絶叫と共に振りかぶられた剣は、グリューテルムを捉えていたはずだった。
だが、
「甘いねぇ~」
舐めきった言葉と共に張られた分厚いシールドに阻まれ、ソロは足踏みしてしまう。
ラプラスブレードはソロの腕もあって3センチ以上の鉄鋼すら軽く切り裂くはずなのだが、どうやら特注のリアルウェーブシールドのようだ。
ならば、とブライに電波変換して、ブライナックルを撃つ。間髪いれずにブライバーストも加え、攻撃に厚みを加えた。
しかし一点集中の攻撃はシールドにヒビを入れただけ。砕くには至らない。さすがにこれにはグリューテルムも焦ったらしく、コンパネを操作して修復しようとする。
(ヒビが入ったなら、そこに攻撃を加えれば……!)
再生速度よりも威力の高い攻撃を早く加え続ければ、いつかは割れる。即座にそう計算したブライは、シールド目掛けて低くダッシュした。
ジャスト2歩で間近にまで近づいたブライは、手に持ったラプラスブレードを再度大きく振りかぶる。今度は鈍い音を立てて弾かれたが、ヒビは大きくなった。
このまま行けるかと思った時、グリューテルムの手がコンパネ上で踊った。
「攻撃しないと拙いね」
いつの間に設置していたのか、天井からライフルが出てブライを狙い撃ちにする。シールドを砕く事に集中していたブライは、もろに全て食らってしまった。
「がはっ……!」
反動で電波変換が解かれ、スターキャリアーが手から離れる。落とし方が悪かったのか、べきりと派手な音が鳴った。
立ち上がろうと腕に力をこめた瞬間、またライフルが火を吹く。今度は実弾で、ソロは左手と右脇腹を貫かれる。
「ぐっ!」
さすがにこれには顔をしかめてしまう。利き手を潰されなかったのは幸いだが、長くは持たないかもしれない。
痛みをこらえてスターキャリアーを手に取る。もう一度ブライになると、痛みが少しだけ引いた気がする。そんなブライを見て、グリューテルムは首をかしげた。
「まだ立つの? 君のやってる事は全部無駄だって言うのに。誰も君のやってる事を望んでいないのに。
……誰も君に生きていて欲しいなんて思ってないのに」
「……生きていて欲しいと思われたいわけじゃない……!」
かすかに震える手でラプラスブレードを握りなおしてまたシールドに叩きつけるが、完全に修復されたそれは剣を全く受け付けなかった。
引いていた痛みがまたぶり返し、膝を突くブライ。
「オレは……オレの誇りのために生きている……」
きっとグリューテルムを睨むが、そのグリューテルムはにやにやと笑い続けるだけだ。
「そうだろうね~。誰が何と言おうと、君は傷つくわけないよね。聞くつもりもないんだろうし。
だから響ミソラも、義理で生きて帰って来いって言えるわけだ」
「……!」
何故か、その言葉で剣を落としそうになった。
左手と右脇腹の痛みが、何故か遠く感じる。心が熱くなっているのか冷たく冷えていくのか、全く解らない。
「解ってたんだろ? あの子が君のために『生きて帰って来い』なんて言うわけない。あの子の中にはロックマン――星河スバルしかいない」
知っている。
「その大事な星河スバルの敵でしかない君に、親切にするわけがない」
それも知っている。
「お礼も、ただの義務感から来ただけ。あの子は優しいからね。『みんな』を裏切るような事はしたくない」
それも知っている。
「ただ単に、言っておかないとと思っただけ。帰ってきて欲しいなんてカケラも思ってない」
それも知っている。
「あの子にとって、君はただの敵。愛する少年を傷つける、憎むべき敵でしかないのさ」
それだって知っている!
「あの子の本当の望みは……君が消えていなくなる事だよ」
それだって知っている!
そうだ。
自分は解っている。
あれが心からの言葉じゃない、と解っている。
でも、それでも。
ほんの少しでも信じたいと思っている自分がいる。
裏切られ、報われないと解っていても、信じたいと思う弱い自分がいる。
生きて帰って来い、という言葉がホンモノだと信じたい、弱すぎる自分がいる。
「うわあああああああああああああああああああっっ!!!!!」
絶叫。そして、世界が赤くなる。
自分の血か、グリューテルムの血か、全く解らなくなる。もしかしたら、混ざり合った血かも知れない。
ただはっきりしているのは、シールドがあっさりと砕け、血が吹き出したという事だ。
峰打ちしたのか、それとも本当に斬ったのか。悲鳴も上げず、血の海に倒れ付すグリューテルム。
ソロは虚ろな目でそれを見下ろし、ふらふらと工場長室を後にした。
左手と、右脇腹が酷く痛い。血と一緒に力が流れ出ているような気がする。足がもつれそうになる。
そんな状態で、ソロはどことも知れない道を歩いていた。
「……」
こうしてとぼとぼと歩いていると、昔の頃を思い出す。頼れるものもなく、絶望の中彷徨い続けていたあの頃。
あれから、自分はどれだけ変わったのだろうか。
自分に宿る力を制御する方法を覚え、自分に流れる血が何なのかを知り、自分は何をすべきなのかを悟った。自分はどのような存在なのかを、理解した。
(理解してから……何も変わっていない)
自分は周りと比べて「異質」だと気づいてから、心の中で何かが動かなくなった。心が凍ったのか、閉ざされたのか、それは解らなかった。
一つだけ言えるのは、誰かを信じたりすると言う事――絆への憎しみが出てきたという事。
皆を受け入れるくせに、自分だけは受け入れてくれないモノ。綺麗事を言いながら、人を選ぶモノ。それが何よりも許せなかった。
だが現実は一人の少年の憎しみなど物ともせず、自分を否定し続けている。
(オレは、何で……生きてるんだろう)
じわりとにじみ出る、重い問い。
滅びた故郷への想いは、今も消えてはいない。だが、自分一人で何が守れるのだろう。
現にムーの遺産は常に狙われ続け、いくつかは持ち出されて悪用された。欲と力に憑かれた者たちがいなくならない以上、守るにも限度がある。
自分が守りたいものはいつも手をすり抜けて、届かない場所へと飛んでいく。そしてこう言うのだ。いつまでこんな愚かな事をするのか、と。
守りたくても守れないもの。誰にも理解されない誇り。何も得られる事のない苦痛。
(もう……疲れた……)
血と一緒に、ソロの中から一つのものが流れていく。それは、生きたいと思う執念。
もう、目を閉じてしまおうか。そう思った。
生き延びたところで、誰が喜ぶ?
自分がいなくなったところで、誰が悲しむ?
消えてしまえば、楽なのではないか?
世界は一人消えたところでびくともしない。人々は一人死んだところで深く悲しみはしない。故郷は一人いなくなっても変わりはしない。
なら、無理に生きる必要はもうないのではないか?
「ダ……」
どこかから、自分のウィザードの声が聞こえるが、ソロにはもうどうでもいい事だった。
自分がいなくなったら、こいつも人々に否定され、やがて一人寂しく消えるのだろう。自分と同じように。
それがムーの血を持つ者の末路なんだ、とソロは思った。強い力を持つ故に人々に排他され続けた者達の、哀れな末路。
「……もう、どうでもいい……」
その言葉だけつぶやいて、ばったりと倒れる。立ち上がる気力は、もはや無い。
目を閉じる瞬間、人の声を聞いた気がするが、気のせいだろうと思った。
「……発見しました!」
「ひ、酷い怪我だな……。急いで病院へ搬入しろ!」