太陽の一族と戦って、もうどのくらいの時が経ったのだろう。
数えるのも面倒なくらいの長い間、何人ものヴァンパイアハンターと戦ってきた。勝利したこともあれば、敗北したこともある。
その中で、一番の好敵手とも言えたのが紅の血筋だ。真紅のマフラーをまとい、太陽銃を持った太陽仔最強の一族。
彼らには何度も敗北した。浄化されたこともあったが、その度に身体を探しては再生して何度も戦いを挑んだ。
そして今。その紅の一族に、新たなヴァンパイアハンターが目覚めたと聞く。
聞くだけで心が躍るのが止まらない。どのような相手なのか、想像するだけで楽しくなる。
さて、もうそろそろ目覚めようか。
予想通り、火吹山も永久凍土もそう手ごわい相手がいなかったので、シャレルとおてんこさまはさほど問題なく進むことが出来た。
旅している中、おてんこさまは何度もシャレルの行動に目を見張り、またシャレルはおてんこさまの知識に何度も感心させられた。
無知というわけではないが、まだまだ駆け出しと言っていいので、どうも要所要所が抜けたところがある。おてんこさまはそういうところを指摘し、上手く修正していった。
「ライジングサーンッ!!」
夜間でも呼びだした太陽のかけらが光り、アンデッドを浄化していく。
生きながらえたモノは回し蹴りや剣で薙ぎ払い、あっという間に十体近くいた敵が殲滅された。
「ま、ざっとこんな物でしょ」
敵が跡形もなく消え去ったのを見て、シャレルは自慢げにブイサインをする。おてんこさまはそんな彼女を見て、呆れたようにため息をついた。
態度こそおちゃらけているところがあるが、物覚えが早く行動は常に正確。ここまで出来のいいヴァンパイアハンターだとは、これっぽっちも思わなかったのだ。
(ジャンゴは、教えがいはあったが飲み込むのに時間がかかったな)
おてんこさまは、ふと最初出会った頃を思い出した。
どこかおどおどとした目で、態度もへっぴり腰。銃を持つ手が震えていた幼い少年。
ただ「父の仇を討つ」、それだけを目的に、血なまぐさいだけの戦いへと飛び込んだ純粋な子。
そのジャンゴが数々の修羅場を体験したことによって、強くなり――また同時に弱くなってしまった。
無邪気ではいられないという事を知った少年は、強さの意味を知って一つずつ強さを得ようと足掻いている。そしてその弱さを認めようとも……。
(シャレルは、どうなんだろうか)
ジャンゴとは違ってシャレルは場数を踏んでいるのか、おどおどとした目も震える態度もない。とはいえ、無邪気さもそこには無かった。
ただ子供じみた正義のために戦っているわけではなく、覚悟を背負って戦っている目を持つ少女。
――そのまなざしが、一瞬だけジャンゴと被った。
「!?」
おてんこさまは慌てて目を瞬かせると、その面影はあっさり消えていつものシャレルに戻った。
「どうしたのさ?」
思わずさっき見た面影を話しそうになったが、すんでの所でそれを押さえる。
シャレルはジャンゴとは違う。ヴァンパイアハンターではあっても、太陽銃に選ばれた子ではないのだ。余計な期待などを持たせるわけにはいかない。
「……いや、なんでもない」
ごぽり。何かがはじける。
(これは何?)
自分の脳内を引っ掻き回し、それが「水泡」だという事を思い出す。
(何故思い出せた?)
教えられた記憶があったので、それを理解する。
(理解するのは何? 思い出すのは何?)
思考を続ける脳が、心という答えをはじき出す。
(じゃあ、「心」とは何だ?)
生きている脳が生み出すプログラムなのか、それとも記憶が作るデータなのか。
解らない。……いや、自分は知らない。
そもそも自分は生きているのか、それとも死んでいるのか。それすらも解らない。
自分は、人間とは違うから。
ごぽり。水泡がはじける。
(これは夢?)
聞いた事がある。眠ると、現実とは違う幻影を見ることがあるのだと。そしてそれを、夢と言うのだと。
(これは夢?)
――これは現実だ。
(…!?)
自分ではない誰かが、自分の問いに答えてきた。
――これは現実だ。
しっかりと記憶させるように、誰かがもう一度同じことをくり返す。
これが現実なら、その根拠は何だ?
現実にいるという、確固とした理由は何だ?
――自分が生きているという証明は、何だ?
(俺は、一体、何なんだ?)
――お前は……
いきなり大きくなるノイズ。
声を発してくる誰かが出しているのか、それとも別の何かが出しているのか。
それとも自分が聞きたくないから、拒絶しているのか。
だが、ノイズにあわせて声も大きくなった。
――お前は、唯一無二の……
ぶつっ
太陽都市は常に移動しているので、正確な位置は把握しづらい。前はひめぐりという花の力を借りることで、位置を把握してから太陽魔方陣で飛んだらしい。
運命の三叉路でその話をしたおてんこさまは、うーむと唸った。ジャンゴと共に来てから、おてんこさまは一度もここに来たことが無いからだ。
「残ってるといいのだが」
「迷いの森自体がもうなかったから、魔方陣が都合よく残ってる可能性は低いと思うな。でも……」
「『でも』?」
「行けなければ無視するって手もあるし」
かなりいい案だと思うのだが、おてんこさまの方はひるひるひるとらせん状に回って落ちた。
ちょいちょいと突っつくと、すぐに覚醒して劇画調(LV3ぐらいだろうか)の顔でこっちに迫ってくる。
「お前ー! 敵がいるかも知れんというのに無視するとは何事かー!!」
「いやだって、行けなければ無視するしか無いじゃん!」
行く方法がないのなら、先に進んだほうが手っ取り早い。もしかして、その先に何かいい方法が見つかるかもしれないのだ。
ただここで思案してても、結局は無駄な時間が経つだけで何の意味もないと思うのだが。
それにシャレルにとって、太陽都市はあまりいい思い出がない。自分がはじめて、まだヴァンパイアになりかけていた人を『殺してしまった』場所でもあるのだ。
助けて、と何回耳や心で聞いたことだろう。それでも未熟だった自分には何も出来ず、そのまま止めを刺すしかなかった。
自分の無力さをあれほど呪ったことはない。父は「そう思ったなら強くなれる。だけど、そう思うと危ない」と諭してくれたが、それでも力への渇望は根底にあった。
(出来れば、あそこには行きたくないんだよなぁ……)
そう思ってはいるが、どうも嫌な予感は消えない。あそこには誰かが待っている。それも自分との戦いを望む、かなり厄介な相手が。
イモータルに付け狙われている以上、戦いは避けられないが、余計な戦いまでやりたくない。避けられるのならさっさと避けたいのだが、おてんこさまはそれを許してくれなさそうだ。
三叉路を越えて、太陽を望む広場に着くと、幸運にも――不幸にも――太陽都市行きの魔方陣は残されていた。
「ふぅ、魔方陣はまだ動いてるようだな。乗り込むぞ!」
「やだな~……」
やる気満々のおてんこさまと滅茶苦茶乗り気ではないシャレルが、太陽都市へと飛んだ。
太陽の一族と長く闘っては来たが、まさかその一族の作った都市で待つとは思わなかった。
「ふむ」
あごひげを撫でさすり、この都市の主を順々に思い出す。太陽仔たちが脳裏に浮かんでは消え、最後には一人の少女の姿が浮かんだ。
自分が気まぐれで再生したあの少女は、紅の一族でありながらイモータルに堕とされたあの少年のつがいだった。そして今は、絶対存在の封印の鍵となっている。
全く、人間とは妙な生き物だ。あまりにも貧弱かと思えば、何よりも強い力を発揮する時がある。それが憎しみであったり、慈愛であったりと、その理由も様々だ。
自分たちヴァンパイアはイモータルは、その気になれば永遠を生きられる。だから人間を長い間観察できるが、その度に考えがコロコロと変わる。
唯一揺るがないのは、その貧弱な人間の中にこそ、自分の乾きを満たせる存在がいるという考えだ。
「さて、新たなヴァンパイアハンターの腕はどのようなものかな?」
ちょうど自分が新たに目をつけているヴァンパイアハンターが、この太陽都市に来た頃だ。
まさか幼い少女だとは思わなかったが、老若男女は関係ない。自分が興味を持つのは唯一つ、強い者か否かだ。
使い魔のコウモリが戻ってきた時、ようやく直にその気配を感じることが出来るようになって来た。近くまで来ているようだ。
がちゃり。ドアが開く。
待っていた時だ。
「よく来たな、新たな太陽仔のヴァンパイアハンターよ!」
「……予感的中……」
伯爵を見たシャレルは、がっくりと肩を落とした。