転移した先は、GEL-GELを拾った廃棄惑星から一光年は遠い場所だった。
幸い、近くに駐在基地があるので、メタモアークは修理と補給を兼ねてそっちに寄る事を決めた。
駐在基地に行くと戦闘データを提出しなければならない。つまりGEL-GELの存在を公にしなければならないのだが、寄らなければ補給が出来ない。こればかりは仕方がなかった。
クレスは「GEL-GELの事を調べなおすいい機会だ」と言っていたが、ラキはそれだけではすまないような予感を抱いていた。
軍事屋というのは、強大な力を強く求める。それが例え未知の存在であろうとも、使えるのならとにかく何でも使いたいのだ。
特にメテオ・コメット問題が出てからその性質は強くなった。宇宙共通の脅威であるメテオス、それをどうにかできるのなら、神の力でも何でもいいから欲しい。みんなそう思っている。
当面は彼の調査データは、公に出来るようなものだけを提出したほうがいいな、とラキは思った。
調査の結果、倒れたのは普通にエネルギー不足だというのがわかった。どうやらあのモードになると、極端にエネルギーを消耗するらしく、短時間で倒れてしまうらしい。
ラボに閉じこもったラキは、ラスタルが手に入れてきたデータとフォルテが持っていたデータを検討していた。
「エネルギーフィールドが発生しているな…。これは修理中に解ったことだ。んで…」
ラスタルのデータを巻き戻して、一番最初の映像をズームアップする。
GEL-GELの目は、確かに青ではなく髪の色と同じ色になっていた。
「……これは何かのサインなのか?」
起動したての時は、おろおろとしていたが確かに生気のある目だった。だが、この映像の目はまるでマシンのように冷たい印象しかない。
音声データまでは拾うことが出来なかったが、ラスタルが言うにはこの状態だった時のGEL-GELは目と同じように冷たいマシンのような声をしていたという。
彼が廃棄された理由は、そこにあるのだろうか。
ラキがデータを見比べてうーんとうなっていると、来客者がいきなりドアを開いた。
「おう、新人さんのデータを見とるのかい?」
「うわ! 博士、ノックぐらいしてくれよ~」
「したわいしたわい。お前さんが鈍感で気づいておらんかったのだろ。全くドンくさい奴じゃて」
言いたい放題の中年――ケイビオス星出身の鉱石学者ヴォルドンは、ラキの見ていたデータを覗き込んだ。
こっちの許可を取らずに勝手に早送りし、GEL-GELがメテオを消した所まで進めてしまう。文句を言おうと思ったが、ヴォルドンがそこの映像を見たがっていたのにすぐに気づいた。
何度も彼がメテオを消したところを見ては、消される瞬間のメテオを調べている。手に持ったグラスで注意深く、そのメテオ群の特徴を捉えようとしていた。
「……メテオに何かあるのか?」
「新人さんが消したメテオは、みんな同じ種類じゃ」
「は!?」
唐突に断言され、ラキは面食らってしまう。冗談かと思ったが、ヴォルドンの顔を見るにどうも本当らしい。
洞窟惑星とも言われるケイビオスは、鉱石関係の職業が流行っている。彫刻家が一番人気の職業だが、ヴォルドンは鉱石学者の道を選び、メテオの研究を始めたのだ。
様々な研究結果を出している中クレス直々にスカウトされ、今は協力者としてメタモアークに乗っている。戦闘や戦争には詳しくないが、メテオやコメットについての知識は一番だ。
その彼が断言した以上、彼は同質メテオを一発で全て消滅して見せたのは間違いないだろう。これは、どの軍事設備でも為しえなかった出来事だ。
「こりゃ、ますます下手に公に出来なくなっちまったな……」
「同質メテオを全て消す、なんて芸は誰にもできんかった。……いや、最初から誰もやろうとは思わんかったからの」
残ったメテオは分析され、何らかの物質に還元される。今の時代のメテオ還元による資源補給などを考えれば、誰も消す事なんて考えないだろう。
そんな事を考えるとすれば、まだメテオ分析が進んでいなかった頃。メテオ飛来時辺りの頃だろうか。
「じゃあ、GEL-GELはだいぶ昔のアンドロイドだってのか?」
「ジオライト星で、最初のGEOLYTEがロールアウトしたのは確か四年前じゃ。あの「フォールダウン」が起きてから四年は経った後に、ようやく開発に手が伸びたらしいの」
「……八年前、か」
八年前。
その時、コメットとメテオが同時襲来してたくさんの犠牲者が出た事件「フォールダウン」が、惑星ファイアムで起きた。
犠牲者は約三百人。その中に、メックスから視察に来たラキたちの両親も入っていた。
視察団を迎えるファイアムのメンバーに軍に入りたてのフィアがいて、その経路でラキはフィアに引き取られた。ラキが軍に入る決心をしたのは、その事件が起きて二年後の事だ。
あの頃は、メテオは便利な物質と考えられていた。まだコメットの脅威が全宇宙に広がってはいなかったのだ。
GEL-GELはその頃より、もっと前に造られたのだろうか。
だが機械産業が進んでいるメックスやワイヤロンでも、アンドロイド制作はあまり手が付けられていなかった。GEOLYTEがロールアウトしてからは、そっちにも手を付け出してきたが。
「メックス出身のお前さんでもわからんか?」
ヴォルドンの問いに、ラキは首を横に振った。
一応メックス製のアンドロイドはフレームなどの特徴を全てつかんでいるのだが、GEL-GELにはその特徴がほとんどなかった。……というより、特徴になる一歩手前という感じだった。
ワイヤロン製となると、もうほとんどお手上げ状態だが。
とりあえず、ジオライト製ではない事だけは解る。それを言うと、ヴォルドンはうーむと唸りながら映像に視線を戻した。
宇宙基準時間午後一時。
ようやく休む余裕が出来たラキは、誰にもつなぐなとスターリアに頼んでぐっすりと眠った。
「メテオを消す能力を持つアンドロイドか…」
「拾い物、にしてはいささか物騒ではありますな」
通常運航の間、クレスはフォブとチェスをしていた。
フォブは軍の中では指揮官や艦長になる素質と経験があったが、若き艦長候補であるクレスを立ててサポート役に徹していた。
こっちの方が楽だから、と堂々と言える辺り、お気楽主義者が生まれやすいヒュージィ星人らしいと言えばらしいが。
そのフォブにいい駒を取られたクレスは、内心少し動揺しながらも表面ではいつもの表情を取り繕う。これくらいで表情に出てしまっては、艦長はおろかアストロノーツすらなれない。
「どうします? 上層部にはどう報告を?」
「どうしようもないだろう。『飛来したメテオを一人のアンドロイドが消しました』なんて報告、誰が信じる。一応事故か何かを取り繕うさ」
起こった事を正確に報告しないのはもちろん裁判沙汰だが、だからと言って見たもの全てを報告するほどクレスは馬鹿ではない。あくまで事故、として取り扱うつもりだ。
GEL-GELに対する危険性は、クレスとて承知している。だが、危険だからと彼をまた廃棄するのは、トラウマを刺激させるだけだろう。その結果、自分たちが消滅されたらかなわない。
やめてくれ、と言えば彼は素直にやめるだろう。しかし彼がやめても、そのテクノロジーを求めて無駄な争いが起きるのは確実だ。それでは意味がない。
自分たちに出来る事は、一刻も早く彼を解明して、きちんと仲間にしてやる事ぐらいだ。
「では、GEL-GELは新たにラキ主任が手がけたアンドロイドと言う事で」
「そうだな。彼はGEL-GELを修理した。開発ではないが、手をかけていないわけではないからな」
今の状況をひっくり返せる駒をいい場所に置きながら、クレスはそうつぶやく。真実全ては言ってないが、嘘は言っていない。今はそのくらいの事しか出来ないだろう。
とにかく、基地に着いたら彼の調査をしなければならない。それもバレないように慎重に。
子供たちに上陸許可は出せないかもな、とクレスは内心ため息をついた。
「アナサジちゃん、どう思うよ」
「どうって?」
戦闘用アンドロイド調整室。
そこで修理を受けていたビュウブームが、左隣のアナサジに声をかけた。
「あのGEL-GELさんですか?」
アナサジの左隣にいたラスタルが話に参加しようと、体を上げてきた。まだ修理中だろ、とビュウブームは自分の状況を棚に上げてラスタルを叱る。
叱られたラスタルは少し首をすくめたが、それでも話に入るつもりらしい。「僕はいい人だと思いますけど」と自分の感想を言った。
「何かすごい力を出しましたけど、悪い人じゃないでしょ?」
「そりゃそうだけどな」
悪い奴ではない。それはビュウブームも解る。ただあの力を見ると、彼に対しての恐れが湧き上がるのは否めない。
仲間として受け入れるつもりだが、もし彼が敵に回ったら。そう考えると、恐ろしくなってくる。相手はメテオを消した、未知の戦闘用アンドロイドなのだ。
「私も悪い人じゃないと思う。ラキさんが仲間にしてやれ、って言ったら仲間にするつもりよ? 手助けしてくれた恩とかもあるしね」
「仲間、か」
ビュウブームはその言葉をつぶやいた。
「あいつ、捨てられたんだよな。ってことは、その仲間に一度裏切られたようなものなのか」
捨てられる、という事は、自分たちにとっては死ねと宣言されたようなものだ。それがどのくらいの絶望感を味わうのか、ビュウブームにはよく解らない。
ただ解るのは、その絶望感を味わったGEL-GELは、もう二度とその絶望感を味あわないようにと必死になるだろうと言う事だ。
その必死さが間違った方向へ行ったら、やはり敵に回すのと同じ事だろう。
「俺たちは、あいつを受け入れてやるしかないんだな」
己の問題は己で解決するしかない。だから、自分たちはそれを支えてやるだけだ。自分たちにとって、GEL-GELはもう仲間なのだから。
ビュウブームは直ったばかりの手をぎゅっと握った。
宇宙基準時間午後三時に、GEL-GELは意識を取り戻した。