ボクらの太陽 Another・Children・Encounter5「紅の一族」

 小さい頃、ガン・デル・ソルを持たせてもらい、撃ったことがある。
『とーたま、これががんでるそるなの?』
『ああ、そうだよ。太陽の一族の中でも、選ばれた者にしかこの銃は使えないんだ。シャレルに使えるかな?』
『ボク使えるもん!』
 ムキになってガン・デル・ソルの引き金を引こうとするが、それは硬くてどんなに力を込めても引けなかった。それでも引こうと力を入れた瞬間。

 かち

 軽い音が鳴り、目の前にあった的がガン・デル・ソルの一撃によって砕け散った。
 あの時は太陽銃が使えた事で大はしゃぎしていたが、今思い出すと、父は自分が引き金を引いたことに偉く驚いていた。
 ――そして、何故か寂しい顔をしていた。

 

 ガン・デル・ソルから放たれた一撃は、伯爵の身体を大きく削った。
「ぐ、が、がぁぁ……」
 まさか引き金が引けるとは思っていなかったらしく、伯爵の顔はダメージ以上に大きく歪んでいる。それはおてんこさまも同じだった。
 引いたシャレルはというと、真剣な顔でその威力を確かめ、もう一度引き金を引いた。放たれた太陽の一撃が、伯爵を大きく吹っ飛ばす。
 二発目によって、彼女が引いたのはまぐれではないと悟ったおてんこさまは、もう一度シャレルの方を見る。オレンジ色の長い髪、緑色の瞳。ジャンゴとは全然違う顔立ち。

 それなのに、ガン・デル・ソルを撃った瞬間の顔は、紛れもなくジャンゴの顔によく似ていた。

「まさか、お前は……」
 おてんこさまの続きの声は、伯爵の呪いの声によって遮られた。
「小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ひゃっ!」
 恨みの一撃をぎりぎりかわし、シャレルは手に入れたばかりのガン・デル・ソルで伯爵を狙う。今までは近接戦闘しか手段が無かったのだが、これで遠距離戦も出来るようになった。
 絶対有利というわけではないが、イニシアティブを握れるようになったのは大きい。フレームの具合を横目で確かめ、周りを狙って連射した。
 伯爵の方も負けてはいない。ヴァンパイアお馴染みのスレイブソードや、ブラッドランスなどを繰り出し、シャレルの足を止めようとしてきた。

 さっきよりも派手さを増した戦いを見ながら、おてんこさまはリンゴやジャンゴの血筋について考えていた。
 太陽仔の『一族』とは言っても、枝分かれした血筋によっていくつもの大きな家系が出来上がっていた。それぞれが色の名をもらい、共に協力し合って生きていた。
 長きに渡るヴァンパイアとの戦いで、ほとんどの家系が滅び、今残っているのは僅かに一つの家系のみ。それがリンゴたちの家系『紅の一族』である。
 その『紅の一族』も、由緒ある英名である『紅』を背負えたのは最近ではリンゴのみ。それだけ、実力のあるヴァンパイアハンターが減ったという事だ。
(シャレルが『紅』を名乗るとしたら、さしずめ『紅薔薇』と言ったところか?)
 太陽のように明るく、華やいでいる彼女は『紅』だけでは足りない気がする。おてんこさまが最初ジャンゴやリンゴとは関係ない、と断定したのはそこにあった。
 だが、さっきガン・デル・ソルの引き金を引いたときの顔は、紛れもなくジャンゴやリンゴと同じ顔をしていた。
 やはり彼女は、『紅の一族』の血を引く子なのだろうか。なら、一体誰の血を引いているというのか……。
「だぁぁぁぁぁっ!!」
「ぬおおおおおおっ!!」
 そうこう考えているうちに、シャレルと伯爵の戦いは終盤に入っていたらしい。互いのダメージは大きく、小細工をして体力を消耗させるより、相手をねじ伏せようと必死だった。
 伯爵はプライドからそうしているのだろうが、シャレルはおそらく何も考えていない。そういう無鉄砲な所は、ジャンゴではなくリンゴに似ていた。
 剣がぶつかり合い、銃が撃たれ、魔力が放出される。こう力と力のバトルとなると、不利になるのは幼いシャレルだ。
 何とかしたいのだが、自分は戦闘能力がまるでない。伯爵もそれがわかっているから、先にシャレルを潰そうとしているのだ。
 こういう時、何も出来ない自分が歯がゆくなる。

 ガン・デル・ソルの一撃も、だんだん効果がなくなってきた。
(確か父様は、もっとフレームがあるって言ってたけど……)
 あるかどうかも解らないフレームがやってくるとは思えない。とにかく今はこのフレーム――ファイターで、伯爵を倒さなければならないのだ。
 正攻法で倒せるかどうかは解らない。なら奇策を、と思うが、その奇策が思いつかない。結局はちまちまと相手の体力を削るしかないのだ。
 さて、どうするか。
 太陽の力があれば一発浄化が可能なのだが、ここは窓という窓が全部締め切られており、そう簡単に開くとは思わない。仮に開けたとしても、ほいほいと太陽の下に来る相手だとは思えない。
(でもせめて太陽の光を浴びることが出来れば、少しは元気になるんだけどなあ)
 太陽仔であるシャレルは、太陽の光を浴びれば浴びるほど元気になる(浴びすぎると肌が荒れるが)。こういう激戦時にのんびり日向ぼっこは出来ないが、それでも屋内よりかはるかにマシだ。
 まあそんな都合のいいことを考えるより、打開策の一つでも考えた方が早いので、そんな考えは頭から追い払う。
 右から来るスレイブソード。それらは全部裁いて防ぐが、直後に来るブラッドランスは微妙に避けられなかった。直撃だけは避けたが、打撲だけは免れなかった。
(そういや、スレイブソードは弾けるって言ってたっけ)
 下手に近づいて切ったりするより、そっちの方が早かったと父が語った気がする。あれから長い時が経っているが、人の弱点は早々変わらない。
(試してみる価値はあるよね)
 とりあえず今後の方針を決めたシャレルは、ぐっと姿勢をかがめて受け流しの体制をとる。この体制は母からの直伝なので、かなりやりやすいはずだ。
 伯爵の方はこっちの体制が何なのかはわからないようだが、何か策があるとはわかったらしい。攻め手を変えて、いきなり飛び込んできた。
 当然そんな単純な吸血攻撃に当たるつもりはなく、ひょいひょい軽く避けて、攻撃できるチャンスを待つ。無論、ガン・デル・ソルのけん制も忘れてはいない。
 太陽弾が当たるたびに、伯爵のうめき声があちこちから聞こえる。それでも致命傷に至るダメージはしっかり避けているので、声はあくまで惑わすためのようだ。
 やがて、いらだった伯爵がスレイブソードをいくつも投げつけてくる。僅かな意思を持つ剣は、全てシャレルを確実に狙い、逃げ回る彼女を追い詰めていく。
 ――疲れと少々のでっぱりが、シャレルの足を止めた。
「ひあっ!」
 大きく転倒してしまい、伯爵に隙を与えてしまう。慌てて剣で捌くが、最後に飛んできた剣だけは対応することが出来そうになかった。
 シャレルの頭を貫かんとするその瞬間、おてんこさまは固く目を閉じ、伯爵はにやりと笑い、……シャレルはかっと目を見開いた。
「止まれよぉぉぉぉぉぉ!!!」
 気合一閃。なんとそれを『止めて』、逆に握り返す。
「何と!?」
 伯爵が目を見開くが、時既に遅し。自分の剣が鋭く戻ってきた。
 自分自身の力とシャレルの力。その両方を帯びた剣が深々と突き刺さり、自分の体を滅ぼしていく。太陽の力と霊力の二つ以外にヴァンパイアを傷つけられるのは、ヴァンパイア自身の力だ。
 なけなしではあるがシャレルも霊力を持つ。だから迫り来る剣を自力で押さえ、その剣を投げ返して伯爵に大ダメージを与えることが出来たのだ。
 止めとばかりにガン・デル・ソルを連射すると、もだえ苦しんでいる伯爵の身体が徐々に崩れていく。元の姿である、コウモリと蜘蛛が合体したような醜い姿を晒し始めていた。
「シャレル、棺桶に封じ込めろ!」
 我に帰ったおてんこさまの一言で、ようやくシャレルは射撃をやめて、伯爵を棺桶に閉じ込める。がたがたと棺桶は震えたが、やがてはそれも納まった。
 戦いは終わった。……とりあえずは、だが。
 パイルドライバーで浄化しない限り、相手は何度でも蘇る。とりあえず一番近い広場に運ぼうと、棺桶に鎖をかけようとすると、おてんこさまがシャレルを呼び止めた。
「少しの間だけ、時間をくれ」
「時間って…」
 ここから近くの広場まで、近道を使えばそう遠くはないはずだ。それとも、急を要する用だとでも言うのだろうか。
「そう長くは止めん。二、三聞きたいことがあるだけだ」
 歩きながらでもできると思うのだが、イモータルの眠る柩を運ぶというのは予想以上に神経を削る仕事らしい。棺桶を呼び出したことはあっても、棺桶を引きずるのは今回が初めてなのだ。
 とりあえず棺桶はそのままにして、シャレルはおてんこさまの方を向く。
 そのおてんこさまは、シャレルをあちこちから見回しては納得したような納得できないような顔で何度もうなずいた。
「…やはり、何かが変えたというのか」
 どういうこと?と問いただしたいが、一応黙って話を促す。
 しばしの沈黙のあと、ようやくおてんこさまが口を開いた。
「お前の父親は、誰だ?」
 最初、彼が何を言っているのかが解らなかったが、納得してからすぐにあっさり答える。

「ボクの父様は、『太陽少年ジャンゴ』だよ」

 棺桶をずりずりと引きずりながら、シャレルはとうとう言っちゃったなー、と内心でため息をついていた。
 あの後、おてんこさまは「二、三」とか言いながら、浴びせるようにいくつも質問してきた。やれジャンゴはどこだ、とか、お前の母親は誰だ、とか、いつガン・デル・ソルを受け継いだ、とか。
 答えないで済むような状態ではなかったため、答えられない質問は上手く避けてちゃんと答えていった。
「父様は今、行方不明なんだ」
「何だと?」
「サン・ミゲルが襲撃されるちょっと前に、旅に出かけてそれっきり。死んだとは思えないし、まさか爺様みたいにヴァンパイアになってるとも思えないんだ」
「確証は?」
「全然。ただ、生きてどこかにいるだろうな、とは感じられるんだ」
 根拠のない自信とも言うかもしれないが、シャレルには確信があった。父は、この戦いの間はいないかもしれないが、全てが終われば帰って来るだろうと。
 これは、一種の試験なのだ。シャレルが一人前のヴァンパイアハンターとしてやっていけるかどうかの。
 父は一人でイストラカンに乗り込み、ヘルを倒したという。無論、幾人もの仲間がいてこそ成し得た事だが、シャレルもそれが出来なければ父を越えられないのだろう。
 それから、自分の持つ『霊力』についても問われた。おてんこさまが来た時代には、そういうのがなかったのだろう。
「一体どういうのか、なんて詳しくは分からないよ。ただ、生まれたときからそれを持ってて、それを使ってもアンデッドを倒せたんだ」
「ふむ…」
 ただ、父の友人である魔女は『光と闇を持った故に出来たんではないか』という説を立てていた。ワクチンが常に進化し続けるように、ヴァンパイアハンターも進化しているのではないか、と。

 聞きたい事はもうなくなると、おてんこさまは黙ってシャレルの後をついていった。