All in One・16

 かつて。
 広大な宇宙に放り出されたスバルを地球に帰すため、地球上の人々がレゾンを一つにした。

『スバルを地球に』

 地球上の人々によって生み出された奇跡・レゾンウェーブは、見事にスバルを地球に帰すことに成功した。
 強大なキズナの力は、奇跡を生む。
 それは地球上の人々が知った、素晴らしい真理だった。

 ――それだけで終われば、それは美談で終わるはずだった。

 

「キズナ・ネットワークは」
 説明役が、ヨイリーからシドウに戻った。
「ブラザーバンドやレゾンシステムを強化したシステムだ。その効果として、『多人数から生まれた大きな感情を増幅させる』ってのが上げられる。
 例えば学校で『文化祭を成功させたい』って心意気の生徒がたくさんいれば、文化祭を成功させたいっつー気持ちが増幅される。
 その力で、文化祭を成功に導くよう人々が動くようになるのさ」
「いいシステムじゃねえか」
 利点だけ聞いて、ゴン太が真っ先に意見を言う。確かに、利点だけ聞けばいいシステムだとは思う。しかし。
 スバルの言いたい事を受け取り、シドウが一つうなずく。
「でも逆に『文化祭なんて面倒だ』って思う生徒がたくさんいれば、その気持ちが増幅されて誰もが面倒くさがるようになる。
 要は、一人でも多くの人に同じ事を思わせないとダメって事だ」
「ただ単に人数集めればいいって事だけじゃないの!」
 キズナ・ネットワークの真理に気づいたルナが怒る。
 多数決のごり押しが、このシステムにはある。人一人の意思が、多人数の意思によって塗り替えられてしまうという問題もあるのだ。
 それがシドウの上げたような例ならまだマシだが、もしあの式典のような騒ぎになったら。
 そのスバルの恐怖が、シドウの次の言葉で確かなものになった。

「式典でのスバルとミソラの異常は、それが原因だ。
 多人数が『ロックマンを見たい』、『ミソラの歌をずっと聞いていたい』と思ったから、二人の精神がそれに塗りつぶされたのさ」

「「……!」」
 スバルとミソラ、影響を受けた二人の顔が青ざめる。その二人の顔を見ながらも、シドウは話を続けた。
「もちろん、何らかの介入があった。でも大きな理由はそれだ。
 スバルがどれだけ『ロックマンである事を秘密にしよう』と思っていても、皆が『ロックマンが見たい』と思えば無理やり電波変換しただろうし、
 ミソラが歌うことを自制しようとしても、皆が『ミソラの歌をずっと聞いていたい』と思えばミソラは死ぬまで歌い続けただろうな」
「そんな……」
 ルナたちも顔を青ざめる。
 絆――多人数の意思が、大切な仲間を歪め、傷つける。スバルとミソラはまさに「絆が敵」の状況に立たされていたのだ。
『そいつの恐ろしさはよく解った』
 今まで黙っていたウォーロックが、怒り真骨頂と言わんばかりの声でうなる。
 キズナ・ネットワークについて全く関心を持っていなかった彼だが、さすがに仲間が追い詰められたとなると話は別のようだ。
『で、結局俺達に何をさせたいんだ? 暁』
 暴れるなら大歓迎だぜ、とシャドーボクシングするウォーロック。……結局、そこにいたるらしい。
 そんなウォーロックを見てシドウの顔に笑みが浮かぶが、すぐに真剣な顔に戻る。やっぱり遊撃隊の出番かな、とスバルは思った。
 キズナ・ネットワークが恐ろしい面を持っている以上、それは抑えないといけないはず。サテラポリスは電波犯罪を取り締まる組織だからだ。
 ……しかし、出てきた言葉はスバルたちにとって意外なものだった。

「その対応策が、あのソロなんだよ」

「えええええええええ!!?」
 これにはひっくり返りそうになる。ロックマンならともかく、何故ソロが。
 もう何が何だかさっぱり解らなくなったスバルたちにシドウは肩をすくめ、ヨイリーはくすくすと笑う。
 落ち着きが戻ってきた頃、シドウが説明を続けた。
「言ったろ? 今回の敵は絆だって。
 ブラザーバンドとかがある限り、キズナ・ネットワークの影響を受ける可能性は高い。ステーションの機能を停止させても、可能性が少し減る程度だ。
 だけどソロは最初からそれらを持っていない。つまり、唯一キズナ・ネットワークの影響を受けない存在なのさ」
「で、でも、ソロが世界のために動くなんて想像できません!」
 泡を食ったままのスバルがシドウに詰め寄る。メテオG事件であれだけサテラポリスと協力するのを嫌がった彼が、今更協力するのが想像できない。
 詰め寄られたシドウの方はと言うと、苦笑を浮かべつつもスバルの問いに答えてくれた。
「確かに、情で無理やり訴えてもあいつは動かないだろうな。でもそれなりに筋を通して依頼すれば、ちゃんと聞いてくれるよ。
 現に、今サテラポリスはあいつの依頼主になってるから」
「「し、信じられない……」」
 ルナ・ゴン太・キザマロが唖然とした顔でつぶやく。三人はソロとの面識が薄いため、どうもシドウの説明を受け入れにくいようだ。
 スバルも微妙に信じられないなとは思う。孤高を信条としている彼が、よく協力体制を受け入れられたものだ。
 ミソラの方は、スバルたちとはまた違った顔をしていた。信じられないより前に、もっと別の事を気を取られていたのだ。

 ……誰かがその顔を見ていればすぐに気づいただろうが、彼女は相当思いつめた顔をしていた。

 そんな多種多様な反応に頬をかくシドウ。
「あいつはあいつなりに妥協できるところは妥協する子だよ。それはさておき。
 スバルたちに出来ることと言えば、あまりコダマタウンから外に出ない方がいいって事かな」
 KNステーションはこれからどこに建つか解らない。機能停止したステーションがある町から出ないのが一番安全だ、とシドウは語る。
 サテラポリスの方で、KNステーションの機能停止の事を世間に流出するのを抑えている。つまり、表向きにはまだ動いている事になっているのだ。
 確かに、そのような状況ならコダマタウンにいるのがまだ安全だろう。だが、本当にそれでいいのだろうか。
 スバルがそう聞くと、「残念だけど、現状でロックマンが動くのは危険だ」という答えが返ってきた。
「今回の事件の犯人が、人の意識を操作してくる可能性もあるんだ。そうなったら、ロックマンは戦う事すら出来なくなる」
「そんな……」
「ブラザーバンドやレゾンシステムを逆手に取ったやり口な以上、最大の防衛策が『ブラザーバンドを切ったりレゾンを消す事』だ。
 ……そんなことできるか?」
 首を横に振るスバル。
 いくら防衛のためとはいえ、皆との繋がりであるブラザーバンドを切るなどとても出来ない。それはルナたちも同じだろう。
(でも、ソロなら)
 彼ならあっさりと切るのだろう。例えどれだけ大事なものであっても、彼は自分の信じるもののためなら全てを捨て去れる。そんな男だ。
「現状で思いっきり動けるのはソロだけだ。だから、俺たちサテラポリスも全力で彼をバックアップする。彼を信じてな」
「信じる、ですか」
「ああ」

 ――そこでシドウは、全員を見渡した――

「簡単だろ?」

 

 シドウとヨイリーによる説明が終わり、解散となった。
「私達も帰りましょうか」
 入り口前まで歩いてから、ルナが少し疲れた声音で宣言する。さすがにいつもの元気さはまだ戻らないようだ。
 帰りも一応車が用意されていた。帰り際にヨイリーが説明したが、どうもこの車はほとんどの電波を受け流せる装置がついているらしい。
 これの小型版の装置を、ヨイリーから手渡された。急ぎ作ったものだから、確実に効果があるかは解らないと言われたが。
 それを手で転がしながら、ミソラはもう一度WAXA日本支部を仰ぎ見る。
「ミソラちゃん、スバル君は話が長くなるからって」
「解ってる」
 サテラポリス本部を出る前、スバルだけ引き止められた。少し長くなるからと、ミソラたちだけ先に帰されたのだ。
 だが、ミソラが気にしているのはその事ではない。
(……やっぱり、聞こう)
 しばらくの沈黙の後、ミソラは覚悟を決めた。
「ごめんルナちゃん。先に帰ってて」
 驚くルナたちに手を振って、ミソラはWAXA日本支部に戻っていった。