ユキの一言に一番驚いていたのはミホトだった。
ジャンゴへの憎しみも全て忘れて、真摯なユキのまなざしにひるんだような顔になる。
「……嘘でしょ?」
「嘘じゃない」
「そんな事ないわ! だって貴方はそこの太陽少年に騙されて……」
「騙されてない。ジャンゴさんは僕を解放してくれたんだ。だからジャンゴさんを殺そうとするなら、僕がお姉ちゃんの相手になる!」
気合一閃。ユキのハンマーが振るわれ、ミホトは大きく吹っ飛んだ。神槌の霊力もあるのだろうが、彼本人の力は相当なものらしい。
ユキの攻撃はまだ止まらない。空気を打つようにハンマーを振ると、その衝撃波で運命王も弾き飛ばされた。
「『死反球(まかるがえしのたま)』!?」
吹っ飛ばされながらも様子を見ていたらしいミホトが驚きの声を上げる。どうやら運命王を吹っ飛ばした技の名前らしい。
とりあえず、ユキの参戦に驚いていたジャンゴもようやく立ち上がって剣を構えなおした。立ち上がった自分を見て駆け寄ってくるユキに、ジャンゴは一瞬だけリタの面影を見る。
武器を構える姿はかなり様になっていた。相手が自分の姉でも言葉通りに戦うつもりらしい。援護は嬉しいが、姉と戦わせてしまうことにジャンゴは罪悪感を感じてしまった。
ユキはそんなジャンゴの心中を知らず――知っていてもあえて無視したが――、ミホトに向って駆け出した。ジャンゴは罪悪感を胸の奥にしまって、運命王の方に向かう。
相手に集中できる分、動きが大分読めやすくなってきた。意思を持つかのように動くマントを避け、ジャンゴは剣を叩き込む。運命王はその剣を杖で返して、逆に自分めがけて蹴りを放ってきた。
白いパンタロンと黒のブーツで覆われた足が鋭い刃のように閃き、ジャンゴの首を狙ってくる。首を引っ込めると、ひゅうっと風を斬る音が間近で聞こえた。
「……腕は互角か……。やはり、太陽仔の正当なる継承者」
彼女がぼそりとこぼした言葉を、ジャンゴの耳は正確に捉えた。
「太陽仔の『正当なる』継承者?」
剣を振りながら問うと、運命王はしまったと言わんばかりの顔になる。慌てて口を押さえるが、それでこぼれた言葉が回収できるわけでもない。
失言を誤魔化すかのような杖の一撃を軽くいなし、彼女を防護するマントを狙う。ざっとマントは二つに切れたが、その矢先から繋がって再生した。
(やっぱり、彼女も亜生命種か!)
未だ真の姿(?)は見せていないものの、彼女がただの人間ではないことがこれではっきりとした。
マントが勝手に動くのは防具にかけられた魔法だから、とか説明がつくかもしれないが、切ったそばから再生するのは魔法の範疇を越えている。
おそらく、あの白ずくめの服装も彼女そのものと言っていいのだろう。自分にとって父の形見である真紅のマフラーが自分そのものと言っていいのと同じように。
運命王が杖を振って自分に向ってきた。ジャンゴは左手でグレネード・チェンジを取り出し、彼女に向って放る。クロロホルルンが近くにいないので、効果を発揮せずに軽い爆発を起こして消えた。
目くらましとけん制の意味で投げたそれに、ジャンゴの読み通り運命王は大げさな防御体制をとってくれた。隙だらけになった彼女に、ジャンゴが突っ込む。
「でぇぇぇぇい!!」
「ちぃっ!!」
慌てて構えを崩して剣の一撃に備える運命王だが、ジャンゴの一撃の方が早かった。ガードに入ったマントごと、相手を大きく切り裂く。
血しぶきが、ジャンゴと運命王の視界を赤く染めた。
クストースの聖地では、一人残っていたヤプトが運命王たちの戦いを見ていた。
「おやおや。優勢がひっくり返されてしまったほうで」
運命王たちの戦いぶりを、ヤプトが皮肉で批評する。二対一でジャンゴを追い詰めたというのに、ユキが参戦しただけでここまで苦戦一方になる辺り、相当ユキの戦力を甘く見ていたようである。
ミホトが敵にいる以上、ユキは戦いはしまいと思っていたことからして甘かった。今のミホトのところへ行くより、ジャンゴの元にいるほうを選ぶのは、間違ってはいない。
連れて行かれるなら、例え相手が誰であろうとも戦う――。ユキほど精神が強い者なら、まずそう考えるだろう。無理やり連れて行かれる先に何があるのかをよく心得ているからだ。
(私としては、好都合ですよ)
運命王は監視のために自分自身で出たのだろうが、自分をここに置いたのは大きな誤算だった。特等席であるここなら、チャンスを見極められる。空間を越えて魔力を送る手はいくらでもあるのだ。
「ま、ここはゆっくりと観戦させてもらいますよ」
ちょうどいい感じに、台座も目覚めてますからねぇと南の椅子に座ったヤプトは嫣然と笑った。
目の前に浮かんでいるヴィジョンは、ユキとミホトの戦いを映している。
ユキは生まれてこの方、姉と戦ったことはない。こうした命のやり取りは勿論、口喧嘩すらやった事はないのだ。
ミホトの気が強い性格もあって、ユキは姉に逆らうことがあまりなかった。姉は自分を思ってやってくれていると思うと、どうしても咎めたり諌めたりするのがためらわれた。
だが今は姉の間違った考えを正してやりたいと思った。例えその選択が姉を傷つけ、苦しませるものであっても、今の姉を見続けるよりはマシだ。
普段は温厚で大人しい性格ゆえ、あまり武器を手にとって戦うことはなかったが、ジャンゴとの旅の間彼は武器を手に取らざるを得ない状況だった。
元々の素質もあって、ユキはミホトと共にいた時よりも大分強くなっている。地を揺らす「道返球」に、衝撃波の「死反球」、相手の攻撃を返すカウンター「経津鏡(へつかがみ)」。
姉の攻撃によく似てはいるものの、ユキのオリジナルである一撃一撃にミホトは後ずさって行く。
「私が、私がユキを守らなきゃいけないのに……」
そのユキに攻撃されている現実もショックだったらしく、いつもの攻撃が全て中途半端で、相手の武器を落とす「蜂比霊(はちのひれ)」は当たりもしなかった。
対するユキは的確に攻撃を当てて、相手にダメージを当てて行く。急所を外しているのは、相手を殺すためではなく相手を止めるためだからだ。
そして。
とうとうユキの攻撃でミホトの鎌が空を舞った。
「くぅっ!」
右腕を押さえてミホトが後ずさる。
ユキは鎌が飛ぶ方向を見切って、姉が武器を取り戻そうと思わないように前に立った。無論、武器は構えたままである。
――ちょうど少し前のミホトとジャンゴと同じような状態なのだが、ユキはそれに気がついていなかった。
「ここまでだね」
「……どうしてよぉ……」
姉はここまで追い詰められても、未だに自分がジャンゴをかばったことを信じられないでいるらしい。昔から思い込みが激しい姉だったが、ここまで来ると強情だ。
ユキはそんな姉の姿に哀れみを感じながらも、ハンマーを大きく振りかぶる。止めを刺すわけではない。姉には一時的に眠ってもらうだけだ。
ハンマーを振りかぶった瞬間。
「ィィィィィ――――――――ッッ!!」
言語不明の叫び声を上げて、ミホトの体が光り輝いた。
「!?」
クストースの聖地で様子を見ていたヤプトは、ミホトのその姿に思わず椅子から立ち上がった。
同時に、椅子に据えつけられていた赤い宝珠がぎらぎらと輝きだす。
「……目覚めの時は、近いですか……!」
なら、こちらも準備をしないと、と呟きながら、ヤプトはヴィジョンに手を突っ込んだ。
――ダメだ……。彼を目覚めさせちゃダメだ……!
誰かの声が聞こえる。
だが、最悪なことに、その声は誰にも届くことはなかった。
「どうなってるんだ!?」
「僕が知るわけないだろ!!」
ミホトの変貌振りに、さすがにジャンゴはユキの方を向いてしまう。運命王に後ろを見せてしまうが、彼女は何故か攻撃を仕掛けてこなかった。
――自分の後ろで、運命王も目を見開いていることをジャンゴは知らない。
とにかく、このままにさせておくわけにはいかない。ジャンゴはガン・デル・ソルを拾って急いで組み立てなおそうとするが、それより先にユキが飛び出していた。
「ダメだ。ユキ、戻るんだ!」
ジャンゴの制止も聞かずに、ユキはハンマーを振り上げて姉の周りをほど走っている光を抑えようとするが。
『目覚めよ!!』
何処かから声が聞こえたかと思うと、天空から光が落ちてくる。ジャンゴには解らなかったが、運命王はすぐに魔力の光だと察した。
光の落ちる先は、ユキとミホト。
「ユキ!! ミホト!!」
ジャンゴが声をかけられてようやく光に気がついたらしいミホトが顔を空に向け、ユキがジャンゴの方を向いた瞬間、光が二人を直撃した。
「ッッ!!」
声にならない悲鳴は誰のものだったのか。
それを理解する前に光は消え、あたりは爆発が起きたかのような硝煙が立ち込めていた。
生存を確認しようと、何とか目を凝らすジャンゴの目に最初飛び込んできたのは……鎌であり槌である武器だった。
……てけ・りり、てけてけ、てけ・りり・り……
煙の中から声が聞こえる。
ユキによく似ていて、ミホトによく似ていて、それでいて二人に全然似ていない声が。
「ようやく、ようやく封印が解けましたよ……! 霊力にて目覚める最後にして最強のクストース!
『精霊王・グリーヴァ』!!」