴを襲った。
「よく気づいた」
いつの間にか、ジャンゴたちの背後にはあの運命王がいた。あの銀の杖でジャンゴと渡り合っている。不意打ちに近い攻撃で腕がしびれたが、ジャンゴは何とか彼女を押し返した。
運命王はたたらを踏むが、今度はミホトが彼の首を狙って八束刃を飛ばしてくる。軌道を見切って、ふらふらながらもそれらを避けた。
ジャンゴはユキをかばいながら運命王とミホトの攻撃を全てかわすが、とても攻撃には手が回らなくなってしまう。仕掛けられたとしても、大抵避けられていた。
二対一、しかも古傷がいつ再発するかわからないというハンデ戦。ジャンゴの圧倒的不利はそうそう簡単に覆りそうになかった。
むしろ、一方的に追い詰められないジャンゴの腕がいいのだ。イストラカン攻略や、エターナル事件、他さまざまな事件がジャンゴを強くしていた。そして今も。
「早いッ!!」
戦いながらも、運命王はジャンゴの腕と飲み込みの早さに舌を巻く。そんなに戦っていないはずなのに、ジャンゴは彼女の戦い方の癖や弱点をある程度見極めてきたのだ。
「噛まれたら即終わりのヴァンパイアとは、違うからね……」
杖の一撃をいなして、剣で突く。詰め寄ってきたミホトの気配を後ろで感じ、追い討ちはかけずに素直に足を引いた。
(だけど、そう長くは持たないな……)
剣を振りながら、ジャンゴは弱音を吐きそうになってしまった。
人をかばいながらの戦いは予想以上に神経を使い、精神を削って行く。しかも相手が自分以上の力量の持ち主だと、一瞬の油断が命取りとなる。
現にジャンゴはもう何回も攻撃を食らっているのだ。古傷の問題よりも、新しい傷の問題の方が大きくなってきた。
「もらったぁ!!」
ミホトの必殺技である布瑠之言がジャンゴを狙う。霊力の篭った鎌がジャンゴの喉笛を裂こうとするが、間一髪でかわすことに成功した。
同士討ちを少しだけ期待するが、運命王はミホトの攻撃の範囲外だった。同士討ちを避けるために一歩引いていたのだろう。
逃げ遅れた髪とマフラーの切れ端が舞い散る中、剣で薙いで鎌を弾き飛ばそうとするが、その手は運命王のマントに押さえられた。
「そうそう好きにはさせぬよ!」
「コイツ!」
剣を左手に持ち替えて、不器用ながらもマントを斬る。当然、その時ジャンゴに隙が出来た。
戦闘範囲から一人はじき出されたユキは、ジャンゴの戦いを見ていた。
素人の自分から見ても解る。この戦いは、圧倒的にジャンゴが不利だ。だが、一歩踏み出そうとすると気配を察したのか姉がこっちを見るのだ。
――心配しないで。すぐに終わらせてあげる。
視線はそう語っていた。自分の視線には気づかずに、姉はただただ自分の意思をこっちに向ってぶつけてきている。それが怖かった。
何も解っていない姉は、ただただ『自分をさらった』ジャンゴに憎しみをぶつけている。そしてジャンゴを殺した後は、彼の血が流れている手を差し伸べてくるのだ。
ユキの世界には、自分を受け入れて助けてくれたジャンゴやその仲間達がいる。だがミホトの世界にはユキしかいない虚ろな世界だった。
いつも自分をかばってくれた姉には、自分しかいない。父も母も、もう彼女の目にはないのかもしれない。
(父さんも母さんも、村の人たちももう忘れたの?)
自分を「見ていない」姉に向って問いかける。
「死んでいけぇぇ!!」
「ぐぅぅっ!!」
二度目の布瑠之言がジャンゴに決まり、彼は大きく吹っ飛んでいた。
「ジャンゴさん!」
慌てて駆け寄ろうとするが、姉の顔にその足を止められた。
ミホトは、笑顔だった。
相手を殺す喜びと、最愛の弟を取り戻せる喜び。それが混じって、姉を笑顔にさせていた。
端にいる運命王は、無表情で倒れたジャンゴを見ている。杖を下ろしている辺り、止めはミホトに任せるつもりらしい。
立ち上がろうとするジャンゴに、ミホトが鎌を突きつける。
「止めよ」
ぎらりと鎌が輝く。
――その時、ユキには全ての動きが遅く見えた。
ジャンゴの喉笛めがけて鎌が振り下ろされる。剣を手放してしまった今、ジャンゴを守るものは何もない。
「っ!」
せめて痛みから逃げ出そうと、ジャンゴは目を固く閉じた。
風を斬る音。
――そして、何かによってそれが止められた音。
「……?」
恐る恐る目を開けると、いつの間にか自分とミホトの間に誰かが立っていた。長い棒のようなものとマントのようなもので一瞬運命王かと思ったが、その彼女はミホトの向こうで目を丸くしている。
自分より小さな子がその身長と同じくらいの大きなハンマーで、ミホトの鎌を防いでいた。
「「ユキ!?」」
ジャンゴとミホトの声が唱和する。特にミホトはユキが自分に抵抗するとは思っていなかったらしく、その顔を驚愕一色に染めていた。
ユキは今までに見たことのない厳しい顔で、自分の姉であるミホトに向って叫んだ。
「僕が相手だ!!」