SELECT! RESET OR CONTINUE?「その戦い、野心により」(策略編 vol.DEVIL)

 

 大地の魔界は、またの名をサンドランドと言う。

 今、ここの女王であるイシスとファイアーランドの頭首マモンが小競り合いを超えた争いをしているのは、魔界にいるものなら誰でも知る事実だ。

 

 ファイアーランドに、刹那たちはいた。
 クールの育て親であり、元はルシファーに使えていたというデビル・神斬狼フェンリルがここで軍を展開している。
 刹那たちはそのフェンリル軍に身を寄せていたのだ。

 

 

 

「……ああ、そうか。うん、分かった。お前らも気をつけろよ」
 刹那はそう締めてデビホンを切った。通話の相手はナガヒサである。
「どうしたんだ?」
 側で丸まっていたクールが顔を上げる。刹那はクールだけでなく、周りにいる者全員に知らせるために声量を少しだけ上げた。
「……ジャンゴが、魔界で行方不明になった」
「「ええっ!?」」
 聞いた者全員が驚愕する。今刹那の周りにいる者は全員、ジャンゴがメシアの素質を持っている事ぐらいは知っている。
 その彼が行方不明になったという事は、誰かにさらわれた可能性があるということだ。
「捜索隊など出せんぞ」
「分かってる」
 フェンリルの忠告を刹那は軽く流した。捜索隊など必要ない。

 ジャンゴは必ず自分たちの所へ帰ってくる。そう信じていたからだ。

 その刹那の心を勇気付けるかのように、空間が揺らいでサバタが魔界へとやって来た。

        *

 さて、こちらはセントラルランドのアララト山。
 デビルとなったイモータル3姉妹が一時的に加わったことで、旅も少しは楽になりそうだった。
 が、
「あのさ、君、もしかしてセントラルタウンに行くつもり?」
 ゼットが引き止めた。ジャンゴが「そうだけど」と答えると、珍しくぎょっとした顔になる。
「駄目駄目。セントラルタウンは魔界の中心。魔王がいる場所なんだよ。君がそこに行くという事は、首を差し出しに行くようなものさ」
「そうか……」
 そこでもう来ているであろう刹那達の情報を集めようと思っていたのだが、魔王の手の者がうろついているのならそれも出来そうにないようだ。
 ならどこに行けばいいのだろうか?

 ジャンゴは魔界のことをよく知らない。
 刹那立ちによく聞く前に天界へ飛ばされたし、あの老夫婦にはセントラルランドのことしか聞かなかった。
 こんな事になるんだったら、もっと詳しく聞けばよかったと思うが後の祭り。ジャンゴはここで立ち往生してしまった。
 ゼットもジャンゴの行き当たりばったりっぷりに呆れたのか、ふうとため息をつく。人は見かけによらない、はジャンゴにも当てはまる言葉のようだ。
「……あのね、今刹那たちは炎の魔界ことファイアーランドにいるよ」
 とりあえずヒントを上げると、すぐにジャンゴは飛びついた。
「ふぁいあーらんど? そこに行くにはどうすればいいんだ?」
「簡単だよ。サークルゲートを使えばいい。で、そのサークルゲートはコンゴラの村にある」
「逆戻りじゃないか……」
 がくっとジャンゴはうなだれた。

 と言うわけでコンゴラの村。
 気恥ずかしさからこっそりと村中を駆け、サークルゲートまで行く。その後をアルニカとイモータル3姉妹はちゃんとついて来ていた。
 サークルゲートで、ジャンゴはこれからの事を4人に説明する。
「とりあえずすぐには会えないだろうし、まずは彼らの情報集めだね」
「その刹那って子はどういう子なの?」
 ドヴァリンの質問に、刹那のルックスを思い出しながら答える。
「えーと髪が銀色で、紫に近い青のジャケットを着てる。……デビルチルドレンだから、たぶんデビルになった君たちならすぐに分かるんじゃないかな」
 ふーん、とドゥネイルが気のなさそうな声で納得する。そのドゥネイルと、ジャンゴに手を振るドゥラスロールと共に、ドヴァリンは先にサークルゲートに乗った。
 ジャンゴが背中を押してやると、アルニカも次いでサークルゲートに乗る。
「ジャンゴは……?」
 魔界に来てからのアルニカの初めての言葉に、ジャンゴは静かにうなずく。

 サークルゲートに乗ろうとすると、ゼットがジャンゴを止めた。

「何?」
「ん。君はちょっとここで待っててよ」
「????」
 わけも分からずに困惑していると、サークルゲートが発動して3姉妹とアルニカをファイアーランドへと導いた。
 後に残るのはジャンゴとゼットのみ。

「悪いね。君はファイアーランドには行ってほしくないんだ」
 腹に重い一撃。

「ぐっ……」
 いきなりのインパクトに、ジャンゴは意識を手放してしまった。
 ゼットはそれを軽々と担ぐと、サークルゲートに乗る。

 行き先は、ファイアーランドではなかった。

        *

 ファイアーランド。
 ミカエルの力で一気に魔界に飛んできたサバタは、天界で起きたことを説明した。
 第3のエンジェルチルドレン。彼女を取り巻いていた野望。独占欲。そしてジャンゴの拒絶。
「では、天使たちはハルマゲドンを望むだけで、もうこちらには攻撃を仕掛けてこないと?」
「ああ。全世界の掌握を企んでいたラグエルとラファエルが死亡したんだ。もうラグエル派の天使に力は残っていない。
 ミカエル派の連中が取り押さえるのも、時間の問題だ」
 フェンリルの質問に、サバタはすらすらと答えた。それを聞いたフェンリルは、背後に控えていたラセツ兵に何かを命じた。
 命じられた兵はすぐにテントを出て行く。しばらくして、周りが少し騒がしくなった。天使のことを話したためだろう。
 その外の喧騒を無視して、刹那がサバタに聞いた。
「なあ、ナガヒサと嵩治は? あいつらは一緒じゃないのかよ?」
「あの二人なら天界に残った。また何かあった時に連絡役は必要だろう?

 ……あとはミカエルへのけん制だ。
 天使どもはまだハルマゲドンを諦めていないからな。奴らが馬鹿な真似をしないように、近場で監視してるのさ」
「なるほどな。それじゃあ」
 続いての質問に、サバタは顔色を変えてしまった。

「リタは、どうしていないんだ?」

        *

 大地の魔界・サンドランド。
 砂漠と炎天下の太陽が支配するその地は、女王イシスが統率していた。
 少し状況をかじった者なら、イシスは野心家であることを知っている。彼女は今の魔王の変化を知りながら、支配域を伸ばすためにあえて魔王と協力しているのだ。
 それに反しているのがルシファーたちの従兄弟であり、刹那やエレジーの大叔父にもあたるファイアーランドの頭首マモンなのだ。

 そのイシスがいる広間に、リタは通されていた。
 服はいつもの大地の衣ではない。アルニカとの戦いでかなりぼろぼろにされていたため、サンドランドでの女性用衣装を与えられたのだ。
「よく似合ってるわね」
 イシスの形ばかりのお世辞は聞き流すことで無視する。徒手空拳の修行の間に磨き上げられた戦闘本能が、イシスは危険だと告げていた。

 何とかして脱出しなければ。リタはそのことばかり考えていた。

 女王は周りに兵を置いていなかった。いるのは側に控えている侍女一人。
 素人から見ればあまりにも無防備だが、リタにはそうする事で逆にイシスの自信を感じ取っていた。
「貴方をこのピラミッドで見つけたのは何かの偶然でしょうけど、これを偶然と片付ける気はないわ。力になってほしいのよ」
「断る、と言ったらどうするんですか?」
 彼女の言葉に、初めてリタは言葉を返した。
 反抗的な少女の態度に、イシスはふふっと妖艶な笑みを浮かべる。可愛い娘だ。事が事でなければ、自分のものにしたいと本気で思った。
 そのために、あえて隙を作ってみせる。これで彼女は乗ってくるはずだ。

 イシスの予想通り、わざと生んだ隙を狙って、リタが飛び掛ってきた。

「おら、邪魔だぁッ!!」
 やや少し遅れてナイフを取り出した侍女を組み伏せ、あっさりと気絶させる。侍女の手からこぼれそうになったナイフを拾い、イシスの喉元に突きつけた。
「可愛い女の子が、そんな乱暴な言葉遣いをしては駄目よ」
「うるさいんだよ!」
 ナイフを握る手に力が篭り、イシスの首から血が少しだけ流れる。
 それでもイシスの笑みは消えていなかった。……それどころか、ますます笑みを深くする。
「せっかくこんな可愛い顔をしているんですもの。もう少しおしとやかになったらいかが?
 ……貴方の好きな男の子のためにもね」
「!?」
 直接名前は言われていないものの、脳裏に浮かんだ少年の顔にリタは動揺した。
 イシスはそんな彼女のあごを掴んで上げる。隙を狙ったはずなのに、隙だらけになっていた。

「強いだけの女の子は嫌われるわよ……。貴方はもっと魅力的な女の子になれるわ…」
 リタの手からナイフが落ちる。

「……私の元にいらっしゃい……」

 その声は、自分の師匠であるレディにどこか似ていて。
 自分の母親にどこか似ていて。

「…はい、イシス様」
 リタはいつの間にか、イシスのその眼に惹かれてうなずいていた。

 意識を取り戻した侍女に、リタを下がらせるように言う。
 自分を気絶させたリタを彼女は恐れているようだったが、そのリタが従順になっているので、恐怖を抑えて案内した。
 それを見届けてから、イシスはふふんと笑った。

「さすがだね。魅惑魔法のマリンカリンがよく効いている」

 玉座の暗がりから、少年の声がした。
「何か用? 手土産がないならさっさと帰ってちょうだい」
 イシスは犬を追い払うかのように、少年に向かってしっしっと手を振る。その冷たい態度に不機嫌になることなく、少年は「手土産ならあるよ」と答えた。
「この子なんてどう? この子は強いよ。
 ……それに、さっきの女の子が目を覚ました時、いい人質になる」

 そう言ってゼットが荷物を投げ出すようにイシスの前に出したのは、ジャンゴだった。