わたしのへや

 見方が少し違うだけで、考え方も違う。
 彼の言葉は一種の哲学だ。

 これが最近加わった、ミソラのソロ――『彼』の評価である。
 最初はただの敵だったが、徐々に色々付け加えられて、今では『彼』という存在が解らなくなっている。自分にとって、彼は何なのだろう。
 唯一つ言えるのは、彼は自分とは大きく違うと言う事だ。
 人に愛され、自分も愛し、人に求められるから、自分も求める。それが当たり前の、暖かな自分の世界。
 対する彼は、人に何も求めず、何も求められず、人が否定するから、自分も否定する。そんな冷たい世界。
 でも何故、住む世界が大きく違うのに、自分たちは同じ世界に立っているのだろう。
 ファンタジーの世界の人が現実の世界の人を認識できないように、自分と彼も認識できないような間柄でいれば楽だったのに。――たまにそう思う。
 でも全く違うからこそ、解るものもある。最近、ようやくそれが理解できてきた。

 きっかけは、一つの偶然からだった。

 彼にどう言う心理があったのかは解らない。本当に偶然だったのかも知れないし、ただの気まぐれかもしれない。
 ――もしかしたら、頼りに来たのかも知れない。
 はっきりしているのは、自分のマンション近くで出会った彼が高熱を出して倒れた事。
 熱の原因は疲労。解熱剤を飲んで安静にしていれば治る、と医者は診断した。
 さすがに医者の診断にケチをつけられなかったのか、彼は大人しく薬を飲み、寝てくれた。初めて見る彼の寝顔は、予想以上に幼く見えた。
 微妙に出来が悪いおかゆに口をつけたのは翌朝の事。味を聞けば、「食えなくは無い」とそっけない一言が返ってきた。
 いつものように仕事があったのだが、その日はわがままを言って午後からにしてもらった。家を空ければ必ずここから出て行く。そう確信していたからだ。
 普段ならともかく、熱がまだ下がっていない病人に、それをさせるわけにはいかなかった。
 薬を飲ませ、汗を拭き、布団や服を変える。彼はものすごく嫌がったが、やらないと悪化する可能性があったので、強引に敢行した。
 彼がそれを言ったのは、そんな中での事。

「……この部屋は、貴様の部屋か?」
「そうだけど?」
「どこに貴様がいるんだ?」

 最初、何を言っているのかさっぱり解らなかった。
 最初だけではない。掃除する時も、薬を飲ませる時も、料理する時も、おかゆを出す時も、その疑問で頭がいっぱいだった。
 この部屋は、自分の部屋。自分が好きな物でいっぱいな、自分が愛する部屋。
 間違いなく、自分が帰る部屋。
 それなのに、彼はこの部屋に自分はいないと言う。
(何だろう)
 キャンセルし切れなかった仕事をしに行く時も、その疑問が頭から離れなかった。どれだけ注意されても、叱咤されても、それがこびり付いていた。
 解らない。
 その言葉だけが頭を埋め尽くして、結局今日はロクに仕事にならなかった。

 でも。

 家に戻った時。
 暗く誰もいない家に戻ってきた時、彼の言葉が何となく解った気がした。

 迎えてくれる可愛いウサギの置物、玄関を満たすミントの香り、ピンクがメインの壁紙、ふわふわもふもふのファーがついたスリッパ。
 ベッドの2割を占領するぬいぐるみたち、華やかなレースのカーテン、明るい色でまとめたベッドカバー、さりげなく置かれた小物たち。
 薄紅色の硝子の花瓶、その花瓶に生けられた色とりどりの花たち、所々で飾られたインテリア、テレビなどの生活用品。
 クローゼット内に並ぶお気に入りの服、バッグ。
 これら全ては、みんなファンからもらった物だった。愛情あふれるメッセージと共に誰かからもらった物たち。
 そこには「自分で」手に入れたものは無い。自分で選んだものはあっても、それらは全て誰かからくれた物。最初から自分で手に入れた物は――無い。
 彼は、それを指して「自分がいない」と指摘したのだろう。
「……なるほど」
 思わず手を叩いてしまった。
 自分は、たくさんの人に囲まれ、たくさんの人から作られている。いろんな人の想像する「響ミソラ」が、今の自分を形作っている。
 だけど、それは悪い事ではないと思う。
 たくさんの人から作られていると言う事は、それだけたくさんの人に愛されている証拠だ。愛し愛され、作り作られ、人は出来ていく。
 彼としては、指摘と言うより皮肉だったのだろう。だが、自分にとっては指摘であり、一種の教えであった。
「今度、何か買いに行こう」
 誰かのための物ではなく、自分のための物。自分が楽しむショッピング。悪くないと思う。
 ついでだから、彼がまたふらりとこの辺りに顔を出した時のために、彼が気に入りそうな物も買っておこう。直接渡して驚かせるのも、悪くない。
 きっと彼は、誰かからもらった物はないだろうから。
 今回のお礼に、誰かから物をもらうのも悪くないのだと教えてあげよう。