SELECT! RESET OR CONTINUE?「挟んで隣に」(嫉妬編 vol.DEVIL)

 

 落ち着け、自分。

 いらだつな、自分。

 こんな姿は見せられない。

 

 そう言い聞かせても、やっぱり彼女は気になった。
 彼を挟んで隣に座る少女のことが。

 

「親父が変わり始めたのは……」
「「ちょっと待った!!」」
 聞き捨てなら無いフレーズに、刹那と未来(クールとベールも含む)、ゼットを除いた全員がストップをかけた。ゼットが「ああ、説明してなかったね」とぽんと手を打った。
「エレジーはアゼルの娘さ。ついでに言うと、刹那がルシファーの息子だから」
「「えーーーーーーーーーーーーーーっっ!?」」
 ジャンゴたちの声が唱和する中、刹那は「そんな事いちいちバラすなよ!」と言わんばかりに頭を抱えた。ゼットはそんな反応を楽しんでから、エレジーに続きを促した。
 エレジーはそんなゼットを睨んでから話を続ける。
「親父が変わり始めたのは、イモータル封印を研究し始めてだ。世紀末の予言もあって、親父は急いでいたみたいだ。
 キング・オブ・イモータルがやられて、ナタナエルがこっちに来てからずっと親父はダークマターをどうにかする手立てを考えてた。
 天使たちは光の力で浄化できるが、デビルはそれが不可能だからな」
 太陽はすなわち光。人間では太陽仔の一族しか出来ない浄化も、天使たちは楽に使えるようである。……それが天使たちのエゴを増徴させたのだが。
「研究しているうちに吸血変異にやられたか?」
「いや、それが原因なら親父はとっくに狂ってる」
 サバタのつぶやきをエレジーは否定した。
「イモータル封印の研究はいつから始めたのだ?」
 今度はおてんこさまである。彼女はおてんこさまを知らないらしく、一瞬「新しいデビルかこいつ?」と言わんばかりの顔になったが、すぐに思い出しながら答える。
「……五ヶ月ぐらい前、だったかな……?」

 がしゃん!

 何かが砕ける音がした。
 音をたどってみると、コップを落としたらしいジャンゴが蒼白な顔になっていた。急に具合でも悪くしたか、とサバタが彼の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「……兄さん、五ヶ月前、何があったか覚えてるよね……?」
「ああ、ヨルムンガンド復活とか…………!」
 何となしに答えて、サバタもようやくその可能性に気がついた。
「まさかお前!?」
「……時間的にもあうし、あいつの特性を考えるとそうとしか……!」
 ジャンゴとサバタの頬に、ひやりとした汗が流れ落ちる。
「なあ一体どうしたんだ? 心当たりでもあるのか?」
 兄弟の会話についていけない将来が聞く。ジャンゴはエレジーの方を向いて「お父さんが変わったわけ、僕心当たりがある」と硬い表情で言った。

「これは僕の予想だから根拠は無いよ。でも十中八九当たってる。
 君のお父さんが変わったのは、黒きダーイン……イモータルがその身体を操ってるんだと思う」

「「!?」」
 その場にいた全員に戦慄が走る。
 話を続けるジャンゴ。
「黒きダーインは実態を持っていなかった。だから自分の受け皿として、ヴァンパイア化した僕たちの父さんを利用したんだ。
 もちろん僕たちは奴を浄化した。でも魂だけが生きていたんだ。そして、自分の復活のための受け皿として、イモータル研究をしていたアゼルを狙ったんじゃないかな……」
「……確かに。奴は魂だけでも動くことが出来た。闇に近い者であれば、取り付くのも安易だろう」
 ある意味ダーインと同じ生命体であるおてんこさまが、ジャンゴの説に賛同した。エレジーも思い当たるところがあるのか、記憶を掘り起こすように帽子越しに頭をかいた。

 ふと気がつくと、話についていけてない翔がいづらそうな顔をしていた。
 隣に座っていた兄の嵩治がそれに気づき、翔に「外に出てるか?」と声をかけた。翔は素直にうなずくが、一人で出て行くのが嫌そうだ。
「じゃあ僕も一緒に外に出ます」
 年齢の近いナガヒサが腰を上げた。翔の手を引いて外に出ると、その後をスフィンクスたちがついて行った。
「アルニカも外に出てたほうがいいんじゃないか?」
 ジャンゴも自分の左隣に座っていたアルニカに声をかけるが、彼女は「私はジャンゴの側にいる…」と静かに断った。

 その一言に、リタはカチンとなった。

 落ち着け。自分に言い聞かせる。
 彼女はまだジャンゴと未来ぐらいしか知り合いがいないのだから。それに直に助けたのはジャンゴだという。それなら頼りになる男の子の側にいたがるのも無理はないのだ。
 いらだつな、自分。
 別にアルニカはジャンゴが好きだと決まったわけではないのだ。

 ザジがこっそり椅子をサバタの方に寄せる。
「……なあ、空気違わへん? ジャンゴと刹那の周りだけ」
「違いすぎるだろ。どう見ても」
「恋の三角関係だね~」
 ゼットも乱入してきた。
 刹那をめぐって未来とエレジーが。ジャンゴをめぐってリタとアルニカが。
 気づいていないのは真剣な顔で今後のことを話し合う二人だけで。
「典型的な恋話だね」
 ゼットがふっと嫌味ったらしくため息をついた。

「「どうすりゃいいんだよ……」」
 さすがに気づいている将来と嵩治が声をハモらせてぼやいた。

 周りでそんな話をしているとは露知らず、ジャンゴと刹那はアゼルをどうするべきか話していた。
「魔界に直接乗り込んだほうがいいんじゃ?」
「それはいいけど、どうやってアゼルの元まで行くんだ? イモータルに洗脳されてる、ってまともに話しても信じてくれそうに無いぜ」
「刹那はルシファーの息子なんだし、そういうのでどうにかできない?」
「俺の事はまだ魔界では秘密なんだよ」
 とまあ、完全に二人だけで話し合っていると、突然がたん!と椅子をけり倒したような音が鳴った。
 あまりの音の大きさにジャンゴは恐る恐る右隣を見てみると、リタがすっと立ち上がるところだった。
「私もナガヒサ君と翔ちゃんのところに行って来ますね」
 口調も声色も普通だったが、何故かジャンゴに冷や汗をかかせた。リタはそんなジャンゴに一瞥もくれず、「アルニカさん、ジャンゴさまをお願いしますね」と言って去っていった。
 後には奇妙な沈黙が残るだけ。
「追わなくていいのかよ」
 将来がジャンゴに聞くが、ジャンゴは静かに首を横に振った。今はリタのことよりもどうにかするべき問題が多すぎる。
 でも、後で謝らなきゃ。それから、リタにはちゃんと言っておかないといけないこともあるし。
 ジャンゴはそう思って、宿屋のドアをチラッと見た。

       *

 ああ、やっちゃったな。
 今のリタの気持ちは、その言葉だけが入っていた。
 嫉妬する自分が嫌になって、とうとう外に逃げ出してしまった。別に彼女の気持ちなんて知らないはずなのに。勝手に悪いほうへと考えて、一人でつまらないやきもちを焼いてしまった。
「聖女なんて、綺麗なものじゃないですよね」
 一週間前はそう天使たちに言われていた。でも、本当は自分ほどその二つ名が似合わない者はいないと思っていた。
 少なくとも、つまらない嫉妬を抱くような女にその言葉は似合わないと。
「……本当、最低……」
「何が?」
 独り言を誰かに聞かれて、リタは危うく悲鳴を上げながら正拳をぶつけそうになってしまった。
 ぎりぎりのラインで自制して、声のほうを向いてまた悲鳴を上げそうになる。
「ジャンゴさま!」
「ようやく見つけた~。もうナガヒサ君も翔ちゃんも宿屋に帰ってるからね」
 どうやらジャンゴは自分を探し回っていたらしい。ナガヒサと翔の事を先に言っておくあたり、彼だけ残って探し回ってくれたらしい。申し訳なさと恥ずかしさで、リタは思いっきり縮こまる。
「あの、すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」
「別にいいよ。……リタにちゃんと言っておかなかった僕も悪かったんだし」
「え!?」
 まさか告白!?と胸がいきなり高鳴ってしまう。が、ジャンゴの口から出たのはそんなどきどきさせることではなかった。
「あのさ、あんまりアルニカに酷く当たらないで」
「……」
 彼女を庇うような口ぶりに、どきどきしていた心が一気に落ち込んでしまう。ジャンゴの方はそんな彼女の落胆振りに気づかないで話を続けた。
「あの子、知り合いとかみんなデビルに連れさらわれちゃったし、今まわりにあるのは知らないものばっかりだから凄い不安なんだよ。
 僕や未来しか知ってる人いないし、その上僕たちメシアとか色々難しい問題を抱えちゃってるから、その人に頼るしかないんだ。
 少しでもいいから彼女の事分かってあげてよ。そうしないと、彼女いつまで経っても僕以外の人に打ち解けてくれないよ」
 ジャンゴの言葉はリタの頭にがん!とした衝撃を与えた。
 確かに。頼れる人が少ない彼女に当たってしまったら、ますますジャンゴにしか心を開かなくなってしまい、自分は醜い嫉妬心を抱いてしまう。悪循環だ。
 せめて数少ない女性である自分だけでも、彼女のことを分かってあげなければ。
「……ごめんなさい、ジャンゴさま。私、ジャンゴさまの気持ち分かってませんでした」
「だから別にいいんだって!」
 ジャンゴはそう言ってリタの手を取った。
「……このくらいの事だったら、してあげられるからさ」

 ジャンゴとリタは手を繋いで帰ってきた。
 二人のその様子を見て、今度はアルニカがむっとしていた。