『そろそろホワイトデー。世の男性諸君、準備してますか?』
画面の向こう側のアナウンサーが、そんな煽り文句を言う。
何の気にもなしに足を止めたソロの前では、インタビュアーが町中の男性にマイクを向ける画像が映っていた。
日付を確認すると、現在3月12日。ホワイトデーまであと2日だ。
マイクを向けられた男たちは、リクエストが高いとか言いながら苦笑している。ただ、どの相手も揃って「バレンタインにもらったからお返しする」という意思はあるようだ。
ソロはふと、手元を見た。
1ヵ月前、自分も同じようにバレンタインにチョコをもらっている。白金ルナと響ミソラからだ。
自分も、何か返すべきだろうか。
正直無理やり渡された感もあるので(特にルナは)、「お返し」自体したくない。しかし、貸しがある以上返さないのは自分のプライドが許さない。
渡すか否かで悩んでいるうち、その足は表街道を外れて行った。
気づけば、やや寂れた店の前に立っていた。
装飾が剥がれたガラス戸は、明らかに世間の流れから隔離されている。店なのは間違いないが、客寄せの努力はあまり見られなかった。
何となく自分と重なるようなその店に、ソロは一歩入り込む。
店は予想以上に明るいのだが、その理由は売り物だった。ガラスの小物が明かりを反射し、きらきらと輝いている。
なんとなしに眺めていると、売り物の一つが目についた。
鮮やかな装飾が施された、輝くガラスペン。あまり文章を書かないソロにとっては無縁のアイテムだが、何故か目を引き付けられた。
「いらっしゃい」
奥から一人の老人が現れ、客を歓迎する。ソロは一瞬そっちに視線を向けるが、すぐに視線をガラスペンの方に戻した。
「気にいったか?」
「……」
返事はしない。
気に入ったかというより、気になっただけだった。
「……在庫が1本だけあるから、売ってやろうか?」
「何?」
欲しいとも言っていないのに、店主は奥の方に引っ込んで実物を持って戻って来た。
「誰かへのプレゼントにしたいと言ったところか。綺麗な包装紙はないが、リボンぐらいならかけてやる」
「……何故そう思った」
「何となく、だ。あとホワイトデーも近いしな」
心の中を勝手に想像されたようで少しいらつくが、店主はそんなソロの視線などお構いなしとガラスペンを袋に入れてさっとリボンで閉じる。
「もらったなら返しておけ。それが自分の気持ちの整理にもなる」
店主がぼそぼそと言いながら、袋をソロに手渡した。
気持ちの整理。そう言われて、心の中のイライラが少し消えた。
確かに。もらった時の疑問やらもやもややらを少しは解消できるのなら、「お返し」も悪くない。
(結局、あの女のチョコもオレ宛だったしな……)
ソロの心にもやもやを与えたあのチョコレート。結局あの後、とある人物から「ミソラが自分に渡すために買ってきたチョコだ」と教わった。
何故彼女が嘘をついたのかまでは解らないが、嘘をつかれたのは事実。やり返さないと気が済まなかった。
たまにはこういうイベントに参加してやるのも悪くはないだろう。
代金を支払い、ソロは店を出る。
後はもう一つお返しを買うぐらい。どこで何を買うかはまだ考えていないが、気になる物が目に飛び込んでくるかもしれない。
そのぐらいの気楽な足取りで歩きだした。
――ソロは気づいていない。
ペンを受け取った時、かすかながらも口元が柔らかな笑みを浮かべていたのを。
それは人生で一度も浮かべたことのなかった、「いたずらをしかける時の子供」のような笑みだった。