おてんこさまが行方不明になったのは、あっという間に大事件となった。
何せ太陽の精霊が、「自分の意思でなく」消えたのだ。何かに巻き込まれた可能性は高い。
早速ザジが星読みを始めるが、ろくな情報はつかめなかった。スミスたちも街の外まで出て、色々情報を集めるが、それらしいのはまるで無い。
「はぁ、一体どこに行ったんだろ……」
散々探し回ってくたくたになったジャンゴが、ばったりと倒れながらぼやいた。
まさか自分たちに無断で、太陽に還ったとは到底思えない。何かに巻き込まれたとしても、手がかりがあまりにもなさ過ぎた。
場所を広げて探索しているが、まるっきり情報はない。もっと遠い場所にいるのか、それとも自分たちの考えが外れているのか。
(場所でなければ…時間?)
ふとそんなことが脳裏に閃くが、それから先が何も思いつかなかった。
よくよく考えてみれば、近くに時空を故意に歪めてある「時の家」があるというのに、ジャンゴは時空間というものに関してかなり疎い。
というのも、「時の家」でのタイムスリップは擬似的なもので、過去や未来に飛ぶ冒険記も、所詮はフィクションだ。本格的なモノはない、と頭のどこかで思っているからだ。
しかし、そのくらい飛んだ考えでなければ、手がかりがないなどの謎が解けないのもまた、事実だった。
さて、自分はいったいどうするべきなのだろうか?
必要なモノは、まだ揃わない。
シャレルがおてんこさまと共にイストラカンを旅し始めてから、丸一日経つ。
最初はおてんこさまが口うるさかったが、しばらく行動しているうちに何も言わなくなった。父も最初会った時はこうだったというので、彼の性格なのだろう。
霧の城を抜け、血錆の館も抜けると、おてんこさまの速度が少しだけ速くなった。シャレルも何となく気持ちがわかるので、急いで後を追う。
血錆の館を左に抜けると、目的のものはあった。あったのだが……。
「……これは……!」
「やっぱりここもだめか……」
驚愕するおてんこさまと、予想済みだという顔のシャレル。全く違った視線で、その場所を見つめた。
太陽樹は、完全に枯れ果てていた。
「バカな! イストラカンの太陽樹は、ジャンゴやリタの力で復活したのではなかったのか!?」
慌てて太陽樹の下へといくが、もう樹から太陽の力を感じることはできない。老いて痩せ衰えた樹がそこにあるだけだ。
シャレルも近づいて樹に手を当てるが、それで太陽エナジーが送れるわけではない。ただ、手を触れるだけでも少しは情報が手に入る。
おてんこさまは何をやっているのか解らないらしく、隣で何か聞いてくるが、今は無視した。精神を集中しないと、樹に残留しているエナジーなどを感じられないのだ。
樹から感じられるエナジーは極めて少ない。という事は、枯れ果ててからかなりの時が経っているのか、急激にたくさんの量を吸い取られたのか、どっちかになる。
見た目では時間経過によってのものと思えるが、この枯れ具合は時の流れのものにしてはあまりにも不自然すぎた。若芽だと解るものですら完全に枯れ果てているからだ。
そうなると、誰かが根こそぎエナジーを奪ったことになる。それは誰か。そして何故奪ったのか。
突き止めたいのは山々だが、自分はそこまで力はない。姉ならもっと詳しく解ったのだろうが……。
「シャレル?」
さすがに不審がってきたのか、おてんこさまが自分の顔を覗き込んできた。いい機会なので、精神集中を解いて彼の方を向く。
おてんこさまの不審そうな顔をほぐすために笑って手を振りながら、「なーんにも解らなかったや」と気楽に答えた。まあ、効果は得られなかったが。
それにしても。ここの太陽樹が枯れ果てているという事は、イストラカンは完全復活したことになる。まずは太陽樹を復活させて、この地の浄化と行きたいところだが…。
「大地の巫女がいないと、太陽樹の世話が出来ん……」
問題はそこだった。
おてんこさまがジャンゴと共に来た時は、伯爵が巫女であるリタごと太陽樹をさらってくれたので何とかなったが、今は誰もいない。どこかから大地の巫女を連れてくるしかないのか。
自分も大地の巫女について心当たりは全く無い。今まで、サン・ミゲルの太陽樹の面倒を見てきたのは実は大地の巫女ではなかったのだ。
その面倒を見てくれた子は、今サン・ミゲルにいない。シャレルはその子を探す目的もあるのだ。
ここの太陽樹は諦めるか、それともどこかから誰かを連れてくるか。
うーんと考えていると、シャレルは急に顔を上げた。
――……まは………を、集中…………少し……って……
「え!?」
シャレルの脳内に、太陽樹が直接語りかけてきた。
「どうした?」
おてんこさまには聞こえなかったらしい。首をかしげながらまたこっちを見た。
話すべきか、少しだけ迷う。全部どころか、ほとんどの言葉が聞き取れなかったのだ。変な情報を話して、おてんこさまを混乱させるのはどうか。
それに、おてんこさまはまだ自分の力をよく理解していない。変なことを言って疑われるのはごめんだ。
「ん、空耳だった」
「????」
誤魔化し方が変だったのか、おてんこさまの顔は晴れなかった。まあ、一応疑いのまなざしを向けられなかっただけラッキーだと思っておこう。
太陽樹をどうにかするために、一度サン・ミゲルに戻ろうとおてんこさまが提案してきた。
「サン・ミゲルに行けば、誰か大地の巫女がいるはずだ」
「いないよ」
おてんこさまの意見をシャレルは切って捨てる。そこに頼る気持ちは解るが、今は大地の巫女どころか人がいないのだ。
イモータルたちが同盟を組んでから真っ先にやった事は、太陽の街の襲撃だった。太陽仔と月光仔、それからそれらの協力者を滅ぼすために、数に任せて破壊しつくしたのだ。
幸い街の住人たちは全員脱出に成功したが、人々は散り散りとなり、街は前よりも酷い有様へとなってしまった。
それを説明すると、おてんこさまはがっくりと萎れてしまう。彼にとってサン・ミゲルは頼れる前線基地のようなものだったのだが、今は孤立無援状態で闘わなければならないのだ。
シャレルがサン・ミゲルを脱出した時、まず来たのがこの復活したイストラカンである。バラバラになったメンバーのうち、姉は必ずここに寄るだろうと確信したのだ。
ここは死の都。死の一族の本拠地に等しい場所だ。姉の繋がりと性格を考えると、真っ先にここに行ってもおかしくない。
「……先に進むしか、ないというのか」
「残念だけどね。でも、太陽都市あたりまでは簡単に進めると思う」
「根拠は?」
「イモータルの数はめっきり減ってるし、出てきたとしても大抵は力を失っているのか、吸血人形(イモータル・ドール)なんだ。だから何とかなるはず。
まあ、太陽都市から向こう側は暗黒城に近いエリアだから、多分本腰入れて防衛してると思うけど…」
実際、シャレルはおてんこさまに会うまで、もう何人ものイモータルを倒してきたのだ。パイルドライバーが用意出来ないので、不完全な浄化になったが。
「吸血人形…人工的なイモータルということか?」
「そそ。力こそ純血物レベルだけど、バランスや制御が難しくて、結局ヴァンパイアと同レベルのシロモノなんだ。
人間にも近いから、色々と便利らしいけどね……」
そこまで言って、シャレルはある事を思い出した。
吸血人形をめぐっての戦いで、たった一つだけ人間そのものだったイモータル。亡霊の二つ名を与えられた人形。
(……姉様、無茶しなきゃいいんだけど)
結構挑発されると反応する人だから、と心の中でため息をついてると、おてんこさまは先にたって進み始めた。
話は歩きながらでも出来そうなので、シャレルもその後を急いで追う。太陽樹以降は、火吹山と永久凍土を超えないといけないので、かなり長い道になりそうだ。
そんな中、コウモリが自分たちを追跡している事に二人は気づいていない。
目が覚めた時は、既に夕方だった。
眠っていた事に呆れながらも身体を起こすと、何となく頭の芯がくらくらする。そんなに寝すぎたかな、と頭を振った。
おてんこさまは、まだ帰ってきていないようだ。
「どこ行ったんだろう……」
沈む夕日を見ていると、何となくおてんこさまと重なってしまう。「明日もまた日は昇る」が信条だが、何となく沈んだまま戻ってこないのではないかと。
探し始めてからまだ一日だが、それでも何の音沙汰もないと言うのは不安を掻き立てる。思い当たる場所は全部探したのだが、足取りすら見つからないのだ。
こうなったら本当に、さっき考えていた「時間」も探しに行った方がいいのかもしれない。時の家の力を少し借りることが出来れば、過去にも飛べるはずだ。
「でも今日は遅いしな…」
散々探し回った疲れもあるので、明日時の家に寄ろうと思った。図書館やザジのところにも寄り、そのことを話すつもりだ。
「……戻ったぞ」
明日の事をまとめていると、サバタが家に帰ってきた。ジャンゴはぱたぱたと玄関に向って、彼を出迎えた。
表情からするに、彼も何の手がかりを見つけることが出来なかったようだ。散々探し回っての疲労感が、あちこちから見て取れる。
「お疲れ様」
ジャンゴが苦労をねぎらうと、サバタも少しはほっとした顔になった。
そのまま家の中に入って部屋に帰っていく。この様子だと、ご飯は食べないかもしれない。
時の家に行く事は、明日言うことにしようと思った。
ちらちらと見える、オレンジ色の残滓。かすかに聞こえる、明るい声。
(君は誰?)
そうジャンゴが問いかけると、影がくるりと向いた。
同時に、赤い何かがひらひらとはためく。その何かに、ジャンゴは見覚えがある気がした。
(ボクは貴方の……)