All in One・17

「……意外と反応悪いねぇ。結構面白いと思うのに。
 ソング・オブ・ドリームの事もあるし、やっぱり、『みんな』が大事って事かな?」
 椅子ごと回転すれば、きぃっときしみ音だけが響く。
「じゃ、本当に『みんないっしょ』にしようかな」
 自然と笑みが浮かぶ。
 その言葉を実現するだけの力が、自分にはあるのだから。

 

 午後7時過ぎ。ようやくミソラは自分の家へと戻ってくることが出来た。
「はぁ……」
 重い体を無理やり動かし、何とかベッドまでたどり着く。ぐったりと倒れこむと、お気に入りのぬいぐるみたちがふわんと跳ねた。
 倒れこんだ弾みに、ハンターVGが手元から離れた。
『ミソラ、ほら起きなさい』
「う、う~ん……」
 じわじわと忍び寄ってくる眠気を振り払い、何とか身体を起こす。
 メールのウィンドウを開いてアドレスを呼び出すと、新しく登録されたアドレスが最初に浮かび上がった。

 ――ソロのスターキャリアーのアドレスが。

 

「暁さん、ソロのスターキャリアーのアドレスを知ってるんだったら教えてください!」
 サテラポリス本部に戻ってきたミソラは、開口一番シドウにそう頼み込んだ。
 言われたシドウの方はと言うと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でミソラを見ている。それもそうだろうな、と他人事のように思った。
 やがて、シドウは真剣な顔になってこっちに聞いてきた。
「……ミソラ、自分で何言ってるか解ってるか?」
「解ってます」
「相手が誰かも、理解してるよな?」
「してます」
「なら、どうしてわざわざ」
 この問いに対し、ミソラはしばらく沈黙した。
 言いたくないのではない。考えていなかったわけでもない。ただ、言葉にしにくいのだ。
 これがスバルだったら、単純に「色々おしゃべりしたい」「一緒にいたい」など理由がいくつも浮かぶだろう。そもそも、スバルに直接聞けばいい。
 だがソロだと、何一つ言葉が浮かんでこない。心では何となく浮かぶのだが、それを形にすることが出来ないのだ。
 シドウもミソラの気持ちが解ったのだろうが、それでもまだ渋い顔をしている。やっぱり無理か、と半分諦めかけた時。
「……ミソラ、これはスバルにも言ったことだが……」
 渋く真剣な顔で覗き込まれ、ミソラは少しだけどぎまぎしてしまう。そう言えば、シドウのこんな表情は初めて見る気がした。
 そしてシドウは表情を変えずに、あえて淡々と告げる。『ソロに対する覚悟』を。

「……それでもあいつと話がしたいなら、アドレスを教えるよ。ただし、一回きりだって約束してくれ」

 ミソラはためらうことなく頷いた。

 今、ミソラのハンターVGのディスプレイには、シドウから教えてもらったソロのアドレスがある。これに触れれば、彼のスターキャリアーに繋がるのだ。
 ソロは今、どうしているだろう。
 シドウがおまけとして教えてくれた話では、彼は今、サテラポリスが突き止めた首謀者のアジトへと向かっているらしい。
 通信をするなら、今が最後のチャンスかもしれない。しかし、指はそのアドレスをタッチできない。
(何て切り出せばいいんだろう……)
 相手はあのソロだ。下手な話し方では、まず即座に切られるだろう。かと言って、いつも通りの態度では冷たく返されるのがオチだ。
 言いたい事はたくさんあるのに、その言いたい事を言い出すきっかけが見えない。
 時計の短針が少し動くぐらいの沈黙の後、ミソラはとうとう覚悟を決めた。
「……ええい、いつも通りで行こう!」
 気合を入れるために頬を叩く。
 わずかばかりの痛みに背中を押され、アドレスをクリックする。高性能な携帯端末は、それだけで相手への通信回線を開いた。
 通信中のポップアップが開かれてからしばらく。
『……暁シドウか?』
 ようやく聞き慣れてきた低い声が、ハンターVGから聞こえてきた。

 ――繋がった!

 はやる気持ちを抑えて、ミソラは「もしもし?」と返事を返す。
「ソロだよね?」
『その声……、響ミソラか?』
「そうだよ!」
 普段なら映像も出るのだが、機種が違うせいか音声回線のみらしい。今ディスプレイは「SOUND ONLY」のポップアップが占領していた。
『いったいどうして……』
「暁さんにお願いして、アドレスを教えてもらったの」
『ちっ、あの男め……!』
 イライラしているのが音声からでもよく解る。「ソロはアドレスを教えたがらなかったから、そこらは慎重にな」というシドウのアドバイスを思い出した。
「暁さんを責めないで。私が無理言って教えてもらっただけだから」
『……』
 返事はない。怒っているのか、それとも落ち着こうとしているのか、ミソラには全く解らなかった。
 ソロはしばらく黙っていたが、やがてぼそっと言った。
『……で、何の用だ』
「うん、あのね……」
 その言葉を言う瞬間、ミソラは胸を締め付けられるような辛さを感じた。
「お礼、言いたくて。他にも、色んな事、いっぱい」
『……』
 ソロは無言だ。

「ありがとう。助けてくれて」
『別に貴様を助けたつもりはない……』
「そうだけど、助けてくれたのは間違いないよ。それに、部屋まで運んでくれたんだよね?」
『あそこで倒れられても迷惑なだけだ』
「それでもいいよ。そっちもありがとう」
『……』
「……それからね」
『……?』
「ごめんなさい」
『……どう言う意味だ』
「私、ソロの事ずっと誤解してた。……と言うか、ソロの事を見てなかった」
『……』
「全然見てない癖して、勝手にこうだって決め込んで酷い事言って……。それを謝りたかったの」
『……気にしちゃいない』
「……ありがと。でも、やっぱり言っておかないとって思った」
『そうか……』
「それからね」
『まだあるのか?』
「生きて、帰ってきて」
『……』
「これからどんな戦いがあるか解らないけど、絶対に死なないで。ちゃんと生きて帰ってきて欲しいの」
『……』
「……」
『……言う相手を間違えてるんだよ』

 通信は、切られた。