発見されたアンドロイドは、外見上はまるっきりの無傷だった。内部スキャンができないので何とも言えないが、おそらく少し直せばすぐに動けるだろう。
さて、彼をどうするべきか。
廃棄カプセルに捨てられていた以上、彼には何か異常があったのだろう。だが、この状態でまた捨てるというのも気持ちが悪い。
それに戦闘用アンドロイドの不足もあるので、彼が戦えるのなら是非とも自分たちの部隊に迎え入れたい。
ラキはしばらく考えた後、まず彼の調査から始めることにした。
ラボでの調査の後、ラキはまっすぐにクレスの元に行った。
「あのアンドロイドを我が部隊に?」
「正直、ブラックボックスだらけでここの設備では調べきれなかった機能とかもあるんですけどね。でも、彼は動きます。そして戦闘できます」
「戦闘用アンドロイドだったのか」
クレスの問いにラキはうなずく。確かに彼は戦闘用アンドロイドだ。ちなみに、ここの設備で解った数少ないことだ。
動力源は少なくともビュウブームたちと同じ。フレームはGEOLYTEに似てはいるが別物。感情OSはかなり高性能。解ったのはこの程度だ。
搭載されているシステムなどはほとんど不明。特に胴体と脳髄に集中されているシステムは全然わからなかった。
謎だらけの戦闘用アンドロイドだが、今は一人でも戦力が欲しいし、ここに置いた方が後々解るはずだ。
メタモアーク乗員の命を預かっている艦長は、何か考えていたようだが、やがて「…いいだろう」と許可を出した。
とりあえず、また廃棄処分にさせることにならずにほっとするラキ。深々と頭を下げてブリッジから出て行こうとするが、相手の方はまだ話は終わっていなかったようだ。
「ラキ、あのアンドロイドには名前をつけていないのか?」
「名前…ですか?」
ぽりぽりと頬をかく。
実は彼が廃棄されていたカプセルに、名前らしきものは彫られてあったのだ。
「えーと確かGEnesis Light Guard Earth Last(創世の光を守る、大地の最後の人)…だったかな。頭文字をあわせると『GEL-GEL』ですね」
「ゲルゲルか……。名前にはあまり相応しくないな」
クレスと一緒にラキも苦笑いしてしまった。確かにフルネームはかっこいいが、略称となると急にかっこ悪い。子供番組の悪党にありそうな名前だ。
一応本人が目覚めたら聞いてみるつもりだ、と言うと、クレスは新たな乗員の名前を『仮登録』として記録した。
若き艦長の配慮に、ラキは心の底から感謝して頭を下げた。
調査も終了し、改めてGEL-GELの修理に取り掛かることにした。ブラックボックスは多いが、だからと言って修理しないわけには行かない。
しばらくは缶詰になるだろうから、ご飯はラボに持ってきてくれと雑用班のアーニマに言っておいた。
「ラキさん、一応データはまとめておきましたけど…」
サポートアンドロイドであるフォルテが、今まで判明したGEL-GELのデータを集めた資料を持ってきた。実際にファイルにまとめたのではなく、全て彼のデータバンクにインプットしたのだ。
開発チームと称してはいるが、実際にはラキとサボンの二人だけで、サボンはまだ実力不足。そんなチームに加えられたのがサポート役のフォルテだ。
戦闘アンドロイドよりも精密なプログラムによって作られた彼は、極端にそのプログラムが破綻することを恐れる臆病な一面もある。だが、ラキにとっては欠かせない仲間だ。
実際、きちんと頼んだ仕事をしたフォルテをラキは暖かくねぎらう。
「悪いな、いつでも見れるように手元においてくれ。あと、お前にも仕事してもらうぞ」
ラキがまた頼みごとをすると、フォルテはちょっと嫌そうな顔をした。あくまでサポートなのだから、プログラムが壊れることはないだろと心の中で突っ込んでしまった。
まあフォルテも、上司のラキの命令にはあまり逆らえない。だから嫌そうな顔をしただけで後は何も文句を言わずに手伝い始めた。
GEL-GELの修理を始めて一時間後。ビュウブームたちの修理をしていたサボンがファイルと工具セットを持って、ようやくこっちのほうに顔を出した。
「主任、ビュウブームさんは何とか戦闘に出られるまでに回復させました」
「ご苦労さん。今度はGEL-GELを頼むぜ」
「ゲルゲル…ですか?」
説明するのも面倒なので、あごをしゃくるとすぐに彼女も誰のことかわかったらしい。工具セットを開けて、破損部分をチェックし始めた。
内部を調べることで改めて解ったこと、調べられないことはフォルテに記録させ、二人は慎重にGEL-GELを修理していく。ペースこそ遅いが、確かに廃棄されていた状態よりはましになっていった。
中身はわからないことだらけでも、慎重に一つずつ調べながら直していけば、きちんと直るものである。説明書のないプラモを組み立てるのと同じようなものだ、とラキは思った。
修理を始めて十時間ほど。宇宙基準時間で午前七時に、ようやく一息ついた。
「ひー、これで体の方は直ったはずだ」
「これから頭を考えると……まだ寝られませんね」
あくびをかみ殺しながら、サボンはアーニマが持ってきた夜食に手をつける。その間、GEL-GELの頭を調べていたフォルテが首をかしげた。
「でも、この人頭部はほとんど破損してませんよ? 開けたら大変なことになるんじゃ…」
「何回か起動させようとしたんだけど、こいつ動かないんだよ」
胴体の修理中にダメ元で何回か起動させようとしたのだが、命令は全て受け付けなかった。となると、脳内プログラムにも異常があるに違いない。
プログラム系はグラビトール博士やメガドーム教授とかの専門分野だが、彼らは彼らで研究がある。手を煩わせるわけにはいかなかった。
油断すると襲ってくる眠気を振り払うと、ラキは頭部の修理に取り掛かろうとした。その時。
『前方にコメット反応! 総員、第一種戦闘態勢に!』
ワーニングブザーと共に、スターリアの真剣な声が全員を叩き起こした。
ラキとサボンも例外ではなく、サボンは弾かれたようにフォルテをつれてメンテナンスルームへと走り、ラキはブリッジとの通信をONにする。応じたのはオペレーターでも艦長でもなかった。
『おはよう、ラキ君。また完徹かしら?』
「フィア姉さん、冗談言ってる場合じゃねぇぜ。どっかの惑星に近づいたか?」
ラキに『フィア姉さん』と呼ばれた女性は、ウィンドウの向こうで苦笑いをした。
惑星ファイアム出身の彼女は戦術眼に優れ、アドバイザーとして乗艦している。ラキは姉さんと言っているが、実際に血がつながっているわけではない。
『ま、とにかく敵なのよ。ビュウ君たちをスタンバイさせて』
「あいつらまだ完全回復してねぇぞ! そんな状態で戦わせるだなんて…」
『宇宙で会ったのがラッキーだったわ。まずは戦艦の主砲で削るから。様子次第ではそのまま逃げ出すことも考えてる。メテオも後ろに陣取ってるらしいからね』
「メテオとコメットの連合部隊ってことか……」
ならビュウブームたちをスタンバイさせる理由はわかる。メタモアークの主砲が切れた時にメテオがこられては、こっちとしてはたまったものではないからだ。
しかし彼らは、前回の激戦でかなり重傷を負っている。サボンが見に行ったが、たぶん完全に回復したのは誰もいないだろう。逃げた方が早いのではないのか?
そう考えていると、艦が大きく揺れた。敵の攻撃か、それともメテオが当たったのか。主砲はどうやらあまりヒットしていないらしい。
『状況は悪化する一方かもね。残念だけど、ビュウ君たちは出すわ』
フィアの冷たい一言に文句を言おうとしたが、それより先に通信を切られてしまった。舌打ちをしながら修理を続けようとして……眼を見張った。
「何か、大変なことが起きてるようですけど」
今までずっと動かなかったGEL-GELが動き、自分に話しかけてきている。感情OSに少し問題があったのか、困り顔ではあるが。
「動けるのか!?」
「はい、貴方が修理してくれたおかげで、80%は動けるようになってます」
微妙に違和感がある青い眼が、外を見ている気がした。それでようやく、ラキは現状を思い出す。
「お前、戦えるか?」
「え? あ、武器さえあれば……」
「上等だ。来てくれ!」
半分パニック状態のGEL-GELを引っ張り、ラキはラボを飛び出した。
向かうは、カタパルト。
「あ!? どうしたラキ!」
「おやっさん、今残ってる武器をこいつにくれ!」
ウィンドウでブリッジと外の様子を見ていた武器開発担当のコロニオン星人・レグが、ラキとGEL-GELを見て眼を丸くした。
「何だそいつ、新人か?」
「説明は後だ。とにかく武器をくれ! こいつを出す」
切羽詰った様子のラキを見て、レグも慌てて残った武器をあさりだす。やがて、携帯用のマイクロミサイルとレールガンがGEL-GELに装備された。
GEL-GELが武装したのを確認してから、ラキはブリッジを呼び出す。スターリアは間髪いれずにブリッジにつないでくれた。
『どうした!?』
「艦長、GEL-GELの発進許可をくれ!」
『何だと?』
急な頼みに、クレスは耳を疑ったらしい。数秒は見事に固まっていた。
「出さないよりはマシなはずだ。少なくとも、こいつは戦える!」
敬語すら忘れたラキの勢いに、クレスも彼に賭けてみる気になったらしい。発進許可が出された。
GEL-GELは最初何がどうなっているのか全然わからない、という顔だったが、ラキが手短に説明すると「それならやります。やらせてもらいます」と引き受けてくれた。
カタパルトから発進される前、レグはもう一つ「おまけだ」と言ってレーザーブレードも渡してくれた。
「お前さんのデビューだ。あがらずに行け」
「はい!」
よくわからない激励の言葉を受け、GEL-GELは戦場へと飛び出していった。