遠縁の親戚・9「遠縁の親戚」

 ライブ当日。
 さすがに大舞台という事で、朝からミソラは緊張状態だった。大ポカこそしないものの、油断すればどこかにぶつかったり指先が少し震えている。
 一方のソロはいつもと全く変わらない。
 自分がステージに立つわけではないのもあるし、元々緊張してもほぼ変わらないと自負していた。

 一つ懸念があるとすれば、やはりロックマン(偽)の事だ。

 今朝はずっと自分たちを見張っていたウィザードがいなかった。雇われ期間が切れたか、それとも監視しなくてもいい理由が出来たのか。
 ともかく。今日で全てが終わるのだ。
『そろそろ出ましょう』
 ハープに促され、二人は立ち上がる。
 さて出発……と一歩踏み出そうとしたソロだが、ぐいっと体を引き寄せられた。何となくデジャヴを感じながら振り向くと、後ろからミソラがしがみついている。
「……おい」
「ありがとう。一緒にいてくれて」
 感謝の言葉にしては随分と暗い気がした。ソロの違和感を置き去りにして、ミソラが続ける。
「本当はね、試験期間とか関係なくスバル君は呼ぶつもりなかったの」
「……」
「アメロッパでも私とロックマンの関係って噂されてるから、私を呼べばロックマンもって打算絡みだろうなって気づいてた。
 あと、最近私の周りを付きまとってる奴がスバル君に気づいたら、スバル君どころか家族にも迷惑かかるかも知れない。そう思ったの」
 無理もない。
 前者は先日ミソラが愚痴っていた通りだし、後者はロックマン……星河スバルのプロフィールを知っているなら解る感情だった。
 スバルの父・星河大吾はやや有名人ではあるが、実際はごくごく普通の一般家庭。ロックマン(偽)が本当に会社重役だとしたら、金や地位で圧力をかけてくる可能性は高い。
「でもね、私一人だとそれこそ付きまとってる奴が何してくるか解らない。それで、誰でもいいから護衛が欲しかった。
 暁さんにお願いしたけど、先手を取られたのか大きな仕事を抱えてるから無理だって言われたの。だから……」

 ――ソロの居場所、知りませんか?

 ダメ元で、ソロに頼ろうとした。
 スバルと同じぐらい強くて、電波を直に見る事が出来る。そして何より天涯孤独故に、誰かを人質に取られることはない。
 護衛としてこれほど相応しい人物はいない、と判断したわけだ。
「あの時裏路地に飛び込んできたのは、オレを探し出して護衛をやらせるためだったのか」
「まあそれもあるけど……それよりも、追ってくる奴らを撒きたかったの。会えたのは本当に偶然」
 それでも本当に手掛かりなしだったとは思えない。恐らくソロに突っかかって来たマフィアの情報から、ある程度の場所は予想したのだろう。
「ごめんね。それから、ありがとう」
 ミソラが強く抱きしめて来た。
 振りほどく事は出来たが、黙ってされるがままにした。
 今の彼女に必要なのは、言葉よりも受け入れる姿勢だ。いいように利用されたのは事実かも知れない。しかし自分を頼って来たのもまた事実だ。
 かつて敵対し、自身の思想とは大きく違う相手に頭を下げる必要があるほど、彼女に手持ちのカードがなかったのだ。
「でもね、これだけは信じてほしい」
 絞り出すような……それでも務めて明るい声で、ミソラははっきりと告げた。
「君と過ごした数日間は、とっても楽しかった」

 イベント会場まで一緒について行ったが、怪しい動きをする者はどこにもいなかった。
 ここまで来ると、道中よりも会場で待ち伏せした方がいいと判断したのだろう。まあホテルから会場までリムジンで一直線なので、何かあったら大騒ぎ待ったなしなのだが。
「響さーん! こっちですー!」
 車から降りると、出迎えの会場スタッフがすぐにミソラを呼ぶ。
 さすがにここからソロは同行できない。ミソラから視線で「後はよろしく」と言われ、ウェーブステーションへ走る。
 電波変換してウェーブロードに乗ると、上からイベント会場を見渡した。
『ル……』
 ラプラスがある一点を指す。
 ブライがそっちに視線を向けると、ここ最近何度も見た怪しいウィザードがいた。何かしようとしているようだが、あいにく遠すぎてよく解らない。
『……』
 こっちの意思を読んだか、ラプラスがステルスボディを差し出した。

 

 男にとって、響ミソラは最高級のトロフィーであり、運命の女性だった。
 接待と言う形で誘われたライブで、光り輝くステージで歌う彼女に目を奪われた。歌も素晴らしいが、そのルックスと彼女の境遇にも惹かれるものがあった。
 早速ミソラの事務所とコンタクトを取り、多額の寄付を贈った。それらの寄付が別の誰かの物になったとしても、それがミソラの喜び……自分への好印象に繋がるのなら問題なかった。
 当然だが彼女にもたくさんのプレゼントを贈った。
 ぬいぐるみやバッグに始まり、華やかなアクセサリーの数々。さすがに指輪は早すぎたらしく、本人は困った顔をしていたが。
 しかし、様々な贈り物や奉仕に対して、いまいちミソラの反応は薄いままだった。年齢差も考えたが、どうもそれ以外に理由があるような感じだった。

 悩んでいると、とある情報筋から「響ミソラはロックマンと付き合っている」という噂を入手した。

 ロックマン。その名はさすがに知っていた。一部ではサテラポリスの凄腕エージェントだとか正体は異星人だとか言われてるが、詳しい事は誰も知らない。
 何故二人が付き合ってるという噂が出たのは解らないが、ロックマンとミソラの繋がりをそのまま自分とミソラの繋がりにすり替えても、きっと誰も気づかないだろう。
 大っぴらにミソラとロックマンの交際を噂するのはアウトだが、彼女の周りや社交界でそれとなく噂を広げるくらいなら注意ぐらいで済まされるはずだ。

『響ミソラが会場入りしました』

 登録しているウィザードの一体(ソロたちを監視していたウィザードである)がミソラの会場入りを報告する。
「持たせておいたプログラムを放出しろ」
『了解しました』
 最低限の指示だが、優秀なウィザードは迷いもせずにその指示を実行し始める。通信を切って、男は車から降りた。

 男は用意してもらった部屋に入ると、ミニリアルウェーブ発生器を取り出す。これも金の力で購入した超高性能ものだ。
 ミニサイズのそれは大きな物を作る事は出来ないが、小さい物……例えば誰かにそっくりな見た目になる事ならできる。ただし見た目だけで背丈や顔まで同じにはなれないが。

 ……そうして男は見た目だけはロックマンになった。

 最近ミソラの周りで出没していたロックマン(偽)。その正体はソロやミソラが推理していた通り、この会社重役の男だった。
 ミニリアルウェーブ発生器でロックマンそっくりになり、ウィザードがばらまいたウィルスもどきを倒して回る。そうする事で噂の信憑性を高め、自分こそロックマンだと認識させる。
 ミソラ本人の最初の印象は悪くなるだろうが、周りが盛り上げていけばいずれは自分へ好意を抱いてくれるだろう。
 なぜなら、自分はロックマンになるのだから。
 弾む気分を抑えつつ、ドアの方を向いた瞬間。

 ごッッ!

 鈍い音と共に強いパンチを腹に受けて、大きくよろめいた。
「なッ、何を……」
 するんだ、と続けようとして相手を見た瞬間、その相手――白髪と赤い目の少年に睨まれて体がすくんだ。

 

 わぁぁぁぁぁっっ!!

 大歓声がステージを満たす。
 直視できないほどの眩い光の中、二人の少女が歌い踊っている。
『みんなー! 私たちの曲、じゃんじゃん聴いてってね~!!』
『私たちの幸せ、みんなに届け!!』
 ミソラとマリア。二人の声を聞いた観客たちが、更に熱狂の声を上げた。
 二人のライブは今最高潮。邪魔しようとする無粋な者は誰一人としていない。そう、誰一人もだ。
 ミソラが抱えているトラブルは既に会場スタッフは知っていたものの、それらしい妨害は何一つ起こっていない。サテラポリスから呼ばれたガードマンも、ついうっかりライブの曲に聞き惚れそうになるくらい、全てが順調に進んでいた。
(ソロ、無事に片付けてくれたのかな)
 歌いながら、ミソラはぼんやりと思う。
 今、彼はどこにいるだろうか。
 ちゃんと自分の歌を聞いてくれているだろうか。

 

 そして何事もなく、ライブは終了した。
「ミソラ、お疲れ様!」
「マリアもお疲れ様!」
 一番の功労者たる二人の少女が、汗だらけの顔で大きな口を開けて笑う。大舞台を終えた今、二人の間には確かなキズナが繋がっている。
 そしてそれはお互いの事務所のスタッフもそうだった。
「いやはや、おたくのマリアさんもいい歌でしたね!」
「ははは、そちらのミソラちゃんだって負けてなかったですよ!」
 歌でつながったキズナを皆で噛み締め合う。そんな和気あいあいとした空気が流れていくが。

「おい、これを解け!」

 縄で縛られた男と、その縄を握っている少年……ソロ。
「ソロ! も、もしかしてそいつが?」
「ああ。こいつがストーカーで偽ロックマンだ」
「「ええっ!?」」
 ソロの言葉に、全員が驚嘆の声を上げる。
「下らんロックマンごっこで、お前を口説こうとしていたらしいがな。まあ実際はこんなもんだ」
「う、うるさい! 下らないとか言うなクソガキが!」
 男が情けない声で反論するが、ソロの一睨みで完全に黙り込んだ。
「サテラポリスには既に通報してある。奴らが来るまでちゃんと鍵のかかる場所に閉じ込めておけ」
「そうだね」
 ミソラが頷くと、男の情けない顔がさらに崩れていった。
 泣き出しそうな顔で彼女の方に顔を向けるが、そんな男にミソラは笑顔どころか視線を向ける事はない。
「み、ミソラちゃん! ミソラちゃんが俺を警察に突き出すとか、そんな事するわけないよな?! 将来結婚する身なのに!」
「貴方とはしません」
「そ、そんな!」
 想い人にはっきりと断られた男だが、まだ諦めきれないのか情けない顔のままソロの方に目を向けた。
「だ、だいたいこのガキは何なんだ! 凶暴で野蛮だし、ミソラちゃんの隣に立つなんてあり得ないだろ!」
 男の好き勝手な言い分にミソラの顔が見る見るうちに厳しくなるが、ソロはそれを手で制する。

「オレはこいつの『遠縁の親戚』だ」
 そう言いながら、少しだけセットが崩れたミソラの頭をくしゃりと撫でた。

 

 かくして。
 男はニホンから来たサテラポリスに逮捕され、連行されていった。
 表沙汰になることなく事件は解決したが、男のやらかした事はすぐに会社に伝わる事だろう。スキャンダルのもみ消しと尻尾切りとして、見捨てられることは想像に難くない。
 もう男が、金と地位を盾にミソラに迫る事はないだろう。
 今度こそ完全に終わったと、ミソラやマリア達スタッフが打ち上げに盛り上がるのを見ながら、ソロはその場を立ち去った。

 

 少しよれよれになった包帯を外し、近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。
 一週間ぐらい前についた傷は、大きなかさぶたへと変化していた。もうすぐ完治するだろう。
 それにしても。
 怪我してたことすら忘れかけていたくらい、ミソラとの共同生活は色んな意味で心揺さぶられる事ばかりだった。
 二度とあんな生活してたまるもんか、と思う反面、またできたらなとほのかに思う心。
 ……そして、絶対に有り得ないだろうという暗い絶望。

 ソロは何度も首を横に振り、イベント会場を出た。