始まったときの自分を取り戻すために
一つずつ乗り越えていく
バラバラになってしまう前に
双子の名前は姉がスキファ、妹の名前がフリウ。お互い略称で呼び合っているようだ。
最初はサバタを怖がっていた二人だが、上手く聞き上手に徹していると少しずつ心を開いていき、色々と話し始めてくれた。自分たちの境遇や、今夜見る予定のサーカスなど。
サバタがうっすらと想像したとおり、この二人は孤児だった。生まれてすぐに教会に拾われ、親の顔を知らない彼女達は互いを大事に思いやりながら生きてきた。
サーカスの話は、同じ孤児たちから聞かされたようだ。どうやら一つの都市伝説として、子供たちの間では良く知られる噂のようである。
「サバタちゃ~ん、こっちこっち~!」
「置いてくよ~!」
その呼ばれ方にスミレを思い出しながらも、サバタはペースを上げてはしゃぐ二人に追いつく。
――お父さん早く~!
――追いてっちゃうよ~!
幼い自分たちの幻も、その後を追って行った。
彼女達が向かう先は、過去に自分たちが行った場所とは正反対の方向だった。
「こっち側でいいのか?」
サバタがそう聞くと、二人は確信している顔でうなずいた。時が過ぎて、見れる場所も変わったというのだろうか。
「あー、信じてないんだ~!」
質問が疑いに聞こえたらしく、スゥ――スキファがぶーっと頬を膨らませる。妹のフゥ――フリウはただ疑いのまなざしを向けるだけなあたり、どうやら性格は正反対のようだ。
色こそ同じだが、そこに秘められた感情が全く違うまなざしを向けられ、サバタはつい肩を竦めてしまった。別にそういう意味で言ったわけではないのだが。
……ただ、昔とは向かっている方向が逆のため、完全に信じているわけでもなかったりするが。
二人が歩く姿が、昔の自分の姿と重なる。
永遠の若さに閉じ込められたカーミラと、一つずつ成長していく自分。
いつか必ず手を引かれる立場が手を引く立場になり、また手を引かれる立場に戻るときが来る。そう思っていた昔の自分。
だが、その手があっさりと離されるとは誰が思っただろうか。
(思っていたか。俺以外は全員)
永遠なんてものはない。サバタは皮肉にも、それを『永遠の』別れで知る羽目になってしまった。
だからずっと無謀な願いをかなえるために、こうして四苦八苦している。叶う可能性が極めて低い、無謀な願いをかなえるために。
過去に見たものを一つずつ探り、一つずつ理解していく。それがただの自分の懺悔と償いの旅であろうとも、サバタはせずにいられなかった。
永遠の後悔にさいなまれて。終わらない罪の意識に駆り立てられて。
知らず知らずのうちに、サバタは自分の胸に手を当てていた。魂がそこにあるのかは分からない。だが確かにそこに“何か”があるのはよく分かった。
それは自分の魂なのか、それとも愛する少女の魂なのか。
分からない。
人の意思はどこから来るのか。それは未だに宗教家や哲学者の世界である。どのような魔法でも科学でも、魂と言うものを正確に理解する事はできない。
もし分かることができたなら、ここまで苦労せずに済んだのか。それも分からない。
(ただ分かるのは、あいつの魂が俺の元にいることと、それから……)
「サバタちゃん?」
唐突なフゥの一声で、サバタの思考は断ち切られた。
現実に戻って周りを見ると、スゥは大分遠くまで行っている。どうやら考え事をしている間、足が遅くなって二人から離れていたのだろう。
それにしても姉に比べて気弱そうなフリウがここまで来て、自分に話しかけるとは。どうやら彼女にも、少しは勇気があるようだ。
安心させるように軽く首を振って、サバタはフリウと共に待っていたスキファの元へと走る。
「何やってるのよ~!」
またぶーっと頬を膨らませるスキファ。ただその顔に少しだけ怯えの色が混じっていたのは、一人で待っていたのが怖かったからだろう。
フリウがそんなスキファを安心させるように手を繋ぐ。こうして見ると姉妹の立場は姉が上と言うわけではなさそうだ。そんな所も自分とジャンゴを髣髴とさせる。
そっくりでは有るが、どこか違うスキファとフリウ。
全然似てないが、どこかそっくりな自分とジャンゴ。
全く正反対のはずの双子だが、それでも一つ一つの行動に自分たちの姿を見せられる気がした。
夜はどんどん更けていく。時間が経つにつれ、世界は色と音を失っていく。
そんな中、ジャンゴは帰らぬ兄に少しだけ不安を感じていた。
「兄さん、今日は帰ってこないのかな……」
日帰りとは聞いてなかったが、いつまで帰ってこないのかも聞いてなかった。聞かなかったのは自分のミスだが、ジャンゴはそこまで考えずにただ不安を感じていた。
ふと、窓の外から空を見上げる。今日は満月でも新月でもなく、細い三日月が空にあるだけだ。欠け具合から見るに、これからどんどん満月に近くなるのだろう。
向き具合からだと、もう深夜だ。普通なら、ジャンゴもサバタも戸締りをしっかりして眠っている時間である。
しかし、今はサバタが帰ってきていない。戸締りをした後に帰ってきたら、兄を追い出しているようで悪すぎる。こんな遅い時間に帰ってくるとは考えにくいが……。
「…仕方ないか」
ジャンゴは戸締りをして寝ることに決めた。家から追い出す形になるかも知れないが、兄なら何とかして家に入ってくるだろう。一応テーブルに書置きを残しておけば、納得してくれるはず。
そう思ったジャンゴはあくびをかみ殺しながら、戸締りをしにいった。
――いいの? 本当に。
――うん。仕方ないよ。
――でも、この人悪い人じゃないよ? それなのに…。
――……それはね、私達がもう悪い人だからだよ。
――お姉ちゃん……
――大丈夫。大丈夫よ。
何があってもあなたは私が守るから。
アノコハワタシガ
アイツハオレガ
――守らなくちゃいけない
「……ん?」
気がつくと、サバタは見知らぬ場所で横になっていた。昼寝から目覚めるように起き上がって、頭を振る。しかし、脳の混乱はそれでも収まらない。
瞬きを繰り返しながら、空を見ることでその混乱の意味を悟った。
青空が広がり、日が照っている。つまり、今は夜ではない。
「昼!? そんなバカな」
あまりの意味不明ぶりに、自分で口に出してしまう。
自分はさっきまで夜の道なき道を歩いていたはずだった。その間、ほんの一瞬だけ意識を失った。それだけで時間が過ぎ、自分がいた場所も大きく変わっている。
と、そこまで考えて、サバタはもう一つあることに気がついた。
「スキファ!? フリウ!?」
あの双子がどこにもいない。自分の前を歩いていたはずの青い少女達は、煙のように消えてしまったのだ。
以前のサバタならさっさと見捨てる所だが、今はどうもあの双子が気になってしまう。探しに行こうと立ち上がると、視界を一つの影が横切った。
「!?」
その影を見た瞬間、サバタの目が大きく見開かれた。
赤いマフラー、腰にすえたガン・デル・ソル。頭半分を覆うバイザーを兼ねたバンダナ。
……少年の顔は、サバタ。
「…太陽少年……」
赤いマフラーをつけた自分の後姿を見て、サバタはその言葉を漏らす。走っているせいか太陽少年の『サバタ』はサバタの言葉に反応せずに、そのまま何処かへ走り去ってしまった。
ついつられてサバタも彼の後を追う。その時、彼の頭の中からスキファとフリウの事がきれいさっぱり消えていた。
……ついでにここは一体どういうところなのかを調べることすらも。
「首尾はどうですかな?」
「成功だ。彼女達の力は、確かに使えるものではあるな」
「まあ、貴方が『気にかかる』と言ったぐらいですからねぇ。……しかし、こっちに引き入れられないのは残念でした」
「元々彼女達はこちら側よりも、あの邪なるモノ達の方に近い。仕方あるまい」
「つくづく、ここも暗い影が多い」
「あの杖も『本』に気に入られたしな。まあ、彼と彼女ならどうなるか、ここはしばらく見てみようではないか……」