退院した翌日に、スバルは学校に行った。
先に学校に来ていたルナは、大丈夫なのかと本当に心配そうな顔をしていたが、体に問題はないのだから大丈夫と言い張った。
そして。
「育田先生が、希望するなら補修もするって言ってたわよ」
「そうなんだ」
入院していた分のプリントを、1枚ずつ見ていく。量はそれほどでもないが、内容は解るものから解らないものまで様々だ。
(そういえば、最近まともに勉強をしていなかった気がする)
ルナたち曰く、ずっとロックマンとして活動していたため、勉強はなおざりになっていたらしい。これからはちゃんと勉強もしよう、と心に決めた。
「スバル君?」
真剣に見ていたのを不審に思ったのか、ルナがこっちの顔を覗き込んでくる。曇りない目がきらりと光った気がして、スバルは一瞬どきりとした。
「な、何?」
「ちゃんと勉強する気あるのねって思って」
心の中を見透かされたような気がして、さらにドキドキした。
ルナはいつもそうだ。いつも自分の心の中を的確に見透かし、自分に必要な助言をくれる。時には体を張って自分を守り、その心をいたわってくれるのだ。そんなルナに、自分は何をしたのだろうか……。
「スバル君?」
再度名前を呼ばれ、首を何度も振った。
どこか不安そうな顔のルナをまっすぐ見つつ、自分の思いを告げる。
「しばらく……というか、何か大きな事件でも起きない限りは、ロックマンじゃなくて星河スバルとして生きていくよ。
学校行って勉強して、生徒会を手伝って、家に帰る。みんなと過ごすそういう一日が、一番大事だって思ってるし」
それは、今のスバルの素直な気持ちだった。
確かにロックマンとして平和を守るために戦うのは大事なことだ。だがそれ以上に、こうやって普通の小学生としてみんなと一緒に過ごしていくのも大事なのだと、改めて解った気がするのだ。
世界がロックマンを信じるのはいいが、ロックマンに頼り切らないようにするのも、自分のすべきことだ。
……それに何より。
「テストの点数が悪いヒーローって、情けないしね……」
「……そうね……」
プリントと一緒に渡されたテストの結果を改めて見た二人は、深々と溜息をつく。
赤点じゃないだけマシという、悲惨な点数が並んでいた。
ぴたり、とミソラの足が止まる。
『ミソラ?』
ハンターVGの中のハープが気になって声をかけるが、ミソラからの返事はない。
少しの間をおいて、やっとミソラが目の前の白いドアに手をかけて、かちゃりとノブを回した。
最近のミソラは、いつもこうだった。
白いドアの前に立つと、なぜか足が止まる。そしてためらったかのように少し間をおいてから動くのだ。
一度どうしてそうなったのかを聞いてみたが、本人もよく解らないようだった。ただ、「怖い」とだけ答えるだけで。
何を怯えているのだろう。ハープは内心首をかしげる。思い当たるとしたら、今回の事件で何かあったぐらい。しかしハープには心当たりがない。
……シドウに連れられてサテラポリスに行って以降、自分は事件の外に追いやられた。
ミソラが事件の黒幕にさらわれた時、自分はハンターVGの中にいた。自ら外に出ようとしたが、それより先にロックをかけられて放置されてしまったのだ。
それ以降はずっとサテラポリスで保護されていたので、事件がどう解決したのかはよく解っていない。聞く限り、ソロが何とかしてスバル達を止めたらしいのだが、その代わりスバル達は一時的な記憶喪失に陥ったらしい。
実際入院当時のミソラは自分すら解らない感じだったが、自分やスズカが根気よく話しかけたことで何とかある程度は記憶を取り戻した。しかし、どれだけ話しかけても今回の事件についてはほとんど思い出すことはなかったが。
こっそりウォーロックにも連絡してみたが、スバルの方も今回の事件に関してはうろ覚えらしい。これも神具の影響なのだろうか。
そこまで考えて、ハープはソロの事を思い出した。
今回の事件で、ミソラはソロの事でまた打ちのめされている。しかも謝るチャンスを敵に潰されてしまった。そして今そのソロは、行方が解らない。
そこまで考えて、ハープはようやくミソラが白いドアにためらう理由を理解した。
ミソラはまだ、ソロに謝っていないのだ。
謝りたい、だけどもうそれができない。その思いが、彼女にドアに対するトラウマを植え付けてしまった。
否定するかも知れないが、彼女の中でソロという存在はただの知人・友人という範疇を超えているのだろう。
(せめてすぐに再会できればねえ)
その可能性の低さに、ハープはこっそりとため息をついた。
空が青い。
雲一つない空をぼんやりと見上げながら、ソロはロックマンとの戦いの後のことを思い出していた。
「わ、私は悪くない! あの女が! あの女がムーの遺産に目を付けたのが全ての原因だ!」
「……」
研究所の奥の部屋に乗り込んできたソロを見たグリムテルムは、開口一番弁解を始めた。
「大体、私がこうなったのもみんなのせいなんだぞ!? みんなが私の友人を陥れたから! 私はこうやってみんな一緒にしてやろうと思ったんだ! 私は悪くない!」
「……」
「そうだ、私は悪くないんだ! お前だって解るだろう!? キズナなんてものを手に入れた人間がどうなるかを! どうなったかを! だから私は悪くない!」
「……」
うんざりした。
遺産を盗み、スバルとミソラを王と女王に見立てて世界を支配しようとした男だが、ふたを開けてみればこのような言い訳ばかりするような臆病者。
かつて自分を理不尽な言い訳でリンチしてきた奴らと、全く変わらない。
ソロの目が呆れと軽蔑のそれになっているのに気付いているのかいないのか、グリムテルムはまだ他責だらけの言い訳を続けている。
そんなグリムテルムに向かって、ソロは無言でこぶしを振り上げた。
あの後、気が済むまでグリムテルムを殴り飛ばしてから、その場を去った。
再度盗まれたケテルとシェヴェト、そしてヘレヴと思われていたただの石の剣を回収し、遺跡に戻したのだ。
グリムテルムがヘレヴだと思い込んでいたもの。それはただの装飾された儀式長剣でしかなかった。
ヨイリーのヒントである「海の中」というフレーズで、瞬時にソロはベルセルクの剣がそのヘレヴだと悟った。
ソロも知らなかったが、かつてベルセルクはムーからヘレヴを盗み出し、それを神の剣レーヴァテインとして祀り続けていた。名前を変えられていたため、最初オリヒメもレーヴァテイン=ヘレヴだと気付かなかったのだ。
グリムテルムと仲たがいした後、オリヒメはひょんなことから再度ヘレヴの事を調べる機会があった。だから彼女だけがヘレヴの真実に気づけた。
そして現代。人間の手で発掘されたベルセルクの剣は、ムー大陸とともに海へと消えた。だから絶対に最悪の事態にはならない、とヨイリーたちサテラポリスは信じていたのだ。
かくして、3つの神具をめぐる事件は終わりを告げた。
グリムテルムは逮捕され、神具も元の場所に戻った。
神具はまた盗まれないように厳重に封印したし、オリヒメもデータは処分すると言っていた。そもそも事件そのものを知る者が少なく、その全員が口を閉ざすのだから誰も知りようがない。もうあの神具が狙われることはそうそうないだろう。
もうロックマンや響ミソラが必要以上に崇め奉られる事は、ない。
ソロはふと、ミソラの事を思い出した。
スバルと同じようにミソラの記憶も消そうと近づいたら、彼女は何かつぶやきつつ泣いていた。
何となく耳を澄ませてみると、彼女はひたすら誰かに謝罪し続けていた。その謝罪先が誰なのかまでは解らないが、なぜか胸が締め付けられた。
起こして、誰に謝罪しているのか聞きたくなった。しかし聞いたところで、何になるのだろうか。
(別に、関係のない事だろうが)
あの時の胸の痛みが蘇ってきたような気がして、ソロは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
ミソラがどれだけ泣いて謝罪しても、その対象が自分だということはあり得ない。大方星河スバルに対して何か大ポカをやらかしたのだろう。そう思うことにした。
ぴろん、と考えを遮るようにハンターVGが音を鳴らした。ニュース更新の音だ。
取り出してニュースの欄を見てみると、いくつか最新ニュースが追加されていた。
『サテラポリス公式チャンネルに、ロックマン出演。
昨日、サテラポリスの公式チャンネルが更新され、動画『誰でもできるウィルスバスティング』にてロックマンが出演した。
ウィルスによる被害は昨今増加の一途をたどっており、警察やサテラポリスでは対応できないパターンも増えてきている。
サテラポリスはそれを重く見て、一般人でも対応できるように簡単なウィルスバスティングを指導、その一環としてゲストとしてロックマンを招き動画を制作したとコメントしている。』
『話題の映画「ブルー・ミーティア」。響ミソラ、出演を否定。
昨日、事務所から声明を発表。「ブルー・ミーティア」に主題歌は提供したが、映画の出演はないとのこと。
これに対してSNSではあちこちから賛否両論の意見が飛び交っているものの、半数以上がその発表を好意的に受け止めている様子。
同期の氷室スズカも「実力主義の監督がミソラをヒロインに抜擢するのは有り得ない。しかし歌だけとはいえ、一緒の仕事ができるのは嬉しい」とコメントしている。』
「……ふん」
トップを飾る二つのニュースを見て、ソロは鼻を鳴らした。
崇め奉られなくても本人の意思に関係なくても、結局のところロックマンと響ミソラは注目の的になるようだ。
世はおしなべて事もなし。
万事順調問題ありません。
ソロは無言でニュースが並んだウィンドウを切り、その場を立ち去った。