ボクらの太陽 Another・Children・Encounter28「極彩色墓地」

 リタの行方を追い、ジャンゴはサン・ミゲルを離れた。
 これはカンだが、彼女はサン・ミゲルやイストラカンなどの場所にはいないと思ったのだ。とにかく遠くへ。何となくそう思った。
 バイクを飛ばし、カンに任せて走る。この行く当てがなさ過ぎる旅は、いつまで続くのだろうか。
(もしかしたら、一生続くかもね)
 ため息一つつきながら、ジャンゴはアクセル全開にした。

 来るぞ。
 来ないで。
 ようやく会えるぞ。
 会いたくない。
 助けを求めろ。
 私を放っておいて。
 彼にすがれ。
 もう頼れない。

 こないでこないでこないでこないでこないでこないでこないデコナイデコナイデコナイデコナイd

 ぶつっ

 サン・ミゲルに残ったサバタはザジの元を訪れた。
 彼女はいつも通りに寝ていたので、機嫌を悪くさせないように充分に注意して起こす。いつもなら無造作だが、今は喧嘩している暇はない。
「…んにゃ?」
 苦労が叶って、ザジはあまり不機嫌な顔にならずに起きてくれた。無愛想な言葉をかけたくなるが、それも今はなしだ。
「どないした、サバタ」
「お前、リタの居場所を知っているだろう」
 開口一番にそれを聞く。リタが行方不明になったのは、サバタも知っている。
 もしかしたら――いや絶対に、ザジが彼女の行方を知っているのではないか、そう思ったのだ。
 案の定、それを聞かれたザジは視線をそらす。だが、サバタは小揺るぎもせずにザジの方を見つめた。ここで話を聞けなければ、一生リタは帰ってこないだろう。
 サバタにとってはあまり付き合いのない――元々ジャンゴとカーミラ以外、付き合いがないに等しいのだが――子だが、放っておいていい子でもない。
 特に未来で大きな事件が起きている今、彼女の失踪が何の関係もないとはとても思えないのだ。
 だがザジはまだ視線をそらしたままで、何一つ答えない。もしかしたら外れか、と思い始めた頃、ザジがぼそりとつぶやいた。
「あんたが、人を心配するなんてな」
「悪いのか?」
「……予想外やったってこと」
 ザジの一言にサバタは首をかしげた。確かに、自分は他人を思いやるキャラではないだろう。だがザジの一言は、そういうものではないような気がした。
 彼女が何を言いたいのか解らず、しばらく考えて……すぐに顔を険しくした。
「お前も、そう言うか」
「太陽と月は、常に同じ存在であり、対を成すものや。せやから、あんたら二人は常に一つの存在として見られる。
 ――そして、一つになるべく存在としてな」
 吐き気がしそうになった。
(お前も、そう思うか。お前すら、俺たちの自由を認めないか)
 お前たちは一つになれ、それが運命だ。もう聞き飽きた言葉だ。
 太陽と月を背負わされた一族は、常に使命に縛られ、過去を背負わされ、現在に苦しみ続ける。全ては、自分たち以外の人間の未来のために。
 何故なら、吸血変異を起こさないのは月の一族だけだから。吸血鬼を倒せるのは太陽の一族だけだから。つまり、月と太陽が合わさった自分たちは、最高のヴァンパイアハンターであり、月下美人なのだ。
 その最高級の血を失わない為、その血の持つ力を強める為、皆が揃って自分たちを縛り付けていく。得てきたものを捨ててでも、一つになれと言ってくる。
(俺たちに自由はないのか!)
 本当に叫びたくなる。世界中の人間に対して。
 自分たちに無理難題を押し付けて、のほほんと生きていくのか、と。お前たちは自分たちに対して、何一つ申し訳なさもないのか、と。
 憤りのない怒りを抱えていると、ザジがまたぼそりとつぶやいた。
「……みんながそう思うから、あんたたち兄弟は苦しくなってく。せやけどな、苦しんでるのは自分たちだけだ思うてるのなら、ますます縛られていくだけやで」
「何だと?」
 今度こそザジが何を言いたいのか全然解らず、サバタは不可解な顔になった。
「リタはな、あんたら兄弟の事をよう解ってる。ウチよりも長い間一緒にいたんやからな。でもその分、自分のすべき事をよく理解してしもうてる。
 自分は何も出来ない、せやから自分が出来る数少ないことは全力でやる子や」
 その言葉で、サバタはカーミラを思い出した。彼女も、自分が出来る数少ないことに命を懸けたのだ。
 自分たちを護るために。本当の心と自由を護り抜くために。
 リタとカーミラ。自分たち以上に似ているかもしれない少女たち。もしリタがカーミラと同じように、自分が出来る数少ないことに命を懸けるとしたら…。
「リタは遠い所に行った。ウチにも居場所はわからん。星読みで読もうとしても、闇があるだけで読めへんのや」
「闇……」
 サバタの脳内で、最悪の可能性がひらめく。
 真っ先に飛び出して行ったジャンゴも気づいただろう、一番最悪の可能性を。
「お前、他の誰かには言ったのか!?」
 サバタの剣幕に、ザジは動揺することなく「行方不明なのはスミスが知っとるねん」と言った。まあ自分たちはそのスミスからリタ失踪を聞いたから、それに対しての疑問はない。
「他の奴らは?」
「知らへん。ウチは誰にも喋ってへんけど、この調子なら誰かが勘付くわ」
 確かに。ここはそういう事に目ざとい人物が多すぎる。失踪に気づくのも時間の問題だ。スミスが気を利かせてくれればいいのだが…。
 自分はどうすればいいのだろうか。このままジャンゴがリタを連れ帰ってくるまで待てばいいのだろうか。

 

 久しぶりに帰ってきたサン・ミゲルは、廃墟の言葉がふさわしい場所になっていた。おてんこさま曰く、父がイストラカンから帰ってきた時よりもひどい、とのことだ。
 確かに、アンデッドを排除しても、この有様では人が戻ってくる可能性はきわめて低い。拠点が綺麗さっぱりなくなった、という事を改めて認識してしまった。
 それでも、少しはここを掃除しなくてはならない。アンデッドがいっぱいのこの場所では、探す物も探せない。
 シャレルはガン・デル・ソルを出して走り出す。その後を、数歩送れてリッキーとブリュンヒルデが後を追った。

 シャレルたちがサン・ミゲルに帰った頃、レビは魔砲を使ってまほろばに立っていた。時に忘れ去られたこの楽園は、今も廃墟をさらしたままだ。
 父たちがヴァナルガンドの封印を締め直したおかげで、原種の欠片の息吹は全然感じられない。それでも、か細い残滓を求めてアンデッドはうろついている。
 レビがこの場所に来たのは特に理由はない。ただ、父が深く愛した女性が眠る場所と聞いたので、何となく来て見たくなったのだ。
 左耳あたりに飾られた銀の羽根が、ちりちりと輝く。
「シーザリオ……」
 亡霊(ゲシュペンスト)と呼ばれた少年の名前を呼ぶと、ふわりと暖かい風が吹いた気がする。
 父は、ここで始めて自分の過去と別れを告げることが出来た。だが自分は、この過去と共に生きていこうと思う。過去に縛られるのではなく、過去と共にゆっくりと。
 自分は彼と共に生きている。それだけで、自分が自分であると信じられる。得たものや歩く道が似ていても、自分は自分の道を歩いているのだと、今なら思えた。
 レビは大きく深呼吸しようとして……その形のままで止まってしまう。
 空気の中に、ヴァナルガンドの残滓以外に、何か別のものが混じっていた。それも太陽でも月でもない、闇の香り。
 一体どの一族の者なのかは解らないが、とりあえず今生きているイモータルの香りだというのはわかる。
 その後を追おうか…と思ったが、その足がぴたりと止まった。ここでうかつに探ろうとして罠にはまるのは良くない。まだ自分を狙う者がいてもおかしくないのだ。
 このまま放っておくのも癪だが、今はこうした方がいいだろう。
 レビはあえて気づかぬふりをして、まほろばを出た。

 さて、これからどこへ行こうか。
 行く先定めぬ旅などする気はないが、やはりもう少し自分を見つめなおせる場所へ行きたいとは思う。
 父の歩いた場所を歩くというのもいいが、いかんせん、両親から話を聞いたことは稀だ。サン・ミゲル、イストラカン、暗黒城、まほろばぐらいしか知らない。

 ――悪かったな。俺がロクに教えないで。

 いきなりその父がリンクをつなげてきた。心の内を読まれたかと、一瞬固まってしまう。

 ――どうした

「いや、なんでも」
 動揺を抑えて父と向き合う。前は結構苦痛だったのだが、今なら何となく友人のように接することが出来そうな気がした。
 それより、いきなりリンクをつなげてきた理由はなんなのだろうか。まさか会話したいだけ、とでも?
 レビの疑惑も読んだのか、サバタは少し間を置いてから一つ質問してきた。

 ――お前の周りで、誰かいなくなっていないか?

 脳内で、あの黒い少年が浮かんだ。
 太陽都市で別れて以来、彼の姿を一度も見ていない。どこへ行ったのか急に不安になってきた。
 シャレルの様子からするに、彼と会っていないだろう。ということは、太陽都市以降ふっつりと行方が消えたことになる。
(もしかして…?)
 何となく頭に浮かんだ一つの可能性が、形になろうとした瞬間。

「……て……」

「!?」
 かつて暗黒城で聞いたあの声が、かすかに聞こえた。同時に、ふわりと目の前に現れる赤い少年。
 姿形は全然違うはずなのに、それはどことなく、太陽都市で消えたあの少年に似ていた。自分とシャレルから感じるものとは全く違った、似た感じ。
 敵として対峙した事があるので、レビは武器を構えるが。

「……たすけて……」

 その一言に、危うく武器を落とすところだった。