さて、とゼットは考える。
どうやって彼らを連れて来よう。
一応、連れて行くメンバーはもう決めてある。あと、補佐も。
問題は、どうやって彼らだけを連れてくるかだ。
脅しをかける手はもう使えない。あれだと彼は完全に切れる。今度こそ友達の縁を切られるかもしれないので、それは却下。
強制的に連れて来るにしても、必ず誰か余計なのが付いてくる。特に彼女らは十中八九どうにかして付いてくる。
彼女達も補佐に回すという手もあるが、それじゃ最後の最後で話にミスが出てくるかもしれない。それは避けたい。
さて、どうやって連れて来よう?
コンゴラの村で、これからの事を検討する。
ルシファー派のデビルの工作により、今のところ自分たちの存在はアゼル=ダーインに知られていない。だがここまで近づけば、気づかれるのも時間の問題だ。
そうなると、アゼルは真っ先にこっちを攻撃してくるだろう。ファイアーランドを除いた全ての魔界の軍隊を相手にすることになる。
事は迅速に、かつ確実に成功させなければならない。
となると、大部隊で陽動し、少数の部隊でダークパレス内に潜入。ルシファーを救出し、アゼル=ダーインを討つしかない。
大部隊は後に来るであろう全ての魔界の部隊を相手にするだろうし、少隊はアゼル=ダーインと言う強敵が待っている。
「その突撃部隊は、デビルチルドレンと」
「太陽少年の出番だね」
刹那とジャンゴが声を合わせて突撃部隊に志願した。その二人に続いて、サバタにリタ、残りのデビルチルドレンやエレジーも志願する。
元々この戦いを誰かに任せる気はなかったので、刹那とジャンゴが志願しなくても真っ先に志願したのだが。
フェンリルもそれについて異議はなかった。……と言うより、ここから先は彼らの戦いなのだと理解していたのだ。
決行は翌日の早朝。それまでゆっくり身体を休めておけ、とフェンリルは彼らに休息の時を与えた。
ストリボーグの家の前でジャンゴと刹那がたむろしていると、それを見つけて将来が二人に近寄ってきた。
「よっ!」
「やあ」
「おう」
気楽に手を上げる将来に、ジャンゴと刹那もつられて手を上げた。将来はこう見えても、けっこう物事に動じない大物だ。ジャンゴや刹那と比べてその表情は柔らかい。
「あ、そうだ。渡しとかないとな」
将来の顔を見て、刹那がある事を思い出した。ポケットを探る仕草に将来も思い出したらしく、二人でしばらくポケットの中を探っていた。
やがて出されるのは、7つの鍵のようなものだった。
「これは、ノルンの鍵?」
実物を見るのは初めてのジャンゴが、一つずつ指差しながら聞く。刹那が軽くうなずいた。
「ああ。魔界に着いた時に、すぐに作っておいたんだ。これから何が起きるか分からねぇし、お前も持っとけよ」
そう言って将来がジャンゴに3つ鍵を持たせた。ジャンゴの手にあるのは、紫と赤、それから金だ。ちなみに刹那は虹色と青。将来は白と緑の鍵を手に取った。
「僕が三つでいいのかい?」
「ああ、俺や将来は真っ先に狙われそうだしな。特に俺は一番アゼルに狙われそうだから」
「そうか……」
刹那の言葉で、彼が捕らわれの大魔王ルシファーの息子だという事を思い出す。
「……絶対に、助けようね。君のお父さん」
「ああ」
強い思いをこめてジャンゴが言うと、刹那も深くうなずいた。
「あ、そういえばさ、お前ら彼女達の面倒見なくていいのかよ?」
『硬い友情』と言うタイトルが付きそうなシーンをカットしたのは、何気ない将来の一言だった。
「彼女って?」
鈍感な刹那が首をかしげる。同レベルの鈍感少年ジャンゴもまた同様。
将来はそんな彼らにため息をつきながら、「未来とリタ、何か寂しそうな顔してたぞ。フォローしなくていいのかよ」と呆れた声で言った。
「あああ忘れてた~!!」
「僕も~!!」
慌てて立ち上がり自分のガールフレンドの元へと走っていく二人を見て、将来は今度こそ深いため息をついた。
その異変に気がついたのは、やはりゼットだった。
「!?」
執務室のドアから漏れる闇の波動の異常に気づき、慌ててドアを開ける。
「おい、大魔王!」
いつもの余裕はかなぐり捨て、真剣な顔で部屋に飛び込む。
そこで見たのは、人間体からデビル体へと変化しているアゼル=ダーインの姿だった。
「ぜ、ぜぶるカ……? 深淵魔王……! シンエンマオォーーーーーーーーッッ!!!」
伸ばしてくる手を何とか避け、ゼットはアゼルの次の動きを待つ。様子によっては、自分がこいつを何とかしなければいけなくなる。
油断せずに構えていると、アゼル=ダーインは右手を大きく天にかざし、その手に溜まりまくっていた力を解き放つ。
……それはサバタが放つ“それ”と全く同じだった。
「!? ダークマター!?」
珍しく、ゼットの表情が驚愕一色になる。
それは魔界だけでなく、天界、地上へと広がっていった。
「ヤバイ!」
ゼットが叫ぶ。
どうやら、もう時間はないらしい。アゼル=ダーインが転移したのを見て、ゼットはすぐに神経を集中させた。
ジャンゴと刹那の様子を遠くから見ていたサバタは、呆れたように肩をすくめた。
「全く、馬鹿な奴らだ」
ついつい口癖のように出る台詞。人を小馬鹿にした笑みだが、その目は優しい。
その目が、急に鋭くなった。
「この匂いは……!」
サバタが嗅ぎなれた匂い。魔界やディープホールのものとは微妙に違う、闇の匂い。
ダークマターの匂い。
「ホルルン!? 馬鹿な!」
慌てて辺りを見回していると、断末魔の悲鳴がとどろいた。
「何事だ!?」
兵の断末魔はフェンリルやジャンゴたちの元にも聞こえていた。断末魔が消えてすぐに、ラセツ兵が「ほ、報告します!」と転がり込む。
「しょ、正体不明のデビルが、いきなり発生して、我らを、乗っ取っているのです!」
「!」
ジャンゴ、リタ、サバタの3人がはっとなって顔を見合わせた。ここにいるデビルたちを乗っ取る力を持つ謎のデビルに、彼らは覚えがあった。
「……グールだ! イモータルの下僕の!!」
「ここにいるデビルの皆さんも、ホルルンにやられればグールとなるのですね……!」
ジャンゴとリタの言葉に、サバタを除く全員が驚愕した。イモータルの下僕の話は聞いているが、今この時に襲撃をかけてくるとは…。
「ホルルンは月光仔の血を引いていないと、確実に吸血変異を起こす代物だ。デビルがいくら強くとも、こいつにかかればあっという間にやられてしまう…」
サバタが苦々しげにつぶやく。
ウカツだった。
ダーインがアゼルの身体を借りて復活しているのなら、こういうことも考えておくべきだったのだ。
「で、でも、そのホルルンとか言うものはテトラカーン・マカラカーン(反射技)で弾けるらしく、またやられた者も、即座にソーマやパトラ(状態回復魔法)を使えば何とかなるらしいです」
サバタの言葉で思い出したらしく、ラセツ兵は追加報告をする。
その報告を聞いて、ジャンゴたちはほっとした。一応でも対応策があるなら、自分たちを除く全員がグールになる事は避けられそうだ。
しかし、このまま放って置くわけには行かない。ジャンゴたちはグールを退治しようと駆け出すが。
「君達はダメだよ」
引き止める声がしたかと思うと、
ジャンゴたちは別の場所へ飛ばされた。
「隊長!」
いきなり消えたジャンゴたちにガルムが泡を食うが、対するフェンリルは冷静だ。慌てず騒がず部下達に指示を出し、自分も走る。
お前達は、お前達の戦いをしろ。
フェンリルは心の中で、消えたジャンゴたちを激励した。