コダマタウンの騒動より数日前。オクダマスタジオに謎の荷物が持ち込まれた。
あらゆるスキャンやチェックを逃れたその荷物が、誰の私物なのかは誰も知らない。
だが、いつの間にかそれは「彼女」の物だと皆が認識し始めた。
なぜならそのアイテムの見た目は、華やかな王冠を思わせるものだったから。
王冠を被る者。それは王か女王に決まっているのだ。
この世界においての女王が誰なのか、それは誰もが知っている事だった。
国民的アイドル・響ミソラも、たまには自分の人気を確認するためにエゴサーチする事がある。
自分や大事な物のために歌を書いてると自負しているものの、反応を求めたくなるのは人間のサガ。喜びや感動のコメントを見ると、それだけで今日一日乗り切れるぐらいには元気になれるのだ。
たまにアンチコメントが目に入る事もあるが、それは適当に読み流す。まともに取り合っていたら、時間がいくつあっても足りないからだ。
と言うわけで。
今、ミソラは軽くエゴサーチして見つけたスレッドを覗き込んでいた。
『響ミソラを語るスレ 356曲目♪
24:ミソラファンクラブ会員
最新ミソラちゃん情報ゲットしてきましたぞ。
次のアルバムの新曲は2曲ほど。シューティング・スターのアレンジもあるとの話ですぞ!
25:名無し
シューティング・スターキターーーーーー!!
26:名無し
神曲アレンジ入りとか既に神アルバム確定じゃないか。
3枚は買う。
27:名無し
予約しますた。』
「うふふ」
ずらりと並ぶ賛辞の言葉に、ミソラの顔がだらしなく緩む。
メテオG事件のさなかに発表・発売された曲は、既に数十万枚は売り上げている。このままいけばレコ大どころか最年少ミリオンセラーも狙えるのでは、とまで噂されるほど。
そんな曲ゆえに、歌詞の解釈や研究なども進められていた。ミソラにとって、ファンたちのそんな解釈を覗き見るのも楽しみの一つだ。自分の思う通りの解釈から予想外の方向からのもの、ネタに走った楽しいものまで。全てが興味深く、また楽しませてくれる。
『44:名無し
シューティング・スターヘビロテ中。
彼女に言われたけど、これミソラちゃん的にラブソングと解釈していいのか?
45:名無し
>>44
何をいまさら。
ファンの中ではあれはミソラちゃんのラブレターだとされてるんだぞ。
46:名無し
待ってくれ。
その理論だと、曲を聞いた俺たちはミソラちゃんの恋人になれるという事では。
48:名無し
>>46
それはない。
ミソラちゃんに恋人なんて俺が許さん。
50:名無し
だが待って欲しい。
それがロックマンだとしたら、俺たちは受け入れるべきではないだろうか。』
「やだ~!! スバル君ならOKだなんて♪」
書き込みにスバルの名前はないのだが、ミソラの中ではロックマン=スバルなので、スバルとの仲を認められたと脳内変換していた。
調子のいい脳内変換のおかげで、今日はノリノリで仕事をこなせそうだ。そんなルンルン気分のまま、更にスレの続きを見ていく。
スレはシューティング・スターの歌詞考察から、ロックマン(スバル)との交際を推理する流れになっている。主にソング・オブ・ドリームの登場を掘り下げられているが、中にはロックマンが解決した事件の中にミソラが現地にいたものを探す特定班すら出てきそうな状態だ。
スバル君の事も知られるのかなあ、なんて気楽に考えていた中、一つの書き込みが飛び込んできた。
『144:名無し
でもミソラちゃん、最近はそういう匂わせとか多いんだよなあ。
最初は親無しの子たちのためとか言ってたのに、今はロックマンばっかりな気がするよ。
結局、彼女も男が関わると変わっちゃうもんなのかね。』
「……!」
思わず立ち上がって、その書き込みをまじまじと見てしまう。
そんなにロックマン……スバルの事ばかり言ってるつもりはない。なのに、この書き込みはまるで自分がロックマンの事しか語っていないように言っているではないか。
そして最後の「男が関わると変わるものなのか」という文章も腹が立つ。この書き方だと、自分が悪い方向に変わったようなものに見えてしまう。
自分とスバルのキズナは、そのような悪い物ではない。もっと尊く、正しい物なのだ。何も知らない奴がしたり顔で語れるようなものではない。
先ほどまでのルンルン気分は何処へやら。ミソラの心の中は、今はもやもやとイライラが渦巻いていた。
「んもー!」
思わず地団駄を踏んでいると、ハンターVGからハープが出てきて『ほらほら。続きを見なさいよ』と慰める。
慰められるままに続きを読めば、なるほど144の書き込みに対して「ミソラちゃんに失礼だぞ!」と反論が殺到していた。中には「お前ファンの振りしたアンチだろ」という書き込みもある。
ファンたちの怒りの書き込みは、ミソラの心を少しだけ慰めた。一旦深呼吸して、スレを見直そうとするが。
『それよりも、そろそろ準備しないと拙くない?』
相棒の冷静なツッコミに、ミソラは慌てて時計を見る。現在時間、朝の7時。
「やばっ、遅刻しちゃう!」
慌てて仕事道具をカバンに詰め込み、ばたばたと身だしなみを整えた。このペースだと、朝ごはんは途中のコンビニで済ませるしかないようだ。
忙しなく動き回っているうちに、自分をイラつかせた書き込みの事が徐々に頭から抜けていく。それよりも目の前の仕事の方が問題だ。
響ミソラの一日は、こんな流れで始まる。
今日の仕事場はオクダマスタジオ。
ここでこれから発売されるアルバムの宣伝CM、歌番組の収録を行うのだ。
「おはようございまーす!」
朝の元気な挨拶は好印象を与える第一歩。現にミソラの笑顔と声に、従業員や番組スタッフが釣られて笑顔になった。
「ミソラちゃん、今日はこっちからね」
マネージャーに手招きされて、そっちに行こうと一歩踏み出そうとするミソラ。その一歩を止めたのは、壁に貼られた一枚の映画ポスターだった。
――ヒーローの戦いに、刮目せよ。
あのロックマンの戦いを元に作り出されたアクション映画! ニホンが感動の渦に巻き込まれる!!
テンプレなうたい文句ではあるが、ロックマンの文字はミソラの足を止めるには充分だった。
ポスターに写るヒーローの姿は、確かにロックマンに似ているような気もする。キャストやスタッフも実力派が揃っているため、悲惨な内容にはならないだろう。
『ほら、急いで急いで』
ぼんやりと見ていたら、ハープにせっつかれた。朝もやらかしたし、これ以上余計な事をしてお小言を食らうのはまっぴらごめんである。
ミソラは急ぎマネージャーの元に駆け足で向かった。
「え、映画の主題歌ですか?」
マネージャーからの一言に、ミソラは思わず目を丸くした。
その反応に気を良くしたらしい。マネージャーが満面の笑みで「さっき君が見てたポスターのやつだよ」と答えて来た。
「ロックマンをモデルにした作品だから、ミソラちゃんも歌詞書きやすいんじゃないか?」
「やります!」
ロックマンとあればやらない理由はない。
もしかしたらこれをきっかけにスバルとまた仲良く出来るかもしれない、とちょっとだけずる賢い事を考えつつも、心は既に次の曲に移っていた。
ミソラがこうして新曲に心を馳せている時。
ニホンの某所で、男が自殺をしようとしていた。
男は首吊りで死ぬつもりだったのだが、偶然にもロープが解けた事と死ぬ直前に人が駆け付けた事で九死に一生を得た。
駆け付けた人は警察にも通報していたため、男の遺書は警察が回収。家族がそれを受け取った。
ただそれだけの事件ゆえ、マスコミが取り上げる事もない。誰もが何も知らぬままに過ぎていく、そんな事件である。