さて、ジャンゴがアルニカを助けた頃に、刹那とリタ、ナガヒサはサン・ミゲルに着いた。
天使たちの襲撃を警戒していたが、襲撃どころか天使たちの影一つも見当たらなかった。
当然である。ラグエルがサバタの手によって倒され、螺旋の塔から天使たちが撤退したのだから。
……しかし、何故か晴れやかな気持ちにならないのは、まだ戦いは終わっていないということをみんな理解しているからだろうか。
3人は真っ先に宿屋へと向かった。何事も無ければ、サバタたちがそこで待っているはずだからだ。
街人がいないのは気にかかるが、追い掛け回されるよりかはいい。それでも長い間外にいるのは危険と思い、人目につかないように移動した。
懐かしい感じもあるドアを開けると、そこにはちゃんとサバタとザジ、おてんこさまがいた。
ついでに知らない顔が5人(内デビルが2匹)もいた。
「よく帰ってきたな」
「ええ、まあ……」
おてんこさまのねぎらいの言葉に、リタが間の抜けた反応をする。
だってこの人たち誰!?
リタと刹那、ナガヒサの無言の質問はとりあえず無視し、おてんこさまは「ジャンゴはどうした?」と二人に聞いた。
二人の顔色が少しだけ不安の色に染まる。
「ジャンゴさまは、途中で森のほうに行きました。何かを見つけられたみたいで……」
「未来を行かせたから、そうそう大変な目にあってるとは思えないけどな」
刹那がふうと一息ついた。今までずっと走りづめで緊張しっぱなしなので、正直ジャンゴの事はほっといて休みたいと思っていた。
一見無神経と思われるだろうが、これは刹那がジャンゴを信頼しているからこそであり、もし彼がジャンゴを信じていなければ未来を行かせること自体しなかっただろう。
もちろん、そんな事口に出せばリタの鉄拳が飛んでくるだろうし、ナガヒサの冷たい視線攻撃にさらされること間違いなしだが。
おてんこさまはリタと刹那の答えを聞き、視線をナガヒサのほうに向けた。ナガヒサも臆さずにおてんこさまを見る。
「太陽の使者おてんこさまですね。この星が危機になると現れるという……」
「そうだ。そういう面から見ると、私もノルンの鍵と同じくらいの伝説ともいえるな」
何にも出来ない精霊が何を言う、とサバタがぼそりとつっこんだ。おてんこさまは鮮やかに無視してナガヒサへの質問を続ける。
「天使たちはやはりハルマゲドンを望んでいるのか?」
「父さん……ミカエルはそうです。でも、僕はそれが父さんの真の願いじゃないような気がするんです」
「真の願い?」
ミカエルがナガヒサに虹色のメシアの角と瞳を託した理由。
それは、父もラグナロクをどこかで望んでいるのではないか――? ナガヒサはそう思っている。
「魔界も天界も真っ二つに別れ、最終的な結末はホシガミのみぞ知る、か……」
おてんこさまが達観したかのようにため息をつくと、ばたんと宿屋のドアがまた開いた。
「ごめん、遅くなった!」
「みんないる?」
「……」
ジャンゴ、未来、ベール。そしてもう一人。
今度はほぼ全員が無言でジャンゴに一つの質問をぶつけた。
その女の子は誰だ!?
おてんこさまとは違い、ジャンゴはあたふたしながら質問に答える。
「え、あの、その、この子は、森で僕が見つけて、あの、アルニカって言って、別に変な気持ちなんて無くて、え、ええと、そ、その、うう……」
最後の辺りはもう涙目である。そんなに僕がアルニカを連れてきたのが悪かったのか皆!?
「……とりあえず落ち着けお前は」
サバタがぽん、と泣きそうな顔の弟の肩を叩いた。
という訳で。
自己紹介も交えて、ジャンゴたちは今の状態を整理することにした。
「で、つまるところまとめるとこうだな。
・天界はラグエルがやられてミカエルが帰っていることで、天使たちはほぼハルマゲドン派。メシアは出来ればエンジェルチルドレンがいい。
・魔界は偽の魔王が兄であるルシファーを幽閉して、天界と地上を掌握しようと準備を進めている。ノルンの鍵は二の次。
・魔界も天界も戦力になる“力ある仔”や、デビルチルドレンやエンジェルチルドレンの可能性を持つ子を探している。
・メシアの条件が揃っている子は、刹那と将来、それからジャンゴの3人。
……こんなところか?」
クールが簡単に要領をまとめ上げる。
そのクールの説明をメモしていたザジが、ふと顔を上げた。
「そういえば、メシアの条件を満たしてるっつーなら、ジャンゴだけでなくサバタもそうやないか? 一応、太陽の一族の血も引いてるんやし」
「俺はダメだ」
ザジの提案を速攻却下するサバタ。曰く、自分は太陽仔としての力をほぼ失っている。棺桶召喚ぐらいなら出来るが、ノルンの鍵を持つのはおそらく無理だろう。
いい提案だと思っていたのをあっさり却下されてぶんむくれるザジ。それをリタがまあまあとなだめていた。
嵩治はそんな光景をほほえましい目で見ていたが、すぐに真剣な顔つきになって話を修正した。
「それにしても、これからどうするんだ?
僕たち……というか君達はいつも後手後手に回っている。いつか大きな賭けに出ないと、ノルンの選択をする前に世界がどうにかなってしまうよ」
「一応メシアの条件を持ってる俺やジャンゴ、将来と、ノルンの鍵。この二つは切り札になるけど、使い方を間違えるととんでもない事になるな。
とりあえず、魔界をどうにかするか。偽の魔王を倒せば、少なくとも地上にデビルが出るのは防げる」
いつの間にかリーダー的な存在となっている刹那が今後の方針を提案する。
確かに、地上や天界を掌握しようとしている偽の魔王が倒されれば戦争もないだろうし、地上がこれ以上パニックになることはないだろうが…。
だが、それは本当の魔王が『掌握を考えていない』ことが条件になる。
「本当の魔王が話の分かる人じゃなかったらどうするの?」
「そう人じゃないから大丈夫さ」
ジャンゴの問いに刹那はさらっと答える。あっさりではあるが断言しているその口調に、刹那はその魔王と知り合いなのかなとジャンゴは思った。
と、また一つ質問が生まれた。
「あのさ、どうしてその偽の魔王は本当の魔王を閉じ込めるなんて事をしたんだ?」
ジャンゴの質問に、デビルチルドレンとそのパートナー達が顔を見合わせた。
実は魔界では魔王は二人いる。ルシファーとその弟アゼルだ。今皆に『偽の魔王』と呼ばれているのはアゼルの方である。
この兄弟はお互いをよきライバルと認め合い、切磋琢磨して魔界を収めていた。本来「魔王」とはルシファーとアゼル二人の事を指し、「本当」も「偽」も無かった。
それが何故こうなったのか?
「アゼルが変わったのは実は最近のことなんだよね」
「うわっ!」
唐突に出現した高城ゼットに、ジャンゴは半分パニックになる。刹那と未来の方は平然としている辺り、どうやら彼の唐突さは大分前から知っているようだ。
「高城! お前、どうしたんだ?」
「ん、来たのは僕だけじゃないよ」
それを合図に、宿屋のドアが開かれた。そこにいたのはジャンゴたちにとっては見知らぬ女の子である。
「刹那!」
「エレジー!」
ロリータファッションに身を包んだ女の子が刹那の方にやってくる。刹那は女の子――エレジーの名前を呼んで彼女を歓迎した。
……隣にいた未来が、ちょっとむっとした顔をしている。
エレジーはそれに気づかず――気づいていても無視しただろう――、自分の周りに起きたことを話し始めた。