流星のロックマン・希釈「星河スバルの傲慢・2」

 スバルとツカサが再会してから数日後。
 それを知らないソロは、ナンスカで調べ物をしていた。

 ナンスカは世界でも数少ないムー文明の遺跡が残る場所で、今も口伝や書物でその文明が受け継がれている。例えば……。
「ソロ様」
 自分を呼ぶ声に対し、ソロはそっちの方を向く。そこにいるのは村長アガメ。手に持っている古い巻物を、無言で差し出した。
 ムー文明を知る数少ない存在である彼は、その末裔であるソロを様付けで呼び、敬意を払った態度で接していた。ソロとしては鬱陶しい事この上ないが、彼の気持ちを無下にするのも気が引けたので、このままにしていた。
「『剣』と『杖』と『王冠』についての書物は、これくらいしかございませんでした」
「そうか」
 古い巻物は丸まって大きく見えるが、実際はただ一枚の紙。それだけ情報が伝わっていない――伝えていないのが解る。
 ソロは巻物を開いて、内容を確認する。禁じられた三つの神具、その外見と効果について書かれていた。
 王への忠誠心を更に高め、その心の流れを自身の力に変換する。強大な力により、更なる国の発展へと繋げていく。
 しかし、心の流れに取り込まれた者は、魂が飲み込まれる。要は王を傀儡にするためだけの道具なのだ。
 それが盗まれた。つまりは……。

 ソロの頭に浮かんだのは、「王」の候補になり得る一人の少年だった。

 

 巻物を返した後、ソロは麓の街に寄っていた。情報をまとめるのと、食事を取るためだ。
 金は有り余っているがそれほど食に興味がないので、適当な飲食店でいいかと探す。そんな足が、ふと止まった。
 気配を感じる。人混みに紛れているものの、明らかにこっちを見ている視線だった。
 無視するか、それとも応じるか。
 悩んだのは一瞬。ソロが選んだのは後者だった。……そして、その決断は間違っていなかった。

 びゅっ!

 風を切る音と共に、鋭い何かが飛んできた。
「!」
 上半身を大きく逸らすことで飛んできた脚――回し蹴りを避ける。
 襲撃者はその回避を読んでいたようで、よどみない動きのまま踏み込んでくる。その勢いで放たれるのは早いストレートだ。
 すんでの所でかわし、カウンターとしてフックを入れる。直撃は避けられたが、かすかに手ごたえはあった。相手がよろめいたのを確認して、攻撃に対応するために一歩下がる。
 ここで改めて襲撃者を見るが、自分と同じぐらいの少年なのにソロは内心驚いていた。
 昔から色んな輩に襲われてきたが、大抵は自分より大柄な大人が複数取り囲んでというものだった。
 型にはまっていないスタイルは明らかに喧嘩慣れしたそれ。この少年はそれだけの経験を、もう既に積んでいるという事になる。
 ただでかいだけの大人よりも厄介そうな少年に、どう立ち回るか。
 じり、と間合いを図っていると、相手が動きかけた。瞬時に察したソロはそれに合わせようとするが。

「待って!」

 唐突な制止の声に、思わずたたらを踏んでしまった。
 これが赤の他人なら少しだけ視線を向ける程度で済むが、その言葉を言った人間が。
「ごめん、ちょっと待って。本当に待って」
 ……話しかけてきた人間が、自分を襲撃してきた少年だったのだ。
 しかも先ほどまで漂わせていた凶暴性は今はなく、逆にどこかの誰かを彷彿させるような穏やかさが漂っている。
 出鼻をくじかれて黙りこくってしまうソロに対し、少年――双葉ツカサは「お詫びに何か奢らせて」と提案してきた。
「ここらの焼肉は美味しいからさ、一緒に食べようよ」

 

 ツカサが案内した店は、それなりに広い定食屋だった。ソロもここで食べようかと考えていた場所である。
 店に入った瞬間に立ち込める味のついた湿気、怒鳴り声に近い店員の掛け声、食器のぶつかる音、客の会話が二人を歓迎する。店員が二人を見て「空いてる所に座れ」と指示してきた。
 指示されたとおりに空いてる席に座ると、水を持ったウィザード(デンパくんが付いているが、ソロにしか見えない)が注文を取りに来た。
『ご注文をどうぞ。本日のランチは二番です』
 別にこれと決めてないので、ソロは勧められた今日のランチをそのまま注文する。ツカサもそれに続く。
 注文を受けたウィザードが下がったのを見てから、ツカサが水を一口飲んだ。
「改めて。僕は双葉ツカサ。君はソロだよね?」
「……何故オレの名前を」
 名前を当てられて訝しんでいると、ツカサはくすくすと笑いながら「スバル君から話を聞いてるからね」と答えた。
「ムー民族の最後の末裔で、孤高の戦士ブライだって事もスバル君から聞いてるよ」
「あいつか……」
 ツカサから感じた誰かに似た気配。それはスバルの影響を受けていた故の気配なのだろう。こんなところまで星河スバル。さすがヒーローと言うべきか。
 そんなツカサの近くでくすくすと笑う声。ウィザードに引っ付いていたデンパくんをつっつく電波体……の片方の面が笑っていた。
 ウォーロックやハープ、オックスと似たような気配。おそらくこいつも、異星人なのだろう。
 ソロが視線を向けているのに気づいたらしく、ツカサが「本当に電波が見えるんだね」とまた笑った。どうやらスバルはかなり詳しい所まで話しているようだ。
「ジェミニはウォーロック達と同じくFM星人なんだ。電波変換のアシストもしてくれるけど、今じゃもっぱら僕たちのウィザードさ」
「僕『たち』?」
 ツカサの言葉に、思わずおうむ返しで聞いてしまう。目の前にいるツカサの笑みが少し崩れ、困ったようなそれへと変わった。
「……僕の中には、もう一人の僕がいるんだ」
 聡いソロは、それだけである程度の事情を察する。さっきの襲撃者と今の少年、そして二つで一つな電波体がついている理由。
 ツカサもすぐに解ってくれたのか、一つ頷いた。
「さっき君を襲ったのが、『ヒカル』。ヒカルはやや乱暴だけど、僕を守るために必死でいい奴なんだ。
 君を襲ったのも、僕がどうやって君とコンタクトを取ろうか悩んでたから、強硬手段を取ったに過ぎないんだよ」
 ……随分と豪快な強硬手段である。
 ソロがそれなりに喧嘩慣れしていたから良かったものの、一歩間違えれば相手は大怪我だ。多分ソロの実力も聞いていたから、安心してけしかけたのだろうが。
 ツカサもそれを重々承知か、「後でちゃんと言い聞かせておくよ」と付け加えた。どうやって言い聞かせるのかは、あえて聞かなかったが。
 しかし、何故自分に会うことを決めたのだろう。
 素直にそれを聞くと、ツカサはまた笑みを浮かべる。その笑みの色は、苦みに近い。
「そりゃあ、スバル君から君の話をたくさん聞いたからさ。ムー民族の最後の末裔、単独電波変換でブライになれる、とても強いしプライドも高い。

 ――孤高なんて掲げてる馬鹿な奴。今の社会において悪人に近い奴」

「……!」
 自分の表情が険しくなるのを、ソロは悟った。
 明らかにスバルの言葉とは思えないほどの、偏見と極端な正義に満ち溢れたそれ。いつものスバルなら、死んでも言う事がない言葉の数々だ。
 だがツカサはスバルがそう説明したと言う。今まで何度も戦った間柄の人間に対し、そこまで悪し様に罵るだろうか。
 もちろん、彼が嘘をついているか、大げさに言っている可能性も有る。しかし……。
「奴が、本気でそう言ったんだな?」
 そう尋ねると、ツカサは真顔で頷いた。
 タイミングよく二人が注文した今日のランチが届く。後は二人とも言葉少なに昼飯を平らげた。
 もう語り合う事は何もない。
 ツカサは既にソロに伝えたい事は伝えたし、ソロもその伝えたい事を察した。これ以上何を話すことがあるのだろうか?

 食事が終わった後、ツカサは保護者である天地が引き取りに来た。
 天涯孤独の彼の親代わりと同時に、電波人間ジェミニ・スパークのお目付け役と言うわけか。
「まさか君と会っているとはね」
「……」
 天地の目をそれとなく観察してみたが、目に解るような異変はない。ツカサに話しかけている内容も、当たり障りのないそれだ。
「相変わらずそうだけど、変な揉め事とか起こしてないよね?」
「話す必要はない」
 つっけんどんに突き放すと、彼は「全く、君らしいね」と苦笑で返した。
「でも、本当に何かあったらサテラポリスかWAXAに連絡してくれ。僕たちはいつでも力を貸すよ」
 余計なお世話だ、と言い返そうとしたが、それより先に天地はツカサと共に人混みの中へと去って行った。恐らくそのままニホンに帰るのだろう。
 後に取り残されるのはソロ一人。
 留まる理由もないので、歩きながら食事の時の会話を思い出していく。主に、自分を悪し様に罵るかのような評価の部分についてだ。
 周りから正義の味方、ヒーローともてはやされているが、他者を積極的に悪と断定する性格ではない。短絡的に決めつける事も有り得なかった。
 元々スバルがそう思っていたとしても、何故今他人経由で話すのか。それが本心だと言うのだろうか。
 否。
 本心ではなく、「本心」。それは、スバル――ロックマンがそう思うだろうという「本心」からの言葉。
 「皆」がロックマンの正体を知らない故、「皆」ロックマンの事を自由に想像できる。
 誰もが想像するロックマン像は、「悪を許さぬ正義の味方」だ。そして今の世界における「悪」とは……。

 

 情報は揃った。
 やはり、一度コダマタウンに行って実際に顔を見ないと駄目なようだ。
 正直彼らに会うのは気が重いのだが、会わなければ「あれ」の存在を聞けないし、回収もできない。
 世界は既に危機に瀕している。しかし、ヒーローは今だにその事に気づいていない。
 ならば、気づいている人間がやるしかないのだ。

 ソロはほんのちょっとだけ重い足取りで、ウェーブステーションまで歩いて行った。