流星のロックマン・希釈「星河スバルの傲慢・4」

 昨日も、スバルは登校して来なかった。
 心配したルナは朝スバルの家に寄る事にした。引きこもりの時の様に無理やり引っ張り出すのではなく、様子だけ聞きに寄る感じである。
 呼び鈴を鳴らすと、やはりと言うか出て来たのは母親のあかねだった。
「ごめんね、スバルは今日も行けないっぽいの」
 開口一番、そう謝られた。
 という事は、今日もスバルはロックマンの活動を優先するようだ。ここ最近は大きな事件もないのだが、誰かを助けたいと思ってしまうのがスバルらしい。
 しかし、本当にこれでいいのだろうか。
 最近ルナの中で湧き上がる、底知れぬ不安。正しい事のはずなのに、どこかでこれは間違っていると叫んでいる声が聞こえるのだ。
 渋い顔をしていたのか、あかねが「とりあえず呼んでみる?」と声をかけて来た。
「一応部屋にいるのよ。……ただ、起こしても起きなくて」
 という事は、スバルは家にはいるようだ。そう言えば、スバルが引き籠っていた頃は昼夜逆転な生活はしていなかった。そんな彼が起きていないという事は、深夜まで活動していたのだろうか。
 睡眠時間を削り、学校までサボってまでロックマンとして戦い続けているスバル。人々が呼ぶ限り、決して止まれないスバル。

 これで本当にいいのだろうか。

 改めて、そんな考えがルナの頭に浮かぶ。
 スバルがロックマンで、世界を何度も救ったヒーローなのはよく知っている。だが、ここまで彼が世界のために走り回る必要はあるのだろうか。
 もちろん、スバルの正義感の強さもよく知っている。しかしそれと同じぐらいに人見知りで、なるべくロックマンにならないようにしているのも知っている。
 だからこそ、彼はロックマンとして世界を平和にするために走り回っているのだ。

(……!)

 唐突に浮かんだ考えに、ルナはぞっとした。
 突拍子のない、ただただロックマンを奨励するための考え。
 根拠も何もなさすぎるそんな考え、普段なら頭に浮かばないはずなのに、何故か今ふっと頭に浮かんでしまったのだ。
「大丈夫? 具合悪いんじゃない?」
 ルナの動揺に気づいたか、あかねが顔を覗き込んでくる。慌てて首を横に振り、笑顔で取り繕う。
「わ、私よりもスバル君の方を心配してください。本当に悪い病気だったら大変ですから」
「そうねぇ……」
 あかねは口先こそ心配そうだが、その表情はそれほど暗くはない。やはりロックマンの活動の影響のようだ。
 時間を見れば、少し急がないと間に合わないぐらいの時間。ルナは「放課後また来ます」と告げ、スバルの家を後にした。

 

 授業も終わり、放課後。
 ルナは下校の準備を済ませると、職員室へと向かった。今日は生徒会の仕事もないので、休み続けるスバルのために溜まっているプリントなどを渡そうと思っていたのだ。
「いつもすまないなぁ」
「いえ」
 育田から大量のプリントを受け取る。電波技術が発達していても、こういうところはアナログで済ませるのが彼の癖だが、今回はそれに助けられた。
 スバルは今、家にいるだろうか。
 彼の家への道を歩きながら、ルナは朝の事を思い出す。
(スバル君はロックマンだけど、スバル君なのは事実。だけど、ロックマンの活動を止めさせていいのかしら)
 小学生としてのスバル。ヒーローとしてのロックマン。両立は出来ないのだろうか。
 仲間として、友達として、自分に出来る事は何もないのだろうか。
「……あ」
 考え事をしていたからか、うっかりスバルの家を素通りするところだった。数時間前に押したチャイムを、再度押す。
「はーい」
 これまた数時間前と同じく、あかねが出た。朝ぶりね、とからりと笑う。
「こんにちは、おばさま。スバル君はいますか?」
 挨拶と共にスバルの所在を問うと、意外にもあかねは「今いるわよ」と答えた。
「いるんですか!?」
「さっきまで外出していたけど、戻って来たのよ。良かったわね」
「じゃあ話せますか?」
「大丈夫よ。上がって上がって」
 息子が無事に戻って来たからか、明るいあかねに引っ張られるような形でルナはスバル家に上がる。
 何度も上がった事のある家、何度も立ったスバルの部屋の前だが、今回は緊張感が漂う。足が少し重く感じるのは、気のせいではないはずだ。
「スバル、いるんでしょ?」
 あかねのノックと問いかけに、部屋から「いるよ」とスバルの声が返って来た。
「ルナちゃんが来てるんだけど、開けていい?」
「……どうぞ」
 許可が下りたので、「邪魔するわね」と一声かけてから中に入った。
 スバルはベッドに座っていた。ふわ、とあくびをするあたり、どうやら寝ていたようだ。
「委員長、久しぶり」
「……ええ」
 久しぶり、なんて言葉が出てくるぐらいに自分たちは会っていない事を、改めて思い知らされる。それだけスバルは、学校に来ていないのだ。
 ルナは心の中の寒気を振り払い、努めて冷静にカバンからプリントを取り出す。全部スバルが来ていなかった頃に配られた物だ。
「これ、授業で?」
「そうよ」
「ふーん」
 スバルの方は何の情感も沸かないのか、普通に受け取る。ぱらぱらと軽く見ているようだが、まだ何も感じるものはなさそうだ。
 コダマ小は進学校ではないが、学校の授業のレベルは低くはない。そしてスバルはガリ勉タイプではないが、何もせずとも高得点を取れるほど優秀というわけではない。
 いい加減学校に行かないと、成績に響くどころか授業に追いつけなくなるのだが……。
「そろそろテストもあるけど……大丈夫? 追いつける?」
「さあ」
「さあって……」
「テストの時も行けるか解らないし」
 淡々と……そしてしっかりと答えるスバル。学校の授業よりもロックマンの活動の方がはるかに重要だ、と暗に言っていた。
 さすがにムッとしてしまったので、ついつい問い詰めてしまう。
「解らないって……まだ休むつもり?」
「さあ。みんなが呼ばないなら、ちゃんと学校に行くよ」
「みんなって誰よ!?」
「みんなだよ」
 ……スバルの返答は、あまりにも理解できないものだった。
 だが、何故かそれは正しいと思っている自分もいた。自分は「みんな」の一人なのだから、スバルのいう事は全て正しいのだと、頭が強く言い聞かせてくる。
 スバルの言う「みんな」。そのよく解らないナニカに、自分たちは入っているのだろうか。もし入っていないとしたら……。

「いい加減にして!!」

 今日何度目かの悪寒を振り払うかのように、大声で叫んだ。
 このままではいけない、なのにそれを受け入れてしまいそうになる。何より、いつもと全く変わらないスバルの顔が、今はとても恐ろしい。
「学校の授業よりもロックマンとして戦う方が優先って、そんなので本当にいいの!? それで将来上手くいくと本気で思ってるの!?」
 スバルの顔は変わらない。
「貴方、これから一生ロックマンで戦うつもりなの!? 本当にそれだけの人生でいいの!?」

 ばんっ!

 ルナの怒号に負けないほどの大きな音が鳴る。
 スバルがルナの頬を叩いた音だった。

「人のやる事にケチ付けないでくれる? 僕がそうしたいって決めたんだよ」
 冷え切った声でスバルがルナを責める。
 頬を叩かれたショックよりも、今まで一度も聞いた事のない声にルナはギリギリのところで悲鳴をこらえた。
「電波ウィルスや電波人間の悪事は、電波人間……僕にしか止められない。戦えない人たちが巻き込まれて、悲しい目にあっていいと思ってるの?
 もし人が死んだらどうするの?」
 淡々とした正論。
 あまりにも、あまりにも正しすぎて、ルナは既に何も言えなくなってしまっていた。しかし、心のどこかでスバルを止めろと言うアラートも鳴り響いている。
「ゴン太や暁さんたちも戦っているけど、限界はある。誰もが電波人間になれるわけじゃないんだ。だから僕は戦うんだよ」
 ……それだって正しいのだ。
 電波変換の条件は、人間と融合できる電波体がいる事(一人例外がいるが)。ルナのモードやキザマロのペディアのような一般ウィザードに、人間と融合する能力はない。
 スバルの言う事は全て正しい。だから、もう何も言い返してはいけない。それは解る。
 しかし。

「何の力も持たないくせして、偉そうに言わないでほしいんだけど」

 その一言に、完全に頭に血が上った。
「もういいわよ!」
 スバルに向かって残りのプリントを叩き付けるように投げつけ、ルナは部屋を飛び出した。