ボクらの太陽 Another・Children・Encounter12「ストレイ・チルドレン」

 自分とは何?

 その問いは、いつまでも続く。
 例えそれが不死を演じるだけの一族だったとしても、その問いからは逃げられない。存在する、それだけで「その意味」が問われるのだ。
 人によって答えは様々だが、一つだけ確かで、どの人物にも当てはまる物がある。

 その答えを見つけた者は強くなれる。

 

 

 

 迷いのある攻撃でシャレルが倒れるわけがなく、迷いのないこっちの攻撃は確実にイモータル――流血参謀メナソルを狙い打つ。
 端で見ていたおてんこさまが逆に何かの罠があるのではないかと思えるくらい、決着はあっさりついた。

 ようやくまともに戦えるくらいに体力が回復したので、レビはゆっくりと立ち上がった。
「父上とのリンクは途切れたままか…」
 何を考えてるかはわからないが、逆にこちらも物を考える余裕が出来たことになる。シャレルには悪いが、もう少し休む事に決めて座り込んだ。
 この戦士の間は、かつて父と叔父のジャンゴが激闘を繰り広げた場所らしい。らしい、というのは、父は滅多な事で自分の過去を話さないからだ。
 元々人嫌いなところがあり、皮肉を言うのは得意なくせして本音をさらけ出すのは下手なところがある。母はあんな父とよく上手くやっていけるモノだ、と人事ながら感心するくらいだ。
(そして私も、従妹と激闘を繰り広げたか…)
 フゥ、とため息をつく。
 何故、自分たちはここまで父親と同じ道を歩くことになってしまうのだろうか。
 小さい頃は「お前は父親にそっくりだな」という言葉が、密かな誇りの一つだった。母に似ているというのも嬉しかったが、英雄である父に近いという事が何よりも誇らしかったのだ。
 だが、物心がついて従妹の存在が大きくなりだすと、逆に「父親そっくり」という言葉が重荷になってきた。
 何もかもが父親と同じになるのなら、歩く道も父親と同じになってしまうのだろうか。自分の選択も、父が選んだ選択と同じになってしまうのだろうか。
 ――それなら、自分の存在する意味は?
 父と同じ道を歩くのなら、別に自分が「自分」でなくてもいいはずだ。「レビ」ではなく、「サバタ」となってしまえばいい。
 譲り受けた暗黒銃も、自分の力も、全て「サバタ」に預けてしまえばいい。そうすれば、自分は……。

『自分が要らないなら、ちょうだい?』

「!」
 唐突に聞こえてきた第三者の声で、レビの思考は現実へと立ち返った。
 同時に、今まで考えていた投げやりな考えを全て捨て去る。こんなことを考えているのなら、これからのことを考えた方がはるかにマシだ。
 立ち上がって気配を探るものの、近くには何の気配も感じられない。声を飛ばしているだけにしては、その声はあまりにもハッキリしすぎていた。
 まるで幽霊か何かを相手にしているような感覚。そこまで考えて、レビはまた頭を振った。
(まさかな)
 亡霊――ゲシュペンストの名前を持つ彼は、もうこの世にはいない。例え彼だとしても、そんな下らない遊びをするような男ではない。少なくともレビはそう思っている。
 暗黒銃を手に取り、来るかもしれない襲撃に備える。気配が察知できないのが厄介だが、ここで食い止めなければ相手は最上階に行くかも知れないのだ。
 シャレルが挟み撃ちになるのだけは避けなければならない。感覚を研ぎ澄ませて、何とか気配を探り始めた。

『エフェスはエフェスじゃないから、エフェスになりそうなものが欲しいの。だから、自分が要らないっていうんだったら、エフェスにそれをちょうだい』

 声はどこか寂しげに、無茶苦茶なことを言う。誰が自分――自我意識を渡すというのか。
 だが声の主は、本気で自分の自我意識を狙っているようだった。どこから来るかまだ解らないが、こっちに来るということだけはよく解った。
 緊迫した空気の中、暗黒銃のチャージ音だけが響く。
 その聞きなれた音の中で、一つだけ違和感のある音があったのをレビは聞き逃さなかった。
(靴音?)
 疑問系だったのは、その音がブーツにしては硬かったから。
 かちゃ、と金属が床を叩くようなその音は、革靴というよりも鎧のように思えた。それでも重苦しい感じはなく、むしろふわふわと浮いているような軽い感じがする。
 音は確実に近づいてきている。まだチャージ音にまぎれてよく聞こえはしないが、最初聞き取った時よりもはるかに大きくなっていた。
 どこからかは、まだ読めない。後ろからかと思えば、左からだったり、また遠くからと音の位置がバラバラなのだ。
(転移しているにしても、気まぐれに飛び回っているという感じだな)
 相手を幻惑させたり嘲笑ったりしているのではなく、本当に自分の気まぐれで適当に飛び回っている。そんな不安定さがある。どちらにしても、油断の出来ない相手だ。
 足音が、チャージ音と同じくらいに大きさになった。その時。

『……貴女は、違う』

 唐突に、エフェス――という名前だと思われる――の失望の声が聞こえてきた。

『貴女はあの人に似てるけど、あの人じゃない。エフェスと同じ。ただのレプリカ』

 レプリカ、の一言にレビの眉が跳ね上がった。
 自分は父や従妹と比べられる事はあっても、彼らのレプリカではない。少なくとも、自分はレビという人格で出来た一人の人間だ。誰かの模造品と言われて、喜ぶ人間はいない。
 だが、相手は自分をただの「模造品」と言った。それは彼が確固とした自我を持っていない、ということになる。
(不安定なゆらぎは、そこから来ていると言うのか?)
 幽霊を思わせるのは、彼が肉体を持っていないからではなく「心」を持っていないからなのかもしれない。だが、完全な幽霊ではないのは、不安定ながらも彼が自我を持っているということにもなる…。

『だから、エフェスは会いに行く。あの人に……シャレル=マリアに』

「何だと!?」
 跳ね上がった眉が、今度は驚きの形を作る。
 なんとなくエフェスが言う『あの人』の予想はついていたが、実際に口に出して言われると驚いてしまう。この言い方だと、「会いに行く」はかなり物騒だと想像できた。
 今、上ではシャレルとイモータルが戦っているはず。そんな時に彼が「会いに行った」ら、従妹がピンチになること請け合いだ。自分が食い止めるしかない。
 最後に音を聞いた場所に向って暗黒銃を撃つが、弾は床と柱を少し砕いただけで、当たった感覚はまるでなかった。予想していた結果だったので、ショックはなかったが。
「…よくよく考えれば、相手は転移できるんだったな」
 ならここでどう自分が足掻いても、相手は楽にシャレルの元に行けるということだ。では自分も後を追うか、と思った時、レビはあることに気がついた。
 城全体を覆っていた、暗い闇の気配がどこにもない。
 憑き物が落ちたかのように、城は真の静寂を取り戻していた。入ってくる時に感じた死の気配や、アンデッドのうごめきも、今はない。
 つまり、この城の主であるイモータルが消えたという事になる。
「シャレルがやったのか?」
 それにしては妙に早すぎる気がした。いくらシャレルが強いと言っても、こんな短時間でイモータル――しかもこの城の主――を倒せるとは思えなかった。
 なら、何が?
 今回ばかりは長く考えてる暇はないので、レビはすぐに暗黒転移で最上階まで飛んだ。

 サバタの足は自然と最上階に向っていた。
 かつて自分がダークマターを入れられた場所。偽りの母を倒した場所。ラタトスクの生んだ檻に完全に閉じ込められた場所。ロクな思い出がない場所だが、それでも一番思い出のある場所とも言えた。
 玉座を失った部屋は、ただ虚しさと怨念が入り混じった混沌とした空間となっていた。まほろばに繋がる魔方陣も、役目を終えたためか、消え去っていた。
 月が映る床に寝転がると、ついさっきの事を思い出す。
「レビ=リリス、か…」
 未来の娘はそう名乗った。堅苦しい口調は自分似なのか、それとも母親似なのかは全然解らない。声は……少なくとも自分似ではなかった。
 娘は娘だ。自分以外の何者かである存在でしかない。だが、その歩く道が自分と娘を強く結び付けさせてしまう。
 自分とジャンゴの関係と同じだ。自分たちは「そこにあって当然」の関係でいたいのに、周りの者や運命は強引に何かの意味を与え、一つにさせようとしてくる。
(俺は俺だ、とはっきり言える何かが、ないんだ)
 ジャンゴならはっきりと「僕は僕だ」と言い、一つになることを拒むのだろう。…いや、一つにさせられたとしても、彼は彼であり続ける。
 だが自分は。
 自分が自分であることを示す何かが、どこにもない。過去を掘り返しても、今を見つめても、未来を信じても、自分たらしめるものが見つからない。
 暗黒の力、月下美人の力…。それらは全て与えられただけの物であり、覚醒したとしても結局は自分を縛る物でしかない。解き放つ力にはならない。
 娘は――レビはどうなのだろう。
 彼女も彼女で、自分の存在に悩んでいるのだろうか。サバタは急に聞きたくなった。
 リンクを繋ぐ方法は教えてもらっている。コツをまだつかめてないので確かな感覚はないが、繋げることには成功したようだ。

 ――父上?

 レビの声が頭の中に直接響く。その声は、自分が知っている女性の誰にも似ていない気がした。
 まあその思いは『声』に出さないようにして、サバタは「今どこにいる?」と尋ねる。一応把握しておけば、これからのことが決めやすいからだ。
 ……一瞬のためらいの後、レビは片言で答えた。

 ――暗黒城。最上階一歩手前。

 眩暈がするかと思った。
 結局、娘も同じ道を歩くのかと思うと、ぞっとした。

 レビは、何も答えない。