寂しい気持ち・9日目 - 2/2

 ふらふらになりながらも、ジャンゴはサン・ミゲルを目指す。
(寂しいよ……)

 君に会いたい。
 会って言いたい事、たくさん言いたい。

(喧嘩したっていい。早く会いたい)

 サン・ミゲルでの戦いは未だに続いていた。
 ザジが太陽結界を張りなおしたおかげでグールの数は減ったが、疲労はピークを超えていた。
 サバタとはぐれて一人で戦っているリタも、例外ではなかった。

 リタが得意とするのは徒手空拳だ。すなわち、彼女の疲れはそのまま拳に映る。
 最初は絶好調で無駄口を言う余裕もあったが、やがて無口になり、その顔から余裕が消えた。
「きゃあっ!」
 足元を取られた。すばやく体勢を立て直して蹴りでグールの頭を叩くが、ひざのダメージが限界を超えた。
 立ち上がることは出来たが、もう素早く動くことは出来ない。蹴りなんてもっての他だ。
(これで終わりなの?)
 数の減らないグールの大群に、リタは死を覚悟した。

 構えながらも、脳裏に浮かぶのはあの雨の中でジャンゴの顔。

(私達、あれから一つも会話していない……)
 あの喧嘩別れは、こうなることを予測してのことだったのか。だとしたらリタは哀しくなってきた。
 自分が死んでもジャンゴは悲しんでくれないのなら、自分は何故彼のことが好きになったのだろう。自分の気持ちは、どこへ行ってしまうのだろう。
(せめて、最後に何か言いたかった。『行かないで』でも何でも)
 我侭を言いたかった。好きだと言いたかった。拒絶されてもいい、側にいたかった。
 でも、もう叶わない夢なら。せめて華々しく散ってやる。

 誰もが誇りに思う立派な死を、演じてやる。

 リタは悲鳴を上げる脚に活を入れて、大きく飛び込んだ。
 拳がグールを捉えるが、同時にリタはグールに捉えられる。
(ジャンゴさま!)
 最後の思い出として、彼の姿を思い浮かべた瞬間。

「リタァァァァァァッッ!!」

 剣が一閃する。
 恐る恐る眼を開けたリタの前に、ジャンゴが立っていた。

「ジャンゴさま!」
「リタ、後もう少しだから、諦めないで!」
 へなへなと座り込んだリタにジャンゴが手を差し伸べる。差し伸べられた手を取って、リタは立ち上がった。
 悲鳴を上げていたひざが、今は何も言わずにいる。リタはそのことに感謝した。
 乱入者に戸惑っていたグールたちだったが、気を取り直してジャンゴたちを取り囲む。その数、ざっと100体近く。
「……一人50体……」
「しかもハンデマッチ……」

「「……楽勝♪」」
 ジャンゴとリタは不敵な笑みを浮かべた。

 

 ジャンゴとリタの言葉通りだった。
 100体近くいたグールは、わずか10分足らずで二人に倒されたのである。

「やったぁ!」
 最後のグールを倒した瞬間、二人は抱き合った。
 リタははっとなって離れようとするが、ジャンゴが力強く抱きしめているのでどうしても離れられない。
「あの、ジャンゴさ」

 ま、と繋ごうとした口は、ジャンゴの口によって塞がれた。

(嘘ーーーーーーーーーーー!?)
 唐突な口付けに、リタの思考が混乱する。恥ずかしさのあまり、顔が絵の具で塗りたくったように真っ赤になるが、やがてそっと眼を閉じた。

 ジャンゴが意識を失っていることにリタが気づくまで、二人はずっとキスをしていた。