初日の出

 水平線が少しずつ明るくなっていく。
 暗い海をオレンジ色の日が少しずつ切り取っていく。日が昇ってくる合図だ。だが、今朝はいつもと違う。新年初めての日の出……所謂初日の出だ。
 そして。
「うーん、いい景色!」
 ウェーブロードに腰かけたハープ・ノートこと響ミソラが嬉しそうに笑った。さっきまで眠そうだったのに、日が昇った瞬間この笑顔。切り替わりが早い女だとブライことソロは思った。
 今二人がいるのは地上ではなく、ウェーブロードだ。地上だと人が多いし、何より国民的アイドルの登場となると初日の出を拝むどころではないので、ここを選んだのだ(ちなみにミソラの案である)。
 上りゆく太陽。改めて新しい一年が始まったのだと実感する。
「明けましておめでとう!」
 ミソラが笑ってこっちに向かって新年の挨拶をしてくる。返すのもしゃくなのでふん、と鼻を鳴らすだけに留めた。

 二人がこうして初日の出を拝んでいるのは、どちらかが誘ったわけではない。
 ソロが何となく立ち寄った「ニホンで一番初日の出が綺麗に見れる場所」に、ミソラがやって来た。それだけだ。
「こんな所で会うなんて珍しいね」
「……全くだ」
 彼女の言葉に思わず賛同する。ミソラの人気はいまだ衰えることはなく、年越しも忙しかったはずだ。それなのに、真っ先にここに来たのは。
「新しい一年の始まりでしょ? こういう所で今年も頑張るぞって気合を入れたくなったんだ」
 なるほど。
 彼女にとって今日という日は、新しい一年を迎えたというめでたい日なのだろう。自分にとってはただの一日が始まった、それだけに過ぎない。
「ソロって新年も興味ないって感じだね」
「実際に興味はない」
「うーん、それって時間を感じなくない?」
 変わった質問をされた。
 時間。確かにハンコを押すかのように一日が同じことの繰り返しだと、時間と言うものが実感できなくなる。気づけば気温が上がっていたり下がっていたりで、季節の流れも感じた事がない。
 別にそれで焦ったり困ったりしたことはない。所詮自分はこの世界から排他された身。何らかのイベントに顔を出すなんて、するだけ無駄だと思っている。我ながらひねた考えだと思うが、それがこの世界の選択というやつなのだろう。
「時間を感じる必要はない。ただ生きていられればそれでマシだ」
 ソロが答えると、ミソラはふーんと呟いた。自分から質問しておいて反応はそれか、とも思うが、下手な同情や哀れみよりかははるかにいい。それが解ってきているようだ。
 気づけば朝日は水平線を離れようとしている。
 上っていく太陽に合わせて、穏やかな海の色が変わっていく。それに合わせて、地上ではわいわいと騒ぐ声とカシャカシャとシャッターが切られる音が鳴っていた。
「こういうのも、特別って気がしない?」
 ミソラが言うと、ソロはうるさいだけだとだけ返してやった。実際、地上の方では叫んだりしている者もいるので、ソロにとっては鬱陶しいことこの上ない。
「つまんないの~」
「ふん」
 何がつまらないだ、と内心ぼやく。
「そう言うのを楽しみたければ他の奴らを呼べばいいだろうが」
「それはそうなんだろうけどね」
 ミソラの言葉には何か実感みたいなものを感じた。おそらく仲間と時間が合わない事を考えているのだろう。さもありなん。彼女の仲間は普通に学校に通っている身。そうそう簡単に自分都合で連れ回すことはできない。そんなミソラにとって、放浪の旅を続けているソロの方が逆に時間を合わせやすいのかも知れない。
 さて。初日の出は完全に水面を離れた。このまま残ってもいいが、絡まれ続けるのも面倒なので、ソロは踵を返す。
「もう行っちゃうの?」
「残りたければ一人で残れ」
 冷たく振り払うと、ミソラはまたぶーぶーとわざとらしい膨れ面をした。しかしそんなので絆されるソロではない。さっさとその場を離れた。

「……で、何故貴様は付いてくる」
「一人じゃつまらないんだもん」
「……」
 電波変換を解除して適当な場所を歩いていたのだが、その後をミソラがついて来ている。全速力で撒いてやろうかと思ったが、それでもついて来る未来が予想できた。なぜかは解らないが。
 仕方ないのでそのまま放置して歩く。ミソラが別の道を歩く気配は、ない。
「TV局が呼んでくるんじゃないのか」
「その時はハープが教えてくれるから、いいの」
 本当にヤバくなったら電波変換して飛んでいけばいいし、と気楽に言うミソラ。電波人間ならではの裏技だが、しょうもない事に使うなとも思う。
 それ以降、何の会話もなく歩く。ミソラも話のネタが尽きたのか、黙々とついて来ている。
 どこへ行くかも解らない、そんな道。それでも、誰かが後ろにいるというだけで、少しだけ心が休まる気がした。騒がしいのはさておいて、だ。
 と。
「あ、ソロ。神社あるよ。お参りして行こうよ」
 後ろを歩いていたミソラが神社を指した。ニホンではここでお参りするのは知っていたが、自分には関係ないのでスルーしていた。
 だがミソラはお参りしたいらしく、ソロの腕を取って神社へ走る。振りほどきたいが振りほどけない、そんな力加減だった。
 朝早い時間なので、神社は人がまばらだった。初日の出を見に行ったついでか、それとも朝早くに済ませておこうと思った者か。とにかく、さっとお参りするにはちょうどいいような人の数だ。ちなみに屋台はまだ出ていない。
 屋台が出ていない事を残念がりつつも、ミソラはソロの腕を取ったままお参りの列に並ぶ。さほど時間をかけずに、二人の番になった。
「お参りの仕方解る?」
 ミソラがこっそりと聞いてきたので、ソロは無言で首を横に振る。解るも何も初体験だ。スターキャリアーで調べれば一発だろうが、いちいち出しながらやるのも面倒だ。
 そんな事を思っていたら、デバイスからハープが『じゃあ教えてあげるわ』と言ってきた。今までずっと無言だったので、存在をすっかり忘れていた。
『まず柏手を一つして……』
 ハープの指示通りにお参りをする。後ろで綺麗なお参りだなとか言っていたが、ソロは気にしなかった。
『それで一礼して終わりよ』
「ありがと、ハープ」
 ミソラがデバイスの中のハープに礼を言う。お礼をせがまれた気がしたので、ソロはただ鼻を鳴らした。
「ねえ、何をお願いしたの?」
「何?」
 お参りと言うから手順に沿ってやっただけで、願い事など考えていなかった。ただ無心に祈りを捧げただけだ。だがミソラは違うようで、にこにこ笑いながら自分の願い事を言う。
「私はね~、『私の歌で去年以上にみんなが幸せになれますように』ってお願いしたんだ~。叶うといいなぁ」
 それは願い事と言うより目標じゃないのか。ソロはそう突っ込みたくなるのをこらえ、また鼻を鳴らす。
「奴のことは願わなかったのか」
 名前は挙げなかったが、ミソラは瞬時に誰のことか察したらしい。「それはそれ、これはこれだよ」と答えてきた。
「真っ先に思いついたのがそれだったから」
 次のお参りの時にお願いする、と付け加えるミソラ。だが神はそんないくつも願い事を叶えるとは到底思えない。それこそ強欲だと思われて天罰が下るんじゃないのかと内心思った。
「いい思い出になったね」
「……ふん」
 自分にはどうでもいい事だが、彼女にとっては良かった事らしい。ソロは今年何度目か解らない鼻を鳴らした。