翌日。
ルナは昨日と同じくスバルの家に寄ってみたが、やはりスバルは学校に行く気はないとの事だった。自室でぐっすり寝ているらしい。
『スバル君を引っ張ってこれれば良かったんだけど』
「気にするな」
ソロはルナの部屋に残り、探し物――杖(シェヴェト)の行方を調べていた。
昨夜、二人で話し合った結果、この付近に盗まれたムーの遺産があると判断した。スバルの異変、ルナの変化は、明らかにシェヴェトの能力によるものだ。
問題は、シェヴェトの場所。
名前の通り杖の形をしているので、どこにでも配置できるし、どこに置いてもコダマタウン全域が能力の範囲内になるだろう。厄介な状況だった。
ルナも学校でそれっぽいのを探してみると言ってくれたが、正直当てにはしていない。ソロもソロで探すつもりだった。
それにしても。
「……」
人の部屋。しかも女子の部屋はこんなにも居心地が悪いのだろうか。
別に部屋が散らかっているわけではない。むしろ整理整頓されているし、掃除も行き届いている。だから居心地が悪いのだ。
ふかふかのベッドも、綺麗に片付けられた空間も、優しい香りも、全部縁がなかったから。
自分には一生縁のない物に囲まれるのは、体がムズムズする。拒絶反応と癒されるような気持ちが入り混じり、何とも言えない感情が渦巻いていた。
「……くそっ」
頭を何度も振って、目の前の問題に集中した。
使ってもいいと言われて渡されたデバイスで、コダマタウンの地図を呼び出す。探すのは学校を始めとした公共施設だ。
家も候補だったが、家の住人がシェヴェトを誰かの忘れ物として警察に届けてしまったり、最悪ごみとして捨ててしまう事を考えると、有り得ないと判断した。
そういうわけで公共施設をいくつかピックアップし、外見の画像を注意深く観察する。図書館、体育館、集会場、公園、そして学校。
学校はルナが調べるので排除し、まずは公園から調べ始めた。
外見画像では、それらしい物は見つからなかった。こうなると実際に現地に行って調べてみるしかない。そう考えたソロはまず公園でシェヴェトを探し始めた。
周りは、子連れの母親があちこちで自分の子供を遊ばせている。その一部がこっちを見て何か話しているが、ソロは気にしない。いつもの事だ。
……しかし。
「キズナ……あの子は敵……」
「ロックマンに……」
かすかに聞こえたいくつかのフレーズに、ソロの心のアラームが激しく鳴り響く。
彼女らがロックマンを知っているのは普通だとしても、自分の情報を全く知らないはずだ。それなのに、明らかに視線を自分に向けて「敵」と言っている。
これもシェヴェトの力なのだろう。王への忠誠心として王を無条件に崇め奉り、王を否定する者を排除しようとする。
ソロは近くのウェーブステーションで電波変換して、その場から離れた。さすがに母親たちは電波人間を認識できないらしい。しばらくあちこち見まわしていたが、やがてなかったかのように子供と遊び始めていた。
ルナたちは、大丈夫だろうか。
昨夜の話し合いでも、ルナの思考がジャックされかける事がしばしばあった。どれだけ注意し、警戒してても電波体や電波人間でもない限りはシェヴェトの能力から逃げられない。
……最悪、彼女たちを手にかけるかもしれない。
そんな恐ろしい考えが、頭をよぎった。
自分の使命はシェヴェトを取り戻す事。そのためなら手段は選ばないし選べない。それでも、彼女たちを切り捨てて終わらせるなんてことはしたくなかった。
出来るならば、何の犠牲も払うことなくシェヴェトを回収したいが、自分にそれができるのだろうか。
「……くそっ」
そこまで考えて、ソロは自分の甘さに舌打ちをした。
できるのだろうか、ではなく、やるのだ。例えどんな手段を使っても。
「最近仕入れた物に棒状の物があったかだって? うーん……ねぇなあ」
コダマ小の校庭で、ルナたちに問われた尾上十郎がごりごりと頭をかいた。
時間は昼休み。ルナたちはゴン太とキザマロを連れて、シェヴェトを探していた。
とはいってもはっきりとした形は知らないため、「最近学校で見かける棒状の物」をメインに探している。傘やバット、果ては掃除のモップまで。とにかく棒状のものなら何でもチェックをいれていた。
そんな中、校庭の樹の手入れをしていた尾上に出会ったのだ。
「校庭のどこかで落ちていたとかはありませんか?」
キザマロの問いに対しても、尾上は首を横に振る。どうやら、彼の行動範囲内では怪しい物はないようだ。
「悪ぃな、何の力にもなれなくてよ」
「いいえ」
尾上のなんとなしの言葉に、ルナの胸が痛む。
電波変換もできる彼が何の力にもなれないのなら、自分は何なのだろう。ただの足手まといか、履いて捨てるほどいる置物か。そんな自分は、何も言わずに守られていればいいのだろうか。
ソロの事を思い出す。彼は無力だった頃に暴力を受け、辛い思いをしていた。そんな彼は今力を手に入れているが、守るのは己の誇りだけだ。
誰も守らないソロと、守られることを強要する今のスバル。どっちがマシなのだろう。
放課後。
生徒会の仕事があるのだが、今日はそれよりもシェヴェト探しを優先することにした。
……したのだが。
「何で今日に限ってこんなに仕事があるの!?」
ルナが思わず悲鳴を上げるほど、山のような嘆願書やら書類やらが襲い掛かってきた。しかも、締め切りは示し合わせたかのように今日か明日まで。
「まるでおれらに動いてほしくねぇみたいだな……」
さすがのゴン太もこの書類の山を見て訝しむ。
しかしどれだけ陰謀を疑っていても、この山が一気に消えるわけではない。3人は渋々目の前の書類を片付け始めた。
それが30分前の事。
そして今。
「や、やっと半分ですね……」
書類の山と格闘し続けた結果、キザマロの言う通りその高さは半分まで減っていた。
しかし逆に言えば、まだ半分は残っている。このペースで行っても、帰りは5時を回るだろう。そうなると、町を出てシェヴェトを探すのは難しくなる。
「ソロが見つけてくれるといいんだけど」
「いや、見つからなかった」
ルナのつぶやきに対し、いつの間にか上がり込んでいたソロがぼそっと答えた。なぜか手にはジュースが4つある。
「い、いつの間に!?」
「時間になっても来ないから、こっちから来させてもらった。あとこいつは貴様らの担任とか言う奴からもらった物だ」
「あ……」
放課後シェヴェト探しを一緒にするつもりだったのだが、生徒会の仕事に集中していたあまり連絡を忘れていたのを思い出す。不審に思ったソロは、前と同じように電波変換で学校に乗り込んできたようだ。
ソロがどういう流れで育田と会ったのかは知らないが、仕事で苦労している3人を思いやったのだろう。4つなのはソロの分も含めてか。
ともあれ。一息つくのとシェヴェトについて話し合うなら今のうちだろう。ルナはソロからジュースを受け取った。
机の書類を端に寄せ、ジュースを一口飲む。ゴン太とキザマロもやや恐る恐るジュースを受け取り、一口飲んだ。そうやって全員(ソロ含む)ジュースを飲んでから、ソロが口を開いた。
「町中にはシェヴェトは見つからなかった」
ソロがここに来た時点である程度予想はしていたが、悪い知らせだった。
となると、残るは学校。自分たちがまだ探していない場所にあるか、それとも……。
「誰かが回収してしまった、という可能性はないでしょうか?」
キザマロがルナの思考を読んだかのように呟く。
あまり考えたくなかったのだが、その可能性もあるとルナは思っている。シェヴェトが人の思考をジャックすることで、ソロや自分たちの手に届かない場所に移動させていたら。
その可能性はソロも考えていたらしく、黙って首を横に振った。
「全部回ったが、それらしいのはなかった」
「人の家に上がり込んだのかよ!?」
思わずゴン太が突っ込むが、ソロの呆れた顔と「電波変換だ」の一言で納得した顔になっていた。それでも、全部の家を回って調べたのはとんでもない徒労だったと思う。後で何か奢ろうとルナは思った。
ともあれ、保管(?)場所はかなり絞れた。後は4人がかりでそれを探すぐらいだ。ではどこだ、とルナがハンターVGから学校のマップを出した。
「私たちが見て回ったのは屋上から3階まで。後は校庭ね」
「でも、1階と2階は理科室とかあるから探す場所は多いですよ」
「全部電波変換とかでさっと回れねえのか?」
「ウェーブステーションの数が少ないし、道も入り組んでる。外よりかは難しいだろう」
いつの間にか、ソロも真剣な顔でマップを見て相談に参加していた。今は互いの事情はさておき、一つの目標に向けて力を合わせないといけないのだ。
そんな中、ゴン太のハンターVGがメールを受信した。
「誰だ? ……スバル!?」
「「え!?」」
ゴン太の一声に全員が彼のハンターVGに集中する。ルナが一つ頷くと、ゴン太はすぐにメールボックスから件のメールを開いた。
――ソロがそっちに行ったって?
あいつは何をするか解らないから気を付けて。
僕もすぐに帰るよ。
あまりにもらしからぬメールに、ルナたちは顔を青ざめさせ、ソロの顔は険しくなる。
明らかに、シェヴェトに「飲み込まれて」いた。
否、元々ソロは敵だった。今は事情があって協力しているだけで、本当はキズナの敵でしかない……。
「ああもう! 何がキズナの敵よ!」
隙あらば飲み込もうとしてくる闇を、頭を振って追い払う。そんな叫びを聞いたソロの顔が、さらに険しくなった。
「そうか、奴の無意識はそんな感じになったか」
「……」
ソロの一言に、3人は沈黙する。
スバルは絆を大事にしているが、キズナをいいように利用しているわけではない。だが、実際シェヴェトはそのようにみんなを飲み込んだ。
前日のあの発言も加え、これではただの横暴なだけの男ではないか。
「あいつ、そんな事考えてたのかな」
ゴン太が寂しそうにつぶやく。
誰もがスバルの本音がこんなものだとは思っていない。だが、スバルの無意識に隠されていた傲慢さを、こんな形で垣間見るとは思わなかった。
……いや、違う。
「もしそうだとしたら、私たちがそんな曲がった根性を叩き直すべきだわ」
ルナは立ち上がる。
「友達が間違った方向に行こうとするなら、全力で止める。それが私たちがすべきことのはずよ。スバル君は私たちで止める!」
ルナの力強い演説に、ゴン太とキザマロは無言で頷いた。
そうだ。スバルが傲慢なままロックマンとして戦うつもりなら、自分たちがそれを止める。
横暴な理由で成される正義など、あってはならないのだ。
「さあ行くわよ! レゾンは『スバル君を止める』!
そしてチーム名は『帰って来たルナルナ団』!」
流れでレゾンに組み込まれている事とネーミングセンスの無さに、ソロは思わず絶句してしまった。
勝手な事をするなと苦情を言おうとしたら、ゴン太とキザマロ両方から肩を叩かれた。
「諦めてください。委員長はこうなったらもう止まりませんから……」
「あとネーミングセンスもな……」
深々と溜息をつく2人を見て、これは何を言っても無駄だと悟ってしまったソロだった。