ボクらの太陽 Another・Children・Encounter48「サンクス・フレンズ」

 元気でね

 

 棺桶からのダークの攻撃からかばわれたのだ、と気づいたのはすぐの事だった。だが、「誰から」かばわれたのかを理解するのには、しばらくの時を要した。
 それだけ信じられなかったのだ。エフェスが、自分の前に立って全ての攻撃を受けているとは。

 ただ、パイルドライバーがその役目を終えて、撤去される音と。
 仲間たちが自分を見てほっとため息をつく音と。
 エフェスから流れる血の音が、この場の全てだった。

 絶叫。

「エフェス……ッ!!」
 柱が倒れるように、棒立ちになったままエフェスは倒れる。ダークの刺した三つの針を、抜くことなく。
 針はわき腹、左肩、そして心臓を正確に貫いていた。常人ならショック死、熟練の戦士であっても出血多量の衰弱死は、避けられそうにない。
 すなわち、どう足掻いてもエフェスはこの一撃で――死んだ。
 仲間が駆け寄るのは、シャレルの元か、エフェスの元か、どっちだったのか。
 とにかくレビたちがこっちに向かってくる前に、シャレルはエフェスの元に駆け寄り、フートはよろよろと棺桶をこじ開けてまろぶようにエフェスの元に寄る。
 針を抜いて身体を起こしてやると、エフェスは唸りながらも何とか意識を取り戻した。だが、その顔色は青を通り越して白く、もはや助からない事を示している。
 ――そう、彼の肌はイモータルが持つ青白さではなく、人の持つ色へと変化していたのだ。劇的に血の通った肌の色に変わっていたわけではないが、この色は確かに人間が持つそれだった。
 何故自分をかばったのか、何故生き返ったのか。いくつもの「何故」が浮かんで消える。
 どうして、自分をかばったのさ。
 何で、ここに人間としているのさ。
 どうして、何で、どうして、何で、どうして、何で、どうして何でどうしてどうしてどうしてどうして――!!

 どうして、笑って、いるんだ――!

「エフェス……ッ!!」
 もう一度、名前を呼ぶ。
 その口から命の切れ端がこぼれているのにもお構い無しに、身体を揺すり、ただ答えを求めた。
 元より答えが来ないのは覚悟の上だ。口を開く前に、彼はその短く儚い人生を終えるだろう。
 でも、それでも。

「……エフェスは、幸せ」

 彼の口から、求めていた「答え」が出た。
「エフェスのために……生きれた。エフェスは……影としてじゃなく……フートを守りたい。シャレルを助けたい。お願いしたら、かみさまは叶えてくれた」
 かみさま。
 それは太陽意思ソルのことか、それとも銀河意思ダークの事か。それとも、もっと違う圧倒的な何かなのか。シャレルには全く解らなかった。
 どちらにしても、いつの世であっても存在だけが一人歩きしている悪質の塊。
「だから、エフェスは、こ、これでいい」
 もはや体温は消え、視点もぼやけている。舌がもつれ始めている以上、もう彼の命は亡きに等しい。
 だからだろうか。彼は、とても穏やかな顔をした。

「エフェスは、幸せ。だから」

 ――ありがとう。
 その言葉は、言わずとも解った気がした。
「泣かないで」という言葉を、彼は知らない。泣くという行為を、彼は知らずに逝く。
 何も知らない彼が知っている、数少ない優しい言葉。それが「ありがとう」。精一杯の、彼の感謝の気持ち。

 そして、少年は、その目を閉じた。

 

 ――かくして、時間を超えたダークの陰謀は、一応完全に阻止したことになる。
 だが、あくまでダークたちにとってこれはゲームの一つに過ぎず、また暇をもてあました時にゲームを再開するのだろう。
 駒とした人間やイモータルの変化に気づくことなく。
 変化する存在に、本能的に怖れながら。
 意味のないゲームを、ずっと。

 

 ジャンゴは、太陽樹の元へとやって来た。
 いつの間にあったのか、ガン・デル・ソルが無造作に落ちている。これがここにあると言う事は、未来での役目を終えた――戦いが終わったと言う事だろう。
 もう、未来からの声は聞こえない。
 ジャンゴは思う。結局、僕は何が出来たのだろう。ダークの影を恐れ、大切なものをこの手で壊す事を恐れ、未来そのものを恐れ。
 元々、人間は臆病な生き物だ。火や武器というものを覚えなければ、きっと今も大きな肉食動物に怯え、逃げ回るように生きていたに違いない。
 それが武器を手に取った瞬間、勇敢と言うものを知り、正義と言うものを知り、憎しみと言うものを知った。
 永く永く続いた、人の生き様。変わることのない、武器――力への渇望。終わることのない、憎しみと優しさの連鎖。
 今この手にある武器は、それを知っているのだろうか。
「ジャンゴ」
 名前を呼ばれたのでそっちの方に顔を向けると、ザジが立っていた。こういう時は、大抵サバタかリタが立っているのだが、今回は違った。
(もしかしたら、ザジは今回の事、最初から全て知っていたのかもしれない)
 ふと、そんな考えが頭をよぎる。
 星読みという形で未来を垣間見る事ができる彼女が、未来の事を何ひとつ掴んでいないわけがない。それでもあえて黙っていたのは、未来の不安定さから来る恐怖だったのだろうか。
「未来は、余りにも脆いんや。人の記憶が儚いのと同じように、未来そのものも儚いし、とても危うい。せやけど、何故それに希望を託せると思う?
 壊れたとしても、また作れるからや。何らかのアクシデントで、『あるべき未来』っちゅーのが壊れても、それを集めて再生する事は可能や。まあ、丸っきり同じとはいかへんけど。
 一応未来を託すにゃ充分、て程度やな」
 いつもとは違った淡々とした口調が、逆に真理を語っているようでドキッとなる。ザジの方は、そんな動揺に気づかずに続けた。
「ジャンゴ、今回ウチが何で何一つ言わへんかったか解るか? 未来を知るっちゅーのは、所詮まやかしに過ぎへん。未来を知るという行為が終われば、見た未来が「過去」に摩り替わるからや」
 つまり、ジャンゴが未来でシャレルと話した事が、シャレルの時代でもう一度行われるとは限らなくなる。「もしも」の連鎖が積み重なり、全く違った事件になるかもしれないのだ。
 もちろん、同じようになっていく可能性はある。だが、本当にそうなるのかと聞かれれば首を横に振らざるを得ないのだ。
 ジャンゴがシャレルと会話したのは、過去のことなのだから。
 その辺りのことが全然わからずに首をかしげるジャンゴを見て、ザジは肩をすくめた。
「んな真面目に頭抱えんでもええねん。結局、ウチが予想した最悪の展開にはならへんかったのやろ?」
 ジャンゴは苦笑いをした。確かに、ダークを追い払ったのだから、余り悩まない方がいいのかもしれない。……ザジが想像していた最悪の展開が気になったが、一応それは聞かないでおく。
「肝心なのは、どう受け入れるかだろ?」
 そう言ってやると、ザジはにやりと笑った。

 風が、さらりとカーテンを揺らす。それにあわせて、気まぐれに太陽の光が差し込んだりしていた。
 心地よいその風を受けて、サバタは完全に寝入っている。
 もう心を殺す必要はない。心を殺そうとして来る者はない。弱々しいままでいる必要はない。

(本当に?)
(うん、本当に)
(誰かにすがり付いていないと、生きていけないのに)
(もうそんな事は、したくない)
(どうして?)
(そのままじゃいけない、って解ったから)

 最近、考えることがある。
 ダークマターは憎しみなどを食うのではなく、自分の弱く醜い部分を増幅させているだけではないかと。自分が目をそらし続けていた部分を食らい、知らない内にそれを他人に見せ付けているのだと。
 サバタが目をそらしていた自分――全てに甘えきり、誰かにすがりついただけの自分を、ダークマターは即座に感知し、それを増幅させていた。
 しかしそれは、イコール自分の本当の姿とも言えた。大きなものから目を背け、誰かにすがりつき、人形を演じていた自分。それは紛れもなく、弱く醜い自分の形。
 だから対抗するものとして、太陽と大地の力があてがわれた。強い自分の形と、優しい自分の形を、その力の中に隠していた。
 遥か過去の記憶で、最初の太陽仔はとてもすがすがしい顔をしていた。弱く醜い自分の形を吹き払えるほどの自分の形を、既に持っていたから。
 まあそれは所詮仮説に過ぎない。思いついたのもつい最近だし、確証たるものは何一つない。妄想といわれれば、それまでの説だ。
 ただ、何となくそう思うだけなのだ。今までずっと支配していたものが体から抜けていく感覚。全てから介抱された感覚が、とても心地よい。
 穏やかな寝息を立てて、サバタは泡沫の夢を見る。淡いながらも、しっかりとした夢を。

 

 現在と未来。二つのサン・ミゲルに日が落ちる。
 太陽仔は、闇から救い出した子に手を差し伸べ、笑顔で言う。
 穏やかで優しい言葉を。
「いっしょに帰ろう」

 いっしょにかえろう。ぼくたちのまちへ。
 いっしょにかえろう。やわらかなときをすごすいえへ。

 いっしょにかえろう。だいすきなあなたと。