方法は何もない
俺の信念に対して真実を知らせてくれ
この混乱状態は
現実なのか想像なのか
俺は気が狂ったか
「都合のいい世界で、貴方は永遠に眠り続ける気なのね」
そういい残して、フリウは消えた。正直、サバタは彼女が何しに来たのかいまいち分からなかったが、それでも謎をひとつ提供されたので自暴自棄にならずには済んだ。
都合のいい世界。
サバタの脳裏でその言葉が大きなささくれを作っていた。
自分にとって都合のいいこととはなんだろうか。カーミラが復活することか、それとも今の自分から逃げ出せることか。……それとも、自分を作り出せることか。
(……作り出す? 自分を?)
思考はそこで止まる。
確かに暗黒少年としてヘル――ダークの手駒として動いていた頃は、自分を人形と思い込み、全ての感情を封印していた。人形だった自分を変えたのがカーミラだった。
そのカーミラを喪い、自分はもう人形に戻ることが出来なくなった。代わりに、自分は月下美人とジャンゴの兄になった。
作ったものではない。自分がなったものだ。それなのに、何を作る必要がある? 今更何を演じる必要がある?
気がついた時は朝だった。
引っかかる疑問を胸の奥に収め、サバタは先を行くことにした。変化がなければ、永久凍土と火吹山にガルムとムスペルがいる。『ジャンゴ』はそれを利用するはずだ。
自分の過去では火吹山が最初だった。こっちもそうなるかは分からないが、サバタは自分のカンと過去を信じてみることにした。
――サバタの後ろを、色素の抜けた茶髪の少年が追っていった。
火吹山の前で、『サバタ』の後姿を見つける。永久凍土に行った後なのかは分からないが、一応ここで捕まえられたのはいい傾向だ。
彼がここにいるという事は、『ジャンゴ』も必ず来る。彼自身の目的は何であれ、当時のヘルの目的は4大元素の力を以て暗黒城を浮かせることだからだ。
『サバタ』の後ろにいるおてんこさまに気づき、サバタは気配を殺して彼らに近づく。『サバタ』は自分の姿が見えないだろうが、おてんこさまは見える可能性があるからだ。
火吹山の洞窟に入っていくのを確認してから、サバタは別の所で開けている入り口から中に入っていった。
「全ては筋書き通り…とでも言いたいのか?」
「さあ? でも彼の望んだ通りでしょう?」
「仮面を二つもつけて歩いているあの少年の望みなど、誰にも分からないだろう?」
「でしょうね。何せ本人も分かっていないでしょうから」
「だからこそ、付け入る隙があるのかも知れないな」
「付け入りすぎても問題が大きくなりますけどね」
トラップなどをあっさりかわし、サバタはムスペルが眠っている場所にたどり着いた。
精霊体の今ならよく分かる。ここにはムスペルの残留思念が存在している。いまだ闇に犯されていない、闇に犯されるのを良しとしていない思念が。
眠りを妨げられるどころか、闇に犯された古の精霊。彼らもサバタにとっては罪の結晶の一つだ。できることなら、彼らも救いたかった。この静かなる地で、永遠に眠らせたままでいさせたかった。
自分のしたことが何一つ救いにもならず、結果的にいくつもの報われない犠牲を生み出した。
(最悪だな、俺は)
今更ながらサバタは自分のやってきたことの罪深さを自覚する。
(……今更?)
違う。
自分は気づいていなかった。
罪の深さを自分の目的で隠し、罪の重さを自分の意思でごまかしていた。今までやって来た事を悪いと思いながら、今までやって来た事に対して“何も感じなかった”。
罪から逃げ、その重さを誰かに押し付ける形でないと、自分は生きていけなかった。例え誰が側にいたとしても。
――都合のいい世界で貴方は眠り続けるつもりなのね……
ああ、確かに言われてみればそうかもしれない。
この世界は、自分の過去と夢から成っている。ここで過去を歪めればサバタは一生外に出られない。逆に言えば過去を歪めれば、一生外に出なくてもいいのだ。
過去を歪める方法は簡単だ。カーミラを生かせばいい。そうすれば自分はまたカーミラと共に過ごせる。彼女がいない現実を見なくて済む……。
『それはヤバイだろ』
「!?」
聞き覚えのある声に、サバタは顔を上げた。
「や、久しぶりだな」
ムスペルの上にちょこんと腰をかけて、軽く手を上げるその人物は。
「…セイか……?」
「ああ。精神世界だから、人間の形でいることが出来るんだ。……入るのに、かなり苦労したけどな」
色素の抜けた茶髪を縛らずに流し、シンプルなキルティングジャケットの上に銀製のクィラス。数週間前はザジの隣にいた少年。
今は杖としてザジの隣にいる少年。
どうやら自分がこの世界にいる間、現実の世界では時間がかなり流れているようだ。向こうではどの位の時間が立っているのかが少し気になったが、今の問題はそれではない。
「何故、ここに来た」
「言わなくても分かるだろ。ザジが俺に頼んだのさ。お前を助けてやってくれって」
サバタの問いに、セイは肩をひょいっとすくめた。が、「それに」と付け加える時、その目にあったのは飄々としたものではなかった。
危機感が、そこにあった。
「俺から見ても、今のお前はヤバイ。ジャンゴ以上にお前は光と闇の間をえっちらおっちらと行き来してるんだ」
「……?」
セイの言いたいことがよく分からず、眉をひそめるサバタ。自分が光と闇の間を? 有り得ない。自分はもう闇に犯されているのだから。
半ヴァンパイアとして、太陽と暗黒の力をアンバランスに持っているジャンゴなら話は分かる。だが、自分はもうすでに太陽の力はない。全てを受け持つ月の力と闇があるだけ。
だが、精霊であるセイにはそういう風には見えないらしい。人間とは違う感性が、サバタの違いを見極めさせたのだろうか。
(スキファとフリウも、その違いを知っていたのか?)
ふとあの双子の事を思い出す。彼女達は確か“夢子”と言う名の亜生命種――世界から外れてしまった者――だ。
セイの感じた不安を彼女達も感じていたのかもしれない。だからこうして夢の中に閉じ込めて、自分を押さえようと考えたのだろうか。
「サバタ、あんたは自分で自分の恐ろしさを全然自覚してない。自分で一回仮面を作り、その上にもう一つ仮面(ペルソナ)を生み出しているから、自分が分からなくなってる。
この夢の世界の微妙な食い違いも、それが原因だ」
「仮面とペルソナ?」
「そうさ。ジャンゴは自分を塞ぐことで自我を保ってるけど、あんたは自我を『偽造』することで自我を保ってる。だから凄く不安定なんだ。
正直、あんたの中にある魂がよく形を保っていられるなと思うくらいにな」
サバタの眉がピクリと動く。
やはり精霊である彼は、自分の中にあるカーミラの存在に気づいていたようだ。最初人間として会った時、彼がカーミラの事を言ったのはその事からだろうか。
それにしても、セイがここまで人の心に関しての洞察力が鋭いとは思わなかった。欲にまみれた人間達から身を守るために自然と鋭くなったのかもしれない。
ふと、サバタはザジの事も思い出した。彼女は星読みの力か、洞察力が同年代の子よりも鋭い。彼女の場合、内心を見られたとしても別にどうとでもないのだが…。
「おっと、もう時間だ」
気づけば、セイの輪郭がうっすらと消えている。どうやらこの世界にいられるタイムリミットが近づいているらしい。
セイは気楽に手を振って、サバタに別れを告げた。
「じゃあな、サバタ。また来れるかどうかは分からないが、あんたがここから出たいと思うなら力は貸せる。覚えといてくれよ」
「……努力しよう」
その言葉にくすっと笑いながらセイは消えた。
――そして、別の気配を感じた。
「!?」
慌てて気配の方を向くと、遠目ではあるが『サバタ』を確認できた。パズルを解いたりすることで、中心部に近づいているようだ。
今自分がいる場所は溶岩の中にある浮島なので『サバタ』はここには来れないが、それでも鉢合わせにはどきりとする。その場を離れようかと思ったが、思いとどまってここに残る。
しばらく待っていれば『サバタ』に会える。霧の城の前ですれ違って以来、自分は『サバタ』と会っていない。身近で見たのも一瞬だったので、ここで彼を確認しようと思ったのだ。
おてんこさまが自分に気づかないかは賭けだが、それを恐れていたらいつまでたってもこのままだ。サバタはあえて賭けに乗った。
待つことしばし。浮島がいきなり上昇した。
「おっと」
どうやら『サバタ』が上昇スイッチを入れたようだ。と言う事は、道さえ間違わなければ『サバタ』はもうすぐ来る。
「……? …を見ろ!」
「…え?」
来た。
おてんこさまに連れられる形で、『サバタ』は隠れているサバタの横を通り過ぎてムスペルの近くまで走る。どうやらおてんこさまはサバタには気づいていないようだ。
「…古の精霊だ。と言う事は……」
「古の精霊?」
おてんこさまの言葉に『サバタ』が反応した。聞かれるのは想像していなかったのか、おてんこさまが慌ててムスペルたちの一族の話をかいつまんでした。
サバタも初めて聞くその話に、つい耳を傾けてしまう。もともと火山に住んでいたのではなく、自分のエネルギーを貯めるためだとかの説明に、なるほどと納得した。
全ての説明が終わった後、『サバタ』はぼそりと呟く。
「可哀想に……」
その一言に、サバタは雷で打たれたかのように固まってしまった。
その言葉を聞くとは思わなかったから。
その感情を見るとは思わなかったから。