流星のロックマン・希釈「星河スバルの傲慢・5」

 勢いで外に飛び出した後、ルナは家まで全力で走り続けた。しかしどれだけ全力で走り続けても、先ほど聞いたスバルの言葉が頭の中で何度も繰り返されてしまう。

 ――何の力も持たないくせして、偉そうに言わないでほしいんだけど

 スバルが絶対言わないと思っていた言葉。そして一番聞きたくなかった言葉。
 自分とキザマロだけ電波変換できず、戦いの時は逃げ回るだけ。運が悪ければ巻き込まれ、命の危機にさらされる。
 それでも自分たちがいるだけでも、スバルの力になっていると思っていた。思いたかった。
 なのに実際はどうだ。何もできない自分たちは、結局のところただのお荷物でしかなかったのか。
 絆の力なんて、所詮電波変換して戦えるかどうかでしかなかったのか……。

『さすがにアレはねぇわな』

 いつの間にいたのか、隣でウォーロックが呆れたため息をついていた。それと同時に、自分が今いるのは家付近ではなく、スバルの家に近い公園だと気づく。
 ここからウォーロックを振り払って家に帰れるほど落ち着いたわけでもないので、一旦ベンチに座り込んだ。
「貴方はどう思ってるの?」
 遠回しに見せかけたストレートな問いに対し、ウォーロックは「あー」と一息ついて答える。
『確かに最近はちょっとおかしいな。いつものあいつにしちゃ、随分と短絡的だし、何より……』
「目立ちすぎる、わね」
 ルナが最後の台詞を先に言うと、ウォーロックが苦虫を嚙み潰したような顔になる。
 相棒の彼も今のスバルに違和感を覚えているようだ。電波体だからこそ、違和感がはっきりと解るのかも知れない。
『普段は俺がせっつかないと電波変換すら嫌がるってのに、今じゃ逆だ。すぐに『電波変換だ!』って言ってきやがる。
 揉め事に対しても、自分から飛び込んでいくようになったんだぜ?』
 俺としちゃ暴れられるから歓迎なんだけどな、と余計な一言を付け加えるウォーロックに、思わずルナはため息をつきかけた。
 好戦的なウォーロックは、違和感に気づいててもわざと放置していたようだ。相棒の変化が引っかかっても、目の前の戦いに飛びつかずにはいられなかったのだろう。
 そこを突っ込むと、さすがに自覚があるのかウォーロックは目を逸らした。しかし、その顔もすぐに真面目な顔に戻る。
『でもさすがに今回のはねぇな。どんだけおめーに助けられたのか、すっかり忘れてんじゃねえか?』
「……」
 いまいち実感がないが、スバルが奮起する時は大抵自分の声がきっかけだったと聞いている。ルナが思う以上に、スバルの中では自分は大きな存在らしい。
 自分はただ、思うままに物事を見極め、言いたい事を言っているに過ぎない。それが実際にスバルの力になっているのかまでは、考えたことがなかった。
 力のない、戦えない自分もスバルが立ち上がる力になっている。本当にそうだとしたら嬉しいのだが……。
 そんなルナの不安をさらに煽るかのように、ハンターVGがぴろんと軽い音を鳴らした。
 ついついハンターVGを立ち上げて見ると、総合ニュースサイトに新しい記事が追加されていた。そのタイトルは「響ミソラとロックマンの関係について」。
 内容は単純にミソラの付近でロックマンを見かける事が多い、という事に対しての記者の想像が描かれているだけのものだ。だからこそ、「二人は付き合っているかもしれない」という主観があちこち滲み出ていた。
 その記事を覗き込んだウォーロックが、思い出したかのように呟いた。
『そういや最近この手の記事多くなったな。スバルは何も言わねえけど』
「そうなの?」
 いつもなら更なる不安と嫉妬で胸が苦しくなるが、ウォーロックの最後の言葉で疑問へと変わる。

『スバルは何も言わねえけど』

 それはおかしくないだろうか。
 ロックマンの活動もだが、ミソラとの関係も目立つ話題だ。そのような事は徹底的に避けるスバルが、このような記事に何も触れないのはおかしすぎる。
 記事に気づいていないのか、それとも騒ぎ立てるような内容ではないと思っているのか。
 普段なら後者の可能性を考えてしまうのだが、先ほどの喧嘩やウォーロックとの会話が全く違う嫌な予感を覚えてしまう。
「やっぱり、何か起きてるのかしら……」
 そこまで考えて、ルナはふと空を見上げる。当然だが、今の夕焼け空に特別変わったところはないのだけれど。

 

 ウォーロックと別れ、ルナは再度家路につく。
 この時期はまだまだ日が落ちるのは遅い。しかし、夕方という時間帯は足を急がせるには充分だった。
 特にルナの家は門限が厳しいので、万が一のことを考えて早く帰宅したい。特にこういう時はさっさと家に帰って、悶々とした気持ちを整理したいのだ。
 しかし。

 ひゅっ

「!」
 目の前を何かが横切った。猫や虫とは違う、カラフルな何か。
 自然色とは違うその色が何なのか、ルナは何となく予想がついた。
 思わず足を止めて、辺りを見回す。それらしい影は、ない。しかし気のせいと思うには、横切った何かははっきりしすぎていた。
 とある可能性を思いつき、最近付け始めたコンタクトレンズを外す。すると、さっきよりはっきりと世界に「色」がついた。
 その状態で改めて目を凝らし、横切った何かを見定める。

 ぶぉんっ!

 今度は大きな音と共に黒い何かが横切った。
 思わず頭を抱えてうずくまるが、当然何かが当たったわけではない。傍から見れば間抜けな姿だろうな、とどこかで呆れていた。
 何もなかったことに安堵の息をしながら立ち上がる。ぱたぱたと埃をはたいてから目を開けて……その目が完全に丸くなった。
 黒い服と白い髪というモノクロな出で立ちに、ナイフを思わせるような鋭い赤い目。手に持った蛮刀。
 最近見ていなかったし後ろ姿ではあるが、間違いなくそれはソロだった。
「そ、ソロ!」
 思わず声を上げると、彼もルナに気づいたらしく振り向く。
 その表情は相変わらず冷たく厳しいものだが、少しだけ「面倒な奴に会った」という色があった。人嫌いキズナ嫌いは相変わらずなようだ。
 普段ならそっとしておくのだが、この不安の最中での再会。彼なら何か掴んでいるかもしれないし、何より誰かに話を聞いてほしかった。
「ちょっと待って!」
 ソロが去ろうとしていたので、必死になって捕まえる。足が少しだけ震えたが、気合で抑えた。
 言葉では捕まえられなかったが、剣を持っていない左腕を抑える事で何とか捕獲に成功する。本人は振りほどこうとするが、それは踏ん張って堪えた。
「何の真似だ」
「お願い、ちょっとだけ話に付き合って! スバル君の様子がおかしいのよ!」
「……!」
 半ば大げさな言い方だとは思ったが、ソロの反応を引き出すには充分だったようだ。
「何があった」

 

 門限近くなので、ルナはソロを家に上げた。
 母親は難色を示したが、友人だと言い張ったおかげで「早めに帰ってもらうのよ」と時間制限付きで許しを得られた。ソロは後ろで落ち着かないような感じだったが、あえて無視した。
「話が話だから、私の部屋に行きましょう」
「……解った」
 家政婦たちに軽く会釈しつつ、まっすぐ自室へ行く。
 自室に入れてから、お茶の存在を思い出したが、お湯を沸かしている間に話が終わりそうな気がするのでやめた。
 ソロを椅子に座らせ、自分はベッドのふちに腰掛ける。さっきまで落ち着かないようなソロだったが、話をする雰囲気を察してやっと落ち着いた姿勢を取った(姿勢は悪いが)。
「それで、何があった」
 さて困った。
 様子がおかしいと言っても解りやすく変わっている部分はない。何故なら、スバルが言っていることに間違いはないからだ。
 しかし間違っていないはずなのに、それが何かおかしい。おかしくないはずなのに、自分の中でアラームががんがん鳴り響いている。おかしくないはずなのに。
 スバルは全て正しい。様子も至って普通だ。別に何一つおかしくは

「なるほど。解った」

 何が解ったのか、ソロはこっちの混乱を見てすぐに立ち上がった。
「ちょ、ちょっと、まだ何も言ってないわよ!?」
「言わなくても解る。確かにおかしい」
 慌ててルナも立ち上がって引き留めようとするが、今度は完全に振り払われる。何故なら、ソロの言葉に一瞬固まってしまったから。
 言わなくても解る。確かにおかしい。脳内でもう一度再生する。
 ソロは既に異変に気付いている。つまり、自分の中の違和感は間違っていなかったという事だ。
「な、何か知ってるの?」
「関係な……」
「『関係ない』とか言わないで。スバル君のピンチなら、私たちにとってもピンチなのよ」
 ソロにとって嫌いなキズナ理論なのだが、間違った事は言っていないはずだ。
 スバルがピンチならその影響はルナたちにも及ぶ。だからこそ、自分……自分たちも動ける時に動きたいのだ。
 また顔をしかめるソロに対し、ルナは一歩詰め寄る。
「何か知ってるなら教えて」
「聞いてどうする」
「解らないわ。でも、何も知らないよりは何か変わると思っている」
「力もないのにか」
「……っ!」
 ソロの一言に、スバルのあの言葉が脳内で蘇る。
 力がない人間は黙っているべきなのか。何もせず、ただただ相手を肯定して褒め称えていればいいのか。それが本当に友達なのか。
 ……そんな風に思いたくなかった。
「お願い。教えて」
 もう一度、一言一言はっきりと自分の心に刻み込むように、ルナはソロに懇願した。

 二人の話し合いは、深夜まで続くことになった。