ミソラが女子トイレで泣いている頃、ソロは病院で目を覚ましていた。
痛めつけられた体はぼろぼろで、少し休もうかと考えていた時、ラプラスが急報を持ち込んできた。
祭壇に納めるはずのシェヴェトが、再度盗まれた。
迂闊だった。
一度盗まれた物をすぐに納めるのは、盗掘者に盗んでくれと言っているようなものだ。ソロは自分の甘さにげんなりしつつ、点滴を引きちぎって外に飛び出した。
心当たりは全くないが、動かなければ何も始まらない。それがソロの持論だった。
もし、ソロが少しだけ体力回復を選択していれば。
もし、ミソラが敵に捕まらなければ。
2人はちゃんと出会えていたかもしれない。
しかし現実はそうはいかなかった。させてくれなかった。
まるで会う事がタブーかのごとく、2人はすれ違った。
「……遅いですね」
サテラポリス。
飛び出したミソラを待っていたスバルだが、少し遅い気がして後を追おうとドアに近づくものの、アシッドがそれを阻止した。
『申し訳ありませんが、貴方たちを外に出すわけにはいかないのです』
「だけど」
『敵の狙いは貴方たちですから』
「だったらなおの事……」
「ダメよ、スバルちゃん」
次に引き留めたのはヨイリーだった。
「これはミソラちゃん自身が解決する問題でもあるの」
「……」
そう言われると何も返せない。ミソラは心配だが、彼女の問題に対して自分があれこれ言うのはルール違反だ。
それに。
「貴方だって、心当たりあるでしょう? 自分の傲慢さ」
「……」
ルナとのやり取りを思い出す。
常に自分を支え、力になってくれた彼女に対し、自分は「力を持たないくせに」と冷たく言い放った。自分は無意識のうちにルナをそう思っていたのかと思うと、今でも虫唾が走りそうになる。
自分はまだまだ未熟なのだ。それなのに、気づけば力を持つ自分が世界を救うのだと思い上がっていた。
(僕が信じている絆は、そんな都合のいいものじゃない)
力を持つ者だけをかき集めて、強くなったと思い上がる。これでは孤高の戦士がいつぞや語った「キズナ」そのものだ。
ヨイリー曰く、シェヴェトは王と定められた存在への忠誠心を一つに集めるらしい。ロックマン……自分はその「王」に据えられた、と。
自分がもっとちゃんとしていれば、きっと飲み込まれずに済んでいた。ルナやキザマロに対して、力を持たないくせになんて思わなかったはずだ。
「『僕がもっとしっかりしていれば』。そう思ってる?」
心の中を見透かされた。
取り繕う気も起きず、無言で頷く。
「気持ちは解るわ。でもね、あれはそう言う心持ちでどうにかなる物じゃない。海に角砂糖を投げたとしても、海が砂糖味になるなんてことはないでしょう?」
海に投げられた角砂糖は、あっという間に溶けて消える。甘みも何も残らない。
スバルは今までその海で絆という大波を引き起こしてきたが、それは彼が大波を引き起こすきっかけである小石だったからこそ。角砂糖に変えられた今、波を起こすことはできない。
「ミソラちゃんもそうね。彼女は海に投げ込まれた餌。たくさんの捕食動物に群がられるけど、食いつくされた後は何も残らない」
恵みをもたらす――食われる存在故、彼女の機嫌を損なわないように甘やかされる。そして心地いいまま、何も知らずに食いつくされるのだ。
……スバルはその時、ソロの事を思い出した。
キズナを否定し、常に一人でいる孤高の存在である彼は、この大海にとってどのような存在となるのだろうか。
またもヨイリーは心を見透かしてきたようで、くすりと笑って付け加えて来た。
「ソロちゃんは強いて言うならプラスチック。海に投げ入れても溶けないし、波も起こせる。だけど忌み嫌われる。そんな存在よ」
解る気がする。
キズナを否定するゆえに人々の中に溶け込まずに、波も起こせる。だが、溶け込まないからこそ嫌われ、疎まれる。
ソロは強い。一人でいるからこそ強い。スバルは改めて、ソロの強さを認識しなおした。
あれから何分経っただろうか。
「……遅いな」
今回そうつぶやいたのはシドウだ。さすがにアシッドやヨイリーも不安に感じたか、飛び出すシドウを誰一人止めなかった。
それから時計の秒針が一周する前に、スバルも不安に駆られる。何か起こっている。それだけは確かだ。
「僕も行きます」
今度もアシッドが止めようとするが、タッチの差でスバルが出ていく方が早かった。
がむしゃらに廊下を走り回るスバルに、ウォーロックが声をかけた。
『おい、ミソラがどこにいるのか心当たりあるのか!?』
「解らない! けど、絶対に何かあったよ!」
『そりゃ確かにな!』
ウォーロックがハンターVGから飛び出し、スバルの先を飛ぶ。電波の流れから、ミソラの行方を追ってくれるようだ。スバルはスバルで、ミソラの性格を思い出して行動を予想してみる。
(ミソラちゃんが考えるとしたら……)
やはり、ソロに謝る事だろうか。
発表会の騒ぎの後、ソロは直轄の病院に担ぎ込まれた。複雑ではあるがここから行けるので、直接謝る事も可能だ。
そう考えたスバルは、ハンターVGでマップを呼び出して病院までのルートを走り出す。ウォーロックはハンターVGに戻し、ナビゲートさせることにした(暴れ出すのを防ぐためでもある)。
行き交う職員をかわしながらなので、走ると言っても早歩きに近い。周りがざわめき出すが、スバルは気にせず病院まで走る。
「すいません……あ、すいません……ちょっと通ります」
ぶつかりそうになると謝っていたが、途中でその手を止められた。
「あ、あの」
「ああ、別に気にしてないよ」
君に用があるから。
その一言を聞いて、スバルの体は固まった。
ミソラが飛び出す前、ヨイリーは何と言っていた? シドウは? アシッドは?
彼女が帰ってこない理由に、何故連れ去られたと言う可能性を考えなかった?
自分たちは今だ狙われているという事を、何故思い出せなかった?
油断という言葉が頭に浮かぶより先に、背後からの強い衝撃でスバルは意識を失った。
ミソラを探しに行ったシドウが戻ってきた。
その表情は暗い。どうやらミソラは見つからなかったようだ。
「スバルは?」
第一声に対し、ヨイリーは無言で首を横に振る。飛び出したのは伝えたが、それ以上の情報は届いていない。
これはつまり。
「十中八九、さらわれましたね」
「ええ……」
まずい状況になった。
本当に最悪な状況にはならないと解っていても、それでも拙い状況になると焦ってしまう。スバルとミソラ両方とも連れていかれた今、こっちは戦える味方が一気に減ってしまった。
と、タイミング悪く内線が鳴る。
取りたくないが、それでも緊急のコールには応じないといけない。ヨイリーは苦い顔のまま内線を取った。
「……そう、解ったわ。仕方ないわよ。それじゃ」
内線の内容は、ソロが病棟から失踪したとの報告。恐らく残りの神具を追い始めたのだろう。
シドウにそれを話すと、「俺から連絡入れますか?」と返してきた。
彼が力を貸してくれるかは解らないが、それでも今の状況を説明するだけでも何か変わるはずだ。
「連絡取れる?」
「トランスコードから追います。お互い情報交換という体なら、彼も無下にできないかと」
「解ったわ。お願い」
『博士、いいですか?』
まとまりかけていた相談に、アシッドが口をはさんだ。ハンターVGを出そうとしていた相棒を抑え、ぴかりと目を光らせる。
『同じタイミングでよろしいのですが、星河夫妻をこちらで保護した方が良いかと』
「え?」
意外な提案に目を丸くするヨイリー。しかしアシッドの次の言葉ではっとなった。
『星河スバル、響ミソラ両名にとって重要な存在です。人質に取られる可能性も考慮すべきかと』
「……! 確かにね」
黒幕の性格は把握していないが、無理やり2人をさらう以上人質などの悪質な手を使ってくる可能性はある。
いつもの面子に加えて、大吾とあかねも安全な場所に避難させるべきだろう。
『どうしますか?』
「私が連絡するわ。アシッドちゃん、足を手配して」
『解りました』
「シドウちゃんはそのままソロちゃんに連絡。呼び出せたらこっちに来るように言って。こっちも手配するから」
「了解」
さて、忙しくなる。
黒幕……フォルゲン・グリムテルムが大きく動き出した以上、こちらも大きく動かなければならない。特に今回はロックマンに頼る事が出来ないからだ。