何かがおかしい。
ここ最近、ハープが何度も思う事だった。
今彼女の目は、最近上がってきたネットニュースの記事に釘付けになっている。
『映画「ブルー・ミーティア」、ヒロイン役に響ミソラが抜擢? 国民的アイドルとヒーローとのロマンスが噂の中で。』
ミソラへの要求は主題歌だけのはずだった。それがあれよあれよとヒロイン役にまで祭り上げられている。
しかもそれに対しての周りのコメントが、「待ってました」「当然だ」と好印象なのが多いのである。不思議がったり不審に思う意見は、全て炎上レベルの騒ぎになっていた。
本気で皆、ミソラがヒロインをやる事を賛成しているのだろうか。
ドラマ出演はソング・オブ・ドリームで既にやっているため、演技は全くできないと言うわけではない。しかし、お世辞にも大作映画のヒロインに抜擢されるほどの演技力はないはずだ。
そもそも「ブルー・ミーティア」はあくまでロックマンをモデルにしただけで、ロックマンそのものではない。実際ストーリーもロックマンの戦いとは大きく違っている。
ミソラがあのポスターを見てロックマンを連想したとしても、周りの人間たちがあのポスターを見てミソラを連想する理由にはならないはずなのだ。
何かがおかしい。
ハープは再度そう思う。
無言で悩んでいると、後ろから聞き覚えのある声が飛び込んできた。
『あら、ハープじゃない』
『アイス』
振り向くと、そこには氷室スズカのマネージャーウィザード・アイスがいた。
かつてディーラーにそそのかされて事件を起こした彼女だが、実際に彼女がダイヤ・アイスバーンになったのを見ていないという理由から、厳重注意と謹慎で済まされていた。
それ以降、彼女は前と変わらずスズカのマネージャーを続けており、必然的にハープとも仲良くなっている。
『何か困りごと?』
友人にそう問われるものの、何と言っていいのかいまいち解らない。ストレートに言うにしても、どう切り出すかすら解らないのだ。
困り顔のハープを見て、アイスが少し眉をひそめた顔で「もしかして映画の事?」と切り出した。
『……あの記事、見たの?』
『そりゃ記事になればねぇ。スズカもあの映画出るけど、そんな話一度も聞いた事がないって言ってたもの』
『あら、スズカ出るの? おめでとう』
ミソラと同期のスズカは、最近は女優としてめきめき頭角を現していた。
ソング・オブ・ドリームでアドリブも加えつつ役を演じきった彼女を、有名ドラマ監督が目を付けたことにより、アイスたちマネージャーは歌ではなく演技を伸ばす方針に切り替えたのである。
切り替えは功を奏し、今のスズカはちょい役から1話限りの重要ゲスト役まで様々な役をもらえるようになっていた。その成長ぶりを見たマスコミは、「歌のミソラ、演技のスズカ」と評している。
そんな彼女が映画に出るのも、当然と言えるだろう。
ハープの祝いの言葉を一旦笑顔で受け取るアイスだが、すぐにさっきまでの表情に戻った。
『もう撮影始まってるし、今ヒロイン交代なんてなったら大騒動よ。それなのに、何でそんな噂が広がったのかしら』
『そうよね。主題歌からヒロインとか、話が飛び過ぎだわ』
『ええ……』
2人は顔を見合わせて、深々と溜息をつく。
何かがおかしいのは解るのだが、自分たち電波体に何が出来るのか。悲しいかな、相棒がいないと自分で出来る事は少ない。
それでも、出来る事はしておきたい。とりあえずは、何が起きているのかを調べようと思った。
ハープがそう決意していると、アイスがまた口を開いた。
『……そう言えば、あの映画ではもう一つ噂があるのよ』
『え?』
そんなに内輪話してもいいのかとは思うが、お互い口が固いし噂話ならもう広がり始めてきているだろう。そう思って、ハープは続きを促す。
促されたアイスは、渋い顔のままとんでもない事を告げる。
『実はね、主人公役をロックマンにやらせようって話も上がってるらしいの』
『はぁ!?』
あまりにも突拍子もない噂に、思わずハープが甲高い声を上げる。慌てたアイスがハープの口を押さえるが、ウィザードたちの会話を聞いている者は周りにいなかった。
内容が内容なので人気のない場所で話したいが、あいにくスタジオ内にそのような場所はほとんどない。なので、あえてこの場で少しだけ声量を下げて続ける。
『どういう事?』
『どういう事も何も、ミソラをヒロインにするなら、主人公はロックマンだろうって。あくまで周りがそう騒いでるだけよ』
『……』
『実際ロックマンが演技できるとは思えないし、監督の性格上それを許してくれるとは思えないわ』
『……まあ、ね』
ロックマン……スバルを思い出す。
確かに彼は演技が出来るような器用さはないし性格でもない。ソング・オブ・ドリームでサプライズ出演したが、大根役者と言っていいレベルだった。
そんな彼を大作映画の主役に抜擢するのは、一時の話題をさらうだろうが、最終的には失敗と取られる事請け合いだ。
しかし、今の状況だと、その愚策が通ってしまうのではないか?
ミソラがスバルを欲している今、これ幸いとスバルを無理やり映画に引っ張ってこないだろうか?
本来ならそんな我儘は皆が止めるだろう。ソング・オブ・ドリームのモブ出演も、かなり無理を通してもらったのだ。国民的アイドルと言えど、出来る事は出来ない事がある。
だが、誰も止めなかったら?
むしろそんな我儘を叶えようとしたら?
ミソラの我儘で歪んでいく未来が想像できて、ハープはぶるりと身震いした。
アイスと別れたハープは、ミソラを待つまでの間少し聞き込みをすることにした。
とはいえ、表立って映画の事を聞くわけには行かない。とりあえず、最近のミソラの事について聞いて回る事にした。
『ミソラちゃんですか!? いやー、もうミソラちゃん最高ですよね! と言うか、ミソラちゃんあってのボクたちです!』
『最近の彼女は絶好調だと思ってるよ。きっと、少しすれば世界に羽ばたけるほどの実力歌手になるんじゃないかな?』
『……実を言うと、ミソラちゃんに全財産つぎ込む勢いで推してます。自分がどうなろうとも、ミソラちゃんが笑顔なら、それで!』
相変わらずの人気ぶりだが、いささか行き過ぎてる者もちらほら見られた。しかし、気になるほどではないと言われればそんなものである。
うーん、と悩んでいると、その当人であるミソラが声をかけて来た。
「ハープ、何やってるの?」
『あ、ああ、ミソラ。収録終わったの?』
「うん。後はみんなに挨拶すれば今日の仕事は終わりかな」
『そう』
時間を確認すれば、確かにもう午後4時になろうとしている。ミソラは子供故、夜中まで仕事することはできないので、帰るしかなかった。
ハープは大人しくハンターVGの中に戻る事にした。
アイスは少し悩んでいた。
昼、ハープにロックマンやミソラの出演の噂を話した事は、正しかったのだろうか。
確かに今の空気はどこかおかしい。しかし、いつも通りと言われればそれまでの違和感でしかない。
以前なら何でもかんでもミソラミソラかと嫉妬しただろうが、今は逆に恐ろしさを感じている。まるで、ミソラという女王のご機嫌を取っているかのような……。
「アイス?」
心配したのか、台本を持ったままのスズカがこっちを見てきた。
台本は件の映画のもの。この映画で、スズカは主人公の妹を演じる事になっている。主要キャラほど出番はないが、要所要所で目立つ出番を用意してもらっている。
特にヒロインに裏切られて(事情があっての事だが)落ち込む主人公に発破をかけるシーンは、この映画のキモの一つ。だが、ミソラがこれを気に入らないと思ってしまったら。
『ねえ、スズカ』
声をかけると、台本を開きかけていたスズカが顔を上げた。
『貴女とミソラ、今仲はいいのよね?』
「? 今も何も、ずっと仲良しだよ。それがどうしたの?」
『そう……』
とりあえず二人の仲は良好らしい。ほっと胸をなでおろすアイスだが、次の言葉で人間でいう「冷や汗が出る」状態になってしまった。
「映画でミソラとまた一緒にやれるし、本当に楽しみ!」
『……!』
噂でしかないミソラ出演を、スズカは信じてしまっている。本気で彼女は、ミソラがヒロインをやると思っているのだ。
監督も、同じように考えてしまっているのだろうか。
「アイス?」
またスズカが呼びかけてくる。今度は少し心配の色が混ざっていた。
『あのね、スズカ』
どうすればいいのか解らないが、とにかくその思い込みはダメだと思って説得に入る。
『ミソラは主題歌は手掛けるだけで、ヒロイン役をやるなんて決まってないわ』
「う、うん」
『そもそも、ミソラは演技上手くないでしょう? いくら話題性があるとしても、監督が彼女を選ぶとは思えないわよ』
「うーん、そ、そう言えば……」
件の映画を担当している映画監督は、話題性などよりも実際の出来を重視する職人気質で、選んだキャストも話題性よりも実力で選んだ者たちばかりである。故にオーディションに受かった時は、二人とも大喜びしたのだ。
そんな中、ロックマンと深い繋がりがあると噂されているとはいえ、素人に毛が生えた程度の演技力のミソラを入れるだろうか。ミソラ本人が一種のコネ採用のようなことを、喜ぶだろうか……。
スズカもその説得で納得したのか、見る見るうちにしょぼんと落ち込んだ顔になってしまう。
「せっかくミソラと一緒に仕事できると思ったんだけどな……」
『まあ、舞台挨拶で顔を合わせられるだろうし、いつかは同じ番組に呼ばれるかもしれないからね』
全力で慰めると、スズカも少しは立ち直ったようだ。仕方ないか、とため息一つで切り替えて台本読みに集中し始めた。
そんなスズカの背中を見て、アイスもため息をつく。
(明日、またハープと話すことが出来ちゃったわね……)
ネットニュースが更新される。
『「ブルー・ミーティア」舞台挨拶にロックマンが来ると噂? 響ミソラとの関係を明かす可能性も』