できるならば、
あんたと、もう一度。
「シルバー、ソニックたちからの誘いだ。ついて来い」
「はぁ?」
……と言うわけのわからない流れで、オレはまた200年前の過去(言うなれば、ソニックたちの時代だ)に来ていた。
シャドウいわく、「ソニックたちの誘い」との事。さっぱりわけが解らない。
「強引な性格はあの頃からなんだな……」
頭を抱えたくなるのをこらえつつ、シャドウの後を追う。場所は……ソレアナの広場だそうだ。
聞けば、ソレアナは今日から祭りらしく、ソニックたちはその祭りを見学するらしい。遊びまわるなら少人数より大人数、というわけか。
それにしても。
未来人であるオレまで呼び出すまで、ソニックも強引な性格だ。カオスコントロールがあるからこそ考え付く無茶なんだろうけど。
そんな風に呆れながら歩いていると、遠くから「おーい!」と呼ぶ声がした。
「ソニックたちだ」
「ああ」
オレとシャドウは、ソニックたちが呼ぶ方へと走る。……とは言っても、オレは足が遅いからシャドウの後を追いかける感じになるんだけど。
集まっているのは1、2、3……8人か。ソニックにテイルス、ナックルズ、エミーに……。
……8人目が誰か理解した瞬間、足が止まった。
「あ、来たわよ!」
「遅いぜ、シルバー!」
ソニックたちが呼ぶ声で、ようやくオレは立ち止まっていた事に気づく。
一旦首を振って、深呼吸。それからいつもと変わらない表情を作って、ソニックたちの方に駆け寄った。
「悪い悪い、ちょっと立ちくらみ起こした」
「何だ? 具合でも悪いのか?」
「薬でももらう?」
「平気だって」
口々に心配するナックルズやエミーに、心配するなとジェスチャーする。シャドウやルージュは相変わらず大人な表情だ。
でもオレが気にしているのはそいつらじゃない……。
「ソニックさん、その人は誰デスか?」
「……」
テイルスよりも小さなウサギの少女と、その後ろに立っている少女。
ソニックは一瞬焦ったような顔になったが、すぐにいつものクールな顔になって、「自己紹介したほうが早いぜ」と言った。
ウサギの少女はそれで納得したらしく、「クリーム・ザ・ラビットデス!」と挨拶してきた。
そして。
「ブレイズ・ザ・キャットだ……」
クリームの後ろに立っていた少女――ブレイズが、オレに挨拶した。
あまりにも同じすぎるその声に、足が震えそうになる。歯を食いしばりそうになる。――目頭が、熱くなる。
でもオレは、それらを全部こらえて一歩前に出た。
「シルバー……」
そしてオレは、もう一度「彼女」に名前を名乗った。
「シルバー・ザ・ヘッジホッグだ」
「悪い、シルバー」
祭りの街を歩く中、ソニックは開口一番オレに謝ってきた。
「まさかクリームがブレイズを誘ってくるなんて思ってなかった。俺のミスだ」
「あんたは……知ってるのか? あのブレイズを」
「ああ……」
ソニックは話してくれた。異世界の皇女。ソルエメラルドの守人。あえて感情を抑えて戦い続けてきた少女。そんな彼女と、クリームの邂逅。
オレにとっては驚きの連続だったが、どこかで納得できる部分もあった。オレの知ってるブレイズと、ソニックの知るブレイズ。共通点は多い。
だからこそ、あのブレイズとの出会いは、オレにはきつすぎた。
「本当に、悪かった」
「気にすんなよ」
珍しく頭を下げるソニックに対し、オレはそう答えた。強がりでも空元気でもない。本当にそう思った。
これはオレの問題であって、ソニックのミスじゃない。いつまでも彼女の死を引きずる、オレが悪いんだから。
だからこれは、ブレイズがくれた最後の試練だと思う事にした。これを乗り越えなければ、いつまでもオレは姉にすがりつく情けない弟なのだと。
それを言うと、ソニックは苦いながらも笑ってくれた。
……そう思う事にしても、やっぱり、オレの知るブレイズと全く同じなブレイズを見るのは、辛かった。
だからオレはエミーの誘いを断り(どうやらソニックは、テイルスとナックルズを連れてもうどこかに行ったらしい)、一人で祭りを見て回る事にした。
屋台を冷やかしたり、ちらほら見かける大道芸人の芸を見たり……、そんなのでもオレの心は少しは晴れる。
何せオレの世界では見た事もない物ばかりなのだ。心が自然と浮き上がるのも、無理はないと思う。オレは誘ってくれたソニックたちに素直に感謝した。
適当にふらふらと歩いていると、シャドウとルージュの二人と会う。
「はぁい、シルバー。楽しんでるかしら?」
相変わらず無表情のシャドウに代わり、ルージュが挨拶してくる。オレも手を振ることで、彼女の挨拶に答える。
「祭りって凄いんだな。おもちゃ箱みたいだ」
「素直な感想ね。……ってあんた、一人なの?」
「ああ。……それがどうかしたのか?」
「んー、クリームとブレイズについてるのかと思ってたんだけどね」
その二人の名前が出された瞬間、オレの心がちくりと痛む。ルージュも失言に気づいたらしく、「ごめんなさいね」と謝ってきた。
「無神経だったわ」
「気にすんなって。どこかで会ったら挨拶するさ」
「あらそう?」
そうそう、と手を振ると、ルージュはソニックと同じように微妙に苦笑を浮かべた。どうもオレは、相当皆に心配されているらしい。やれやれ。
長話をすればするほど墓穴を掘ると思ったか、ルージュは「ま、頑張りなさいよ」と元気付けてから、シャドウを引っ張っていく。
そのシャドウはと言うと、すれ違う瞬間にオレの肩を軽く叩いていった。
言葉はなかったが、それがシャドウなりの励まし方なんだとすぐに解った。
二人と別れた後、オレはまた適当に散策していた。
祭りの中を歩くのは少し疲れたと思って少し休める場所を探していると、見覚えのある場所に着いていた。
……ああ、思い出した。
まだソニックをイブリース・トリガーだと思い込んでいた頃、エミーに去られて落ち込んでいた時、オレはここに座り込んでいたんだ。
どのくらいの時が経ったのか解らなくなる頃、後ろから足音が聞こえてきて……。
「こんな所で何をしているんだ?」
体が震えた。
後ろを向きたくても、体が動かない。動くなと何かがささやいてすらいる。でも、それでも。
「どうした?」
「い、いや、何でもない」
いつの間にか移動してきたブレイズが、オレの隣に座った。
なんで。
どうして。
動揺が止まらない。息が苦しくなる。
「……クリームはどうしたんだ? あの子をほったらかしに……」
「そのクリームから、お前の様子を見て来いと言われたんだ」
何とか動揺を抑えようと口に出した問いは、あまりにもあっさりと答えられた。……6歳児にまで心配されてる自分に、泣きたくなる。
(そうか、オレは泣きたいんだ)
唐突に気づく。
今隣にいる彼女は、あまりにもオレの知るブレイズに似すぎていて。それでいて大きく違う絆を持っていて。オレの事を全然知らなくて。
――彼女は、「ブレイズ」だけどブレイズじゃない。それを認めてしまうのが恐ろしくて、泣きたいのだと。
「……オレさ。パートナーがいたんだ」
ぽつりと口を開いた。
隣に座るブレイズが、オレの顔を見ているのが解る。
「凄く頼りになる女だった。オレよりも強くて、ずっと頭がよくて、同い年なのに大人で、しっかりしてた奴だった」
本当はオレが子供なだけなんだけど。
そう付け加えると、ブレイズがくすりと笑った気がした。
「オレなんかよりも、ずっとずっと立派な奴だった。だけど」
「だけど?」
初めて彼女が相槌を打った。
その相槌のおかげで、オレは言うのが辛い事を口に出すことが出来た。
「消えたんだ。オレの目の前で。オレの代わりに、力を全部使い切って」
「……」
「何にも、出来なかった」
目に浮かぶ、あの一瞬。
自分の無力さをあれほど嘆いたことはない。オレは最後の最後まで、彼女に頼らないと何も出来なかった。
「何かしたかった。未熟で、情けないオレだけど、せめて力になりたかった。最後まで、一緒に戦いたかった。なのに、実際は、何も」
「……青いな」
懐かしい言葉に、言葉が途切れた。
「過剰な自責は己の破滅を招くだけだ」
冷たく切り捨てるような、でも暖かみのある言葉。懐かしすぎて、胸の奥がじんと熱くなる。
ブレイズはそんなオレの動揺なんて気づくことなく、淡々と言葉を続けた。
「私はその女ではないが、もし仮にその女と同じ立場になったなら、きっと同じ事をしただろう。
そしてこう言っただろうな。……お前のそのまっすぐな思いは、嫌いじゃない、とな」
――お前の青さは、嫌いじゃない。
ブレイズの最期の言葉が頭に浮かぶ。
あの時確かに彼女はこう言った。そして、初めてオレに向かって笑ってくれた。
だから、もっともっと、ずっとずっと、一緒にいたかった。
いつまでも一緒だって、信じたかった。
……ああ、やっぱりあんたはブレイズだ。
オレが知ってる……オレが知らないブレイズだ。
「あのさ」
泣きたくなるのをこらえ、すっくと立ち上がる。
「オレのパートナー、あんたに似てたよ。びっくりするくらい、あんたに」
「そうか」
オレに合わせてブレイズも立ち上がる。
まだ高かった日が、少しずつ落ちている。もうすぐ、帰りの時間になるだろう。
「さ、帰ろうぜ。クリームたちが心配してる」
自分を元気付けるように言うと、ブレイズもふっと笑って「そうだな」と言った。
なあブレイズ。
オレはあんたが好きだったよ。
今もこれからも好きだって言える。
この先どれだけ生きても、その気持ちだけはずっとずっと忘れない。
さよなら、ブレイズ。
できればこんな風に、あんたと祭りに行きたかった――。