PARTS・10

 雨の中、ジャンゴがサン・ミゲルを走り回る。
 一ヶ月前はレインコートを忘れたために風邪を引いた事もあり、今回はちゃんと防水機能がしっかりしているマントを羽織り、傘を差していた。

 ――リタは、まだ帰ってきていなかった。

 最近出没するヴァンパイアもあり、ジャンゴは心配でいても立ってもいられなくなったのだ。
 果物屋にも宿屋にも太陽樹のふもとにも彼女はいなかった。心当たりを全て探してもいなかった。
「一体どこに行っちゃったんだよ……」
 不安がどんどん膨れ上がる。
 わきあがりそうな最悪のイメージを振り払い、ジャンゴは一度家に戻ることにした。

 リタが行方不明になったという話は、サバタはジャンゴから聞いていた。
 彼女が行方不明になった理由は、大方の予想は付いていた。ジャンゴもおてんこさまからそれを聞いていたらしく、そのうろたえぶりは尋常ではなかった。
「どうしよう、神殿のほうに行ったほうがいいのかな!?」
 不安で不安で仕方ない、という顔のジャンゴをサバタは初めて見た。おてんこさま曰く、リタ絡みになると結構こういう顔をするらしいが。
「落ち着け。お前、彼女の両親の家とかは当たったのか?」
「場所知らないんだけど……」
 困った顔のジャンゴ。サバタもさすがにそこまでは知らない。最悪の場合、一軒の家を求めてサン・ミゲル内を走り回ることになるだろう。
 途方にくれていると、突然ジャンゴの頭に彼女が行きそうな場所が浮かんだ。場所的にも、一日で着ける場所だ。

(僕ならおそらく……)

「どうした?」
 急に真剣な顔になったジャンゴに、サバタが声をかける。ジャンゴはそれに答えずに急いで荷物をまとめ始めた。
「兄さん、ちょっと行ってくる!」
「どこへだ!?」
 もうサン・ミゲルで行きそうな場所はあらかた探しつくしたはず。となると、残りはサン・ミゲルの外ぐらいしかない。――膨大なサン・ミゲルの外に。
 だがジャンゴは心当たりがあるらしい。様子からして神殿などではなさそうだ。そう思い、サバタはジャンゴに全てを任せることにした。
「たぶん明日には帰ってくるから」
「たぶんじゃ駄目だ」
 ジャンゴの言葉をサバタは否定した。

「必ず帰って来い。彼女を連れてな」

 走っている途中、ジャンゴは雨が小降りになっていることに気がついた。早ければ今夜にはやむだろう。
(風邪引いてなければいいけど)
 リタが傘を持っていないことを考え、傘は二つ持ってきている。余計なことだが、換えの服も二人分持ってきた。
 ぬかるんだ大地で転ばないように慎重に走る。何回も通った道。クイーン・オブ・イモータルを倒すまで、何回も通った道。
 イストラカンに入れば、もう目的地はすぐそこだ。一応アンデッドが残っている可能性も考え、辺りを警戒しておく。転移結界に入ってしまえばその心配も無用だが。
 走る中、ジャンゴはおてんこさまから聞いた――おてんこさまはおそらく巫女長から聞いただろうから、巫女長から聞いたと言ってもいい――話を思い出していた。

『リタの両親は、彼女を生む直前に伯爵に襲われた。父方が月光仔の一族ゆえ何とか子供は生めたのだが、母親はヴァンパイア化し今もまだ彷徨っているらしい』
『巫女長が彼女を引き取ったのは、彼女の祖母と知り合いだったからなのもあるが、一番の理由は彼女の監視だ。
 いくら月光仔の力を受け継いでもヴァンパイア化の可能性があるのはお前が一番良く知っているだろう?』
『伯爵が彼女をさらったのは、彼女から自分の匂いを感じたのだろう。母親の遺伝により、彼女にもイモータルの匂いが移ったのかもしれん』
『父親はヴァンパイア化した母を止めるために、犠牲となった。その時リンゴがやつと戦ったが、完全に浄化するまでにいたらなかった』
『彼女が今頃になって活動を再開した理由は分からん。だが、もし彼女とリタが出会えばどうなるか……』

 リタが行方不明になった理由。おそらくそれは自分の過去を知ったからだ。
 あまりにむごい自分の過去にリタは絶望し、もう二度と自分たちに会わないつもりでいるかもしれない。ジャンゴにとってそれは耐えられるものではなかった。
(馬鹿だよ、本当に!!)
 ヴァンパイア化への恐怖。それがどのくらいの絶望なのかはジャンゴはよく知っている。
 同時にそれがリタに会えなくなるかもしれない、という恐怖に比べればどのくらい些細なものなのかも知っている。

 ヴァンパイアとなっても、ジャンゴにとってリタはリタだ。失いたくない、大切な人なのだ。

 知らず知らずのうちに、目尻に涙が溜まり始めた。ちょっとしたきっかけがあれば、すぐに涙腺は決壊するだろう。それでもジャンゴは目の辺りを拭かなかった。
 今は立ち止まって泣いている余裕なんて無い。一分でも、一秒でも早く彼女に会わなければいけない。
 場所には心当たりがあった。……というより、そこにリタがいると確信していた。
(僕ならきっとあそこに行く。あそこは僕たちが“出会った”場所だもの)
 日を望む広場で一旦足を止める。休みなしで走ってきた足が悲鳴を上げ、ジャンゴは座り込みたくなるが、泥まみれの場所で座り込んだら汚れてしまう。
 活を入れて、ジャンゴは歩き出した。

 太陽樹。
 雨が降る中では花も見劣りするようだ。雨と花が落ちる中、ジャンゴは見つけた。

 根元では、リタが祈りを捧げるような形で座り込んでいた。

「やっぱりここにいたね」
 ジャンゴが肩に手をかけると、リタの身体は力なく倒れた。
「!」
 慌ててリタの身体を抱きしめると、ぞっとするくらいに冷たかった。かすかに聞こえる息遣いが無かったら死んだと誤解しただろう。
(雨に打たれすぎたんだ!)
 事実は予想以上に彼女を打ちのめしていた。
 ジャンゴはリタを抱き上げると、ガクガク震える足にもう一度活を入れて走り始める。場所はどこでも良かった。

 とにかく雨に打たれず、彼女の身体を温められる場所へジャンゴは走った。