ボクらの太陽 Another・Children・Encounter42「自分のために戦わないなら全てが無駄だ」

 かつて彼が聞きました。
 人の心は何だと。
 かつて彼は言いました。
 生きるためには自分以外の存在が邪魔なのだと。

 

 フートの様子は少しやつれている程度で、そう大きな変化は見られない。
 だが、彼に言わせれば中にいるダークがそう見せかけさせているだけで、本当はいつ目覚めてもおかしくないらしい。もしそれが本当だとすれば、かなり大問題だ。
 倒すにしても、ダークがフートの中にい続ける限り、彼を道連れにしてしまう。しかも道連れにしたところで、ダークはまた別の器を探せばいいだけなのだから、いたちごっこだ。
 フートを傷つけずに、ダークに大きなダメージを与えられる方法。それがあれば。
(いっそフートの心の中に入り込めればなぁ……)
 ばい菌などではないから、心の中に入った所で一発でダークだと解るとは思わないが、それでもフートごと浄化するよりかはマシかに思える。
「何かいい方法ないかな?」
「そんなの俺が聞きたいくらいだ」
「……」
 そりゃそうだ。シャレルは自分の問いを恥じた。
 一番この状況をどうにかしたいのは、誰でもないフートのはず。中にとんでもない爆弾を抱えたまま、のんびりとしていられる人間などそうはいないだろう。
 おてんこさまもいない。ブリュンヒルデもどこかに消えた。この状況で、ダークに対しての的確なコメントができる人材はほぼ0に等しい。
 どうすればいいのか。シャレルの脳内は、今その言葉で埋め尽くされていた。
 と。
 近くで、かたかたと何かが動く音がした。気になって音の方を見てみると、ブルーティカの周りにある何かが動き出そうとしている。
 ブルーティカの意志はもう生きる事をやめているのだが、ダークマターの影響で無理やり立ち上がらせようとしているのだろう。このままにしておくのはまずい。
 フートの事はひとまず置いておいて、まずはブルーティカの浄化をすることにした。おてんこさまがいないのがネックだが、簡易的なパイルドライバーなら作る事ができるだろう。
 シャレルはブルーティカを棺桶に閉じ込め、今まで来た道を戻る。その後を、ふらふらとした足取りではあるが、フートがついて行った。

 道具屋に戻り、リタをベッドに寝かせると、ジャンゴは酷いめまいに襲われた。
(こんな所で倒れるわけには……)
 そう言い聞かせるが、今までの疲れもあって気を抜くとそのまま意識を失いそうになる。頭を振って意識をしっかりさせようとするが、それ以上に眠気に近い何かがのしかかってくる。
 目を閉じよう。ジャンゴは素直にそう思った。
 そう考えると、急に足から力が抜けてくたっと倒れていく。心のどこかで警鐘が鳴り続けるので、近くにいた誰かの手を強く握った。
「……ゴ、……!」
「し……今……、……から……」
 誰かの声が聞こえるが、もうどうでもいい。誰が何を言っているのかも、もうどうでもいい。
 今はともかく眠っていたい。疲れを取りたい。
 眠って、彼女の心の中へと――。

 ……来……て…………助けて………………

 そんな声を、聞いた気がした。

 サバタのガン・デル・ヘルが鋭い音を立てて砕けた。
「ちっ!」
 ただの残骸となった長年の相棒を投げ捨て、サバタは素手で走る。誰も知らないことだが、ハーフパンツの中にダガーを二つ隠し持っているのだ。
 仕掛けを外して、大きく抜き出す。だがリタの姿をしたダークは、隠し武器に驚くことなく無造作に蹴り上げた。何のトリックも仕掛けもない、ただ足を上げただけの蹴り。
 それでも飛び込んできたサバタにはいいカウンターとなりうるので、危うい所でクリーンヒットを避ける。隠し武器であるダガーが、ほんの少しだけぶれた。
 ダークの動きは止まらない。サバタが下がった分前に飛び出し、今度は拳をぶつけようとしてくる。
 隙を狙っていたレビが、自分のガン・デル・ヘルを撃った。暗黒弾とは違ったエネルギー弾が、一寸の狂いもなくダークを狙う。
 狙われたはずのダークは、レビの攻撃をあっさり無視した。今正にサバタを捉えんとしている右手は黒焦げになったが、それでもためらわずに拳が振るわれる。
「あぐっ!!」
 攻撃でいくらか衝撃は減っているものの、それでも攻撃力の高い一撃を食らってサバタは悶絶する。自分自身のダメージを省みない一撃に、サバタは内心ぞっとした。
 ダークにとって、リタはただの器に過ぎない。代わりはいくらでもいる器のダメージなど、気にするまでの事でもないのだ。
 だがこっちにとって、リタは大切な存在だ。代わりはいない。だから必然的に彼女に行くダメージを考えてしまうのだ。
 自分たちがリタを傷つけるのが問題ではない。ダークがリタを傷つける方が、遥かに深刻な問題なのだ。
 レビもそれが解っている。だから攻撃に躊躇はないが、その一撃一撃に駆け引きも何もなくなっていた。自分たちは、吸い寄せられるように全力を出してしまっていたのだ。
 ダークに乗っ取られたリタは、今何を思っているのだろう。自分たちを傷つけていると言う事に、深い絶望を覚えているのだろうか。
(……中から何とかしないと、だめか……!)
 中――リタ自身に何か変化が起きない限り、圧倒的不利は変わらない。例えリタ自身に変化があったとしても、劇的に事態が変わるとは思えないが。
 それでも、一つだけ賭けはあった。ジャンゴの存在。
 彼はずっとリタの傍にいた。リタにとってジャンゴは支えだったし、ジャンゴにとってリタは支えだった。
 そんなジャンゴの声なら。もしかしたら、彼女は聞いてくれるのかもしれない。無謀な賭けだがな、とサバタは心の中でつぶやいた。
 まあ今はそんな事を考えていても仕方がない。とにかく時間を稼ぐなり何なりしないと、と思い、サバタは何度目か解らないダッシュをかけようとした。
 ――と。
 どこかから明るい光がこぼれたかと思うと、空間を無理やり開いて、誰かが中に入ろうとしてくる。レビやダークは首を傾げるが、サバタにはそれが誰かすぐに解った。
「……やれやれ」
 つい口にしてしまう。どうやら、自分たちは前座だったらしい。だいぶ長い前座だったが。
 そして転がり込むように、彼が出てくる。ふらふらとおぼつかない足取りなのは、まだ彼の意識がしっかりしていないからなのだろう。
 ふわり。全ての始まりと言う空間に、赤いマフラーがたなびく。
 こつ。地面などないはずなのに、ロングブーツが固い床を叩く音を立てる。
 かちゃ。腰にぶら下げた剣が揺れる。もう一つの武器である太陽銃は、まだその手にない。
 ゆらり。ようやく、その人物が目を開いた。

「……帰ろう。リタ」

 静かな声で、ジャンゴはリタに呼びかけた。

 

 昔彼女が言いました。
 無関心なのには慣れていると。
 昔彼女が言いました。
 貴方が死ぬ代わりに私が死にましょうと。

 

 ジャンゴの一言を、ダークは鮮やかに無視した。
「来たか、太陽仔。忌まわしき古き血にすがりつく者よ」
 その顔に余裕の笑みがあるのは、自分はジャンゴに負ける事はないと思っているからなのか。
 だが、ジャンゴは元から奴を浄化する気はなかった。相手は意思そのもの。最初から、完全に滅却できるものではないのだ。
 勝てる相手ではないのなら、やる事は一つ。リタを解き放つだけだ。
(死ぬのは覚悟のうちさ。……すぐに後を追ってきてくれるんだろ?)
 ジャンゴの脳裏に、サン・ミゲルでの再会のシーンが浮かんできた。ドゥネイルを浄化した後、懐かしいあの声が聞こえて、彼女があの広場にいたのだ。
 やれる事はある。そう言ってここに来てくれたリタは、ダークに取り付かれる前は何を思っていたのだろう。
 自分を追ってきてくれたリタ。自分のために命を投げ出そうとしたリタ。誰よりも自分を思ってくれるリタ。
 だからこそ、守りたいと思った。ダークの呪縛から解放しようと、心の底から思った。
「リタ、帰ろう。僕たちのサン・ミゲルへ。君と一緒に帰ろう」
 もう一度、ジャンゴはリタに呼びかける。届いてほしい。そんな願いを抱いて。
 リタからの答えは、ない。

 ――先に動いたのは、ジャンゴからだった。

「はっ!」
 愛剣であるブレードオブソルを片手に、ジャンゴが走る。サバタたちはもう既にこの場からはじき出されており、ここにいるのはジャンゴとダークだけだ。
 ジャンゴの特攻に、ダークも一応構えてくる。さすがに攻撃してくる相手に無関心、と言うわけにはいかないのだろう。
「……ふん、意味のないことがどこまで続くか、少しだけ見ておこう」
 拳が飛んでくる。サバタが内心ぞっとしたその拳は、やはりジャンゴもぞっとさせた。
(まともに打ち合えば、ブレードオブソルでも折れる!)
 ガン・デル・ソルがない以上、剣が折れれば攻撃方法が徒手空拳しかなくなる。徒手空拳はリタのもっとも得意とする分野なので、まずやられるだろう。
 ジャンゴは剣を引き、一度後ろに下がった。あわせてダークも飛び込み、拳を食らわせようとしてくる。逃げ回っても無駄と言う事か。
「くそっ!」
 捉えられる瞬間を狙い、ジャンゴは身体を沈める。幾筋の髪がばらけるのを感じながら、引いていた剣を上に向かって跳ね上げた。
 鈍い手ごたえと共に、ぼたぼたと血がジャンゴにかかる。腕が飛んでいないことを確認した後、左肘でダークの腹を強く打って、ダークを大きく吹き飛ばした。
 器にしているのが生身の人間のリタなので、攻撃が効かないわけではない。しかし回復速度は尋常なものではなく、一回咳き込んだだけで腹は大丈夫そうだし、切られた腕はもう血を流していない。
「ふ……」
 ダークがリタの顔で笑う。
 いつもなら人を明るくさせてくれるはずのその笑みは、中身が違うと言うだけで人を嘲笑うようなものへと変化していた。それだけでも許せない、とジャンゴは思う。
(リタの意識は、もうないのか!?)
 やはりダークに飲み込まれ、完全にその魂を消されたんだろうかと、絶望的な考えが頭をよぎる。相手は銀河意思。絶対に勝てる相手ではないのだ。
(……いやだ……)

 なぜ、嫌なの?
 なぜ、拒むの?
 なぜ、受け入れないの……?

 それは……。それは僕が……。