とある孤高の戦士のホワイトデー

 ソロは困っていた。珍しい事に。
 理由は一つ。明後日来る3月14日の事だ。
「……『ホワイトデーは3倍返し』……」
 あちこちで見かけるこのフレーズ。ホワイトデーを盛り上げるための口実の一つだが、今はただソロを悩ませるだけに過ぎない。
 そもそも、ホワイトデーなどつい最近知った事。一応日付は知っていたのだが、自分には関係ないと高をくくっていたのだ。

 ……2月14日に、手作りチョコレートを二つもらうまで。

 贈り主は、白金ルナと響ミソラ。
 彼女達いわく、「助けられたのは事実だから」。もらう理由はないが、受け取らないのは男の恥とか言い出したため、渋々受け取った。それが2月14日の出来事。
 その後、14日がバレンタインだったのを知り、お返しはホワイトデーでということを知った。そして、それは3倍以上の物を返さないといけない事も。
 そこまではいい。問題は、何を贈るかということだ。
 手作りチョコの3倍以上の価値がある物とは、一体何なのか。単純に3倍以上の値段のものを贈ればいいのか、金額以外の価値があるものを贈らないとダメなのか。
 解らない。何一つ解らない。いっそ贈らないでおくべきか。そっちの方がマシなんじゃないのか。
「……落ち着け」
 無意味な自己否定になりそうな思考を押さえ、もう一度原点から考え直す。
 まず、チョコの贈り主である白金ルナと響ミソラについて考える。贈ってきたのが彼女たちなのだから、返すものも彼女達の嗜好に合わせるのがいいだろう。
「あの二人が好きなもの……」
 ……頭に浮かんだのは、一つだけだった。

 3月13日、コダマタウン。
 家への帰り道を、スバルとウォーロックが歩いていた。
「おい、スバル。明日のホワイトデー、ちゃんとプレゼントそろえたか?」
「な、何とか……」
「ちゃんとしたもん贈れよ? 何せ気合の入った「ほんめいチョコレート」だったんだからな?」
「ははは……」
 ウォーロックの邪推(半分当たってるのだが)に、スバルは苦笑いする。あの二人は大事な親友であって、彼女というわけではないのだ。
 しかし、手作りチョコをもらった以上、お返しもそれ相当な物でないといけない。スバルはそう考え、大分前からプレゼントを用意していた。
 中身は秘密。明日のホワイトデーに披露する予定だ。
 心なしか軽い足取りで歩いていると、突然声をかけられた。
「星河スバル」
「ん?」
 誰だろと思いつつ後ろを向こうとした瞬間、首筋に手刀が入り、スバルは意識を失った。

 どことも知れない場所で、スバルは意識を取り戻した。
「ん、うぅん……」
「……気がついたか」
「ま、まあ……ってええっ!?」
 聞き覚えのある声に、スバルの意識が完全に覚醒した。この鋭いナイフのような声は……。
「ソロ!? どうしてここに!?」
「……」
 久しぶりに会ったライバルは、こっちの質問に答えずに袋をごそごそとしている。ソロと袋。微妙にマッチしていない気がする。
 だがそんな適当な考えは、彼が手にしたロープみたいなもので吹っ飛んだ。平べったいようだが、穏やかではないのは間違いない。
 そして気づく。自分は後ろに手を縛られている!
「ちょ、ちょっと、これってどういう事!? 何で僕、縛られてるの!?」
「黙れ……」
 ソロは手にしたロープらしきもの――リボンをびっと伸ばす。
「大人しくプレゼントになってもらう……!」

「本当なのウォーロック!? 本当にここにスバル君がいるのね!?」
「ああ、間違いねぇ!!」
 ルナの問いに、スバルの気配を追っていたウォーロックが強くうなずく。
 ウォーロックがハンターVGから飛び出したのが幸いだった。スバルをさらった相手――ソロは、尾けられているのに気づかなかった。
 彼がスバルを連れてどこかの小屋に入ったのを確認してから、ウォーロックはルナとミソラに連絡を入れたのだ。
「それにしてもソロ君がスバル君をさらうなんて……」
 少ないなりにソロと面識があるミソラが首をかしげる。人をさらうなど、彼の性格上やりそうにないのだが……。
 考え込みそうになって、慌てて首を振る。今はスバル君だ。ソロのことは後回しにしよう。
 小屋前に立って、ウォーロックが気配を探る。
「……いるな」
 小屋内からは声は聞こえないが、二人はいるらしい。となると、後やる事は。
「うおりゃあっ!!」
 ビーストスイング一発で、ドアは切り開かれた。次の瞬間、ルナとミソラは中へと飛び込む。
 ……そして、言葉を失った。

 ソロが無理やりスバルをリボンで結んだ挙句、袋に入れようとしていた。

「ちょっ、痛い痛い! っていうか何で袋なのさ!?」
「このサイズに合う箱がなかっただけだ……」
 何と言うか、シュールな光景。ソロは頑張ってスバルを袋に入れようとしているし、スバルは必死にそれに抵抗している。リボン巻きのままで。
 いったいどういう誘拐だ、と突っ込む前に、ソロがこっちに気がついた。

「き、貴様ら! ホワイトデーにはまだ早いぞ…!?」
「「「「はぁ?」」」」
 完全沈黙。

 ……たっぷり5分は沈黙した後、ウォーロックがおずおずとソロに問うた。

「お、お前……まさか、そのリボン巻きスバルを委員長とミソラに贈るつもりだったのか?」
「……その通りだが?」
「「「「だぁぁああっ!!!」」」」

 至極当然にうなずくソロに、スバルたちが自爆する。
 確かにオトナのネタで「プレゼントはわ・た・し」というのがあるが、まさかその変化形をソロが実践しようとしていたとは。
 しかも彼の場合、ネタではなく心の底から本気でそれをしようとしたのだから、ある意味タチが悪い。
「あ、あのねぇ……ソロ」
 自爆のダメージからようやく回復したルナが、よろよろとソロに近づいて説明する。
「ホワイトデーのお返しはね……お菓子でいいのよ。贈られたものと同じくらいの価値がある、と思った物を返してもらえれば、それでいいの」
「……何?」
 珍しく、ソロがぽかんとした顔になる。
 ミソラも何とか回復したらしく、ふらふらとソロに近づいた。
「あのね、スバル君を贈られても、私達困るだけだよ。スバル君は物じゃないもの」
「……そうか?」
 こくこくとうなずくルナとミソラ。
「そうか……」
 何となく肩を落としたようなソロを見て、スバルたちは彼に同じ感想を抱いた。

 天然で、世間知らず。

 こうしてスバルは無事解放され、ソロは「別のを考える」と言ってスバルたちと別れた。
 そして翌日。
「ちょっとミソラちゃん、届いた?」
「届いた届いた! な、何でお返しがこれになるの!?」
 ルナとミソラは、ソロからのお返し――値段にして1万ぐらいの超高級お菓子詰め合わせ(しかも二人分だ!)を前に、困惑した顔を見合わせた。

 二人の中で、ソロへの感想が一つ増えた。
「超がつくほど極端」と。