響ミソラ。八月二日生まれの11歳。
父親は早い時期に他界し、母子家庭だった。母は病気がちで、その母を励ますために歌を歌い始めたらしい。
母からオーディション参加を勧められ、その時宝物である愛用のギターをプレゼントされたと言う。
オーディションをきっかけに、とある芸能事務所のスカウトを受け、シンガーソングライターとして芸能界入り。その才能を発揮し始めた。
最初はその明るさとルックスで同世代の子供達に人気だったが、母親の死にショックを受け、活動を縮小する。
だがある日、いきなり復帰。新曲を引っさげ、再びステージへと戻ってきた。その時、活動をもっと広げることも宣言した。
いわく。「自分を励まし、支えてくれた大事な人のおかげ。その人のために、自分と同じ境遇の子達のために、もう一度歌うことを決意した」。
復帰後、精力的に活動したことが評判を受け、同世代だけでなく老若男女全ての人々を魅了するトップアイドルとなった。
新曲は常に大ヒット、写真集はほぼ全て重版待ち状態、主演ドラマは視聴率40%をキープしたまま終了など、その人気は留まる事を知らない。
今では、「響ミソラを知らないニホン人は赤ん坊ぐらいだ」「彼女の曲が流れない日はない」と言われるほどになっているらしい。
国民的アイドルの座を揺るぎない物とした響ミソラだが、常に初心と努力、優しさを忘れない。故に、彼女は人気であり続ける。
そんな彼女だから、KNステーション完成式典に呼ばれるのは、当然の事とも言えた。
立ち寄ったコンビニで、『KNステーション完成式典緊急速報・ゲストに響ミソラ』という文字を見たソロは、ようやく3つ目の手がかりを得ることが出来た。
店員に聞くと、チケットはどこも完売したと言う。しかもそれが『響ミソラ』という言葉が出た数分で、というものだから、念が入っている。
「正式な方法で入るのは無理か……」
世事に疎いソロでも、さすがにミソラの知名度の高さは知っている。この状態で彼女のライブに飛び込むのは、かなり至難の技のように思えた。
となれば、潜入。
しかし国民的アイドルがゲスト入りする事になる式典だ。彼女に何かあれば、と公的にも私的にも警備は頑丈になる事だろう。
当日の盛況を考えれば、正式に入るのも潜入もほぼ無理。ならどうするか。
「現場に行って考えるか」
幸い、式典が行われる場所は発表されている。今なら、まだ式典準備でそれほど警備も固くないはずだ。
開催場所を頭に叩き込んだソロは、サプリメントとミネラルウォーターを手にとった。
ウェーブライナーで揺られる事、約30分。それらしい建設中の建物を見つけることが出来た。
『次は……。お降りのお客様は……』
アナウンスも、開催場所付近の駅名を告げる。ソロはウェーブライナーが駅に着いたのを見計らって、普通に降りる。
切符を精算して外に出ると、トラックなどの大型車が目の前を横切った。ここにあまり似つかわしくなさそうなそれは、明らかにステーション建設用だろう。
間違いなく、ここが開催場所だ。
ざっと見渡す限り、KNステーションは表向き完成している。式典がもうじき行われる以上、当然の事か。
(式典に参加するのは……)
スターキャリアーでダウンロードしたデータを呼び出す。ハンターVGがあるのだが、つい習慣でこっちを使ってしまうのだ。
式典参加者は、代表のグリューテルム博士を初めとして、この国の代表政治家が数名、WAXA長官に有名スポーツ選手を初めとした有名人。
……そして、響ミソラ。
成年男性が並ぶ中、少女が一人混じっているのは異様ではあるが、それだけ彼女が国民的人気を誇るからであろう。
(あのヒントが本当に『響ミソラ』だとしたら、本当に正解はこれだけか?)
完成式典にミソラがゲスト。確かに『響ミソラ』と関係があるが、あのヒントはそれだけではないような気がする。
だが彼女に直接聞いても、多分答えは得られないだろう。それどころか、厄介ごとを一つ増やすだけだ。
「……まずは、下見か」
とりあえずミソラの件は後回しにして、ソロはウェーブステーションを探し始めた。電波変換して、ウェーブロードから近づくつもりだ。
ウェーブロードに乗りながら、ブライは式典予定日を確認する。
(……一週間後)
タイムリミットは決まった。後はその間にスピリトゥスを探すだけだ。
「KNステーション完成式典に参加してきてくれ。ライブ付で」
マネージャーの言葉は、突然だった。
主演ドラマも無事終了して、しばらくは安定したスケジュールで毎日を過ごしていたミソラだが、この一言でまたきついスケジュールに戻ってしまった。
ライブで歌う歌の選別、入念な練習に舞台挨拶のコメントなどで、一日がジェットコースターのように過ぎていく。救いは1週間だけという事か。
そしてその一週間は、もうすぐ過ぎようとしている。
完成式典当日、リハーサルを終えたミソラはKNステーションの一角にある控え室(元はVIPクラスの客を泊める部屋らしい)に向かっていた。
「何で平日なのよ~」
リハーサルの疲れからか、ぐったりとした声でぶつぶつと愚痴るミソラ。
完成式典は平日なので、スバルたちを誘えないのだ。これが土日なら、式典参加を強制された時点で無理やりにでも誘ったのだが。
『ま、こういうのは平日に行われるらしいからね。国民的アイドルのお仕事として、頑張りなさい』
「そりゃ頑張るけど……今回はあまりにも突然なんだもん。あーあ、もうしんどいよ~」
何せ一週間前、いきなりマネージャーから参加を強制されたのだ。いくらなんでも無理やりで酷いな、とは思う。
人気が上がってファンが増えるのは嬉しいが、こういう不都合があるとつい自分の立場を嘆きたくもなる。ミソラは深々とため息をついた。
シンプルながらも最新のセキュリティや技術の詰まったドアノブに手をかけ、回す。
(……?)
妙な違和感を覚えつつも、ドアを開けて部屋の中に一歩足を踏み入れる。
そして、その一歩で足が止まる。
足に鋭い何かが触れる感覚に、恐る恐る視線を下に向け……息を飲み込んだ。
「……さすがに気づいたか」
「う、嘘でしょ……」
自分の足に刃物――確かラプラスソードとか言ったか――を突きつけて扉の影で座り込んでいたソロが、ミソラに視線を向けていた。
「どうやって来たの!?」
泡食ったままのミソラの問いに、ソロはラプラスソードを下げて立ち上がりながら答える。
「貴様の控え室を調べて、張り込んだ。3日前なら、警備はまだ薄いからな……」
「3日前ぇ!?」
随分と気の長い張り込みだ。ご飯とか大丈夫なのか、と人事ながら思ってしまう。
と、そんなのんきな事はすぐ頭から消し、ミソラは次の質問を上げる。
「何しに?」
驚きが少しずつ収まったので、口調も少しだけ和らいだ。そう言えば、こんな風に彼と二人きりで話すのは初めてのような気がする。
しかしソロの方は何一つ表情を変えず、質問を質問で返してきた。
「……ライブで、何曲歌う?」
「え……?」
あまりにも脈略のない質問だが、別にばらしても問題はなさそうなので嘘をつかずに答えた。
「3曲だよ。アンコール次第で、もう1曲追加するけど……」
「時間は?」
「……4曲でも、多分30分はかからないと思う」
本格的なライブではないので、曲数も時間も少ない。ミソラとしてはもっと歌いたいと思うが、今回は仕方がない。
ソロはその答えを聞いて、指を折りつつ何かを考えていた。気になるが、聞いたところで答えてくれないだろう。
やがて、ソロは顔を上げた。
「……最後に一つ聞く」
「ん?」
「貴様、ギターはどうした。いつも背中に背負っているだろう」
そう。ミソラは今愛用のギターを持っていない。あれは今、調整のためスタッフに渡しているのだ。
素直にそれを言うと、ソロは「……そうか」とだけつぶやいて部屋から出ようとする。取り残されるような感覚を覚えたミソラは、ソロの腕を掴んだ。
「……何だ?」
赤い瞳が、「もう話すことはない」と訴えてきていたが、ミソラはひるまずに口を開いた。
「私の質問に答えてないよ。一体何しにきたの? もしかして、KNステーションを破壊しに来たの?」
ソロはその質問に一切答えない。ノーコメントでごり押しするつもりだと予想した。
なら、自分はこう言うだけだ。
「あれだけ痛い目に合わされたのに、まだキズナより孤高が強いなんて思ってるの?」
ソロはその手を振り払い、無言で部屋を出て行った。