遠縁の親戚・8「悪夢とホットミルク」

 翌日からのミソラの気合の入りようと言ったら、まさに別人だった。
 ダンスの練習から歌の打ち合わせ、周りへの気配り、イベント宣伝と精力的に走り回った。
 その努力は少しずつ実り、アメロッパでもミソラの人気は徐々に上がりつつある。最初はマリアのおまけと評価していた記者たちも、ミソラへの評価を上げていた。
 一方盗聴器やミソラのストーカー(四十代後半)への対処も、ちゃんと相談している。

『悪いな。やっぱりはぐらかされた』

 夜。
 シドウと連絡が取れたので、ソロは真っ先に盗聴器とロックマン(偽)について聞いた。
 予想はついていたからそれほど落ち込みはしない。ただ、相手がまだニホンにいるなら何かしらの情報はないかと踏んだのだ。
「でもプレゼント自体は認めたんですよね?」
 そう問うのは隣で聞いていたミソラだ。基本、プレゼントは全て身元がはっきりしている物のみしか受け取らない。プレゼントそのものは否定できないはずだ。
 それに対してシドウは渋い顔をする。
『まあプレゼント自体は上げたって言ってたな。ただ、盗聴器は知らなかったの一点張りだ』
 やっぱりか。ソロは内心でため息をつく。
 さすがに会社の重役となれば、そうそう簡単に尻尾を出さないだろう。これを元に相手を攻めるのは難しそうだ。
「奴はまだニホンにいるのか?」
『いや、ついさっきニホンを発ったようだ。わざわざジェット機をチャーターしてな』
「あー、そう言えば、事務所にそういうメール来てたらしいよ。出迎え不要とかわざわざ言ってたけど、私に来て欲しいって魂胆見え見えだった」
 となると、明日からストーカーは本格的に動くだろう。ロックマン(偽)も出てくるはずだ。……そしてそれが、捕まえるチャンスにもなる。
 ミソラもそれが解ってるらしく、こっちを見て一つ頷いた。
 そんな二人を見て、シドウはくすりと笑う。
『それにしても。お前ら仲良くなったな』
「は?」
 シドウの言葉にソロは声を上げるが、ミソラはにこにこ笑う。
『いっつもソロはつっけんどんだし、ミソラはスバル以外アウトオブ眼中って感じだったから、お前ら二人喧嘩か無視しあいかと思ってたんだがな~』
「「……」」
 さすがシドウ。歯に衣着せぬ言い方は相変わらずだ。
 まあ言ってる事は間違っていない。お互い相手を意識どころか、印象最悪な状態。それで仲良くなれるわけないだろう。
 それが今はこうして顔を見合わせたり色々相談し合っている。ソロも妥協した部分はあれど、だ。
 ただミソラの方は違ったらしく、「暁さんひどーい!」と反論している。自分は自分なりにソロと仲良くなりたかったとか言っているが、シドウはどこ吹く風のようだった。

 食事を取った後は自由時間になる。
 ソロもミソラもそれほど会話せず、自分たちがしたい事を適当にやっていた。さすがに数日も一緒に過ごせば、お互いの距離は何となく把握できる。
 無理に会話するよりも、自分の視界の端に相手がいる。それぐらいが一番安堵できるのだ。
 そして。
「先に寝る」
「あ、おやすみ」
 いつも通りソロが先にベッドに入る。ミソラは何かをポットに暖めているようだが興味なかった。

 

 石が投げられる。
 悪意の笑い声が響き渡る。
 指を差され、いわれのない罪を被せられる。

 ――殺せ! 殺せ! 殺せ!
 ――悪魔を殺せ! 全部あいつのせいだ!

 慣れた光景だ。
 昔からこうやって人々に疎まれ、蔑まれてきた。
 すり寄り、媚びを売ろうとしても、汚物を見るような目で見下された。ならばと一人でいれば、あいつは悪魔だから誰も近寄らないんだといわれのない噂を立てられた。
 こうやって自分の糧になりそうなものは媚びを売って取り込んで、気に入らない物は難癖付けて潰す。それがキズナの正体。
 もう慣れた光景……夢だ。

 ――雑魚のくせに、孤高とか言っちゃって恥ずかしくないのかな?
 ――誰とも仲良くなれないから、粋がるしかないんだよ。可哀想に。

 見覚えのある少年と少女が、嘲笑っている。
 言葉で憐れみながら、その目は自分を徹底的に見下していた。

 あはは
 うふふ
 あははははは……

 嗤う声に囲まれる。
 その中には見覚えのある少年と少女がいる。
 その二人すら、自分を嘲り、嗤っている、嗤っている……。

 ――しっかりして!

 

 誰かの声と揺さぶられる感覚で目を覚ました。
「ソロ、大丈夫!?」
 声の方を向くと、ミソラが心配そうな顔で自分を見ていた。肩に手を置いているので、どうやら彼女が揺さぶって起こしたようだ。
『汗だくよ。シャワー浴びてきた方が良いんじゃないかしら』
 ハープもハンターVGから声をかけてくる。言われて首に手を当ててみると汗でびっしょりだった。
「本当にびっくりしたよ。そろそろ寝ようって思って寝室来たら、魘されてたんだもん」
 どこから持ってきたのか、ミソラはタオルを手渡してきた。素直に受け取って汗を拭きとる。
「余計な心配はいらん。いつもの事だ」
 ソロはつっけんどんにタオルと一緒に返すと、二人は眉をひそめた。
「とりあえずさ、一旦起きて落ち着こうか。シャワーで汗流した方がいいだろうし」

 シャワーでざっと汗を流し、洗面所から出る。
 こっちこっち、と誘われる方に視線を向けると、ミソラがテーブルにカップを二つ置いて手招きしていた。
 ソロがカップの置かれた席に着くと、飲め飲めと勧められた。一口飲んでみると、暖かさと甘さが口の中に広がっていく。ホットミルクのようだ。
「ちょっと作り過ぎたなって思ってたけど、ちょうど良かったよ」
 寝る前に見た、ポットで暖めていた物はこれのようだ。甘いのはハチミツを入れたからか。
「……で、何が聞きたい?」
 ソロが訊ねると、ハープの方が口を開いた。
『随分と慣れてたようだけど、悪夢を見慣れてるのかしら?』
「そうだな。毎日見ている」
「え」
 二人が息を呑んだのが解った。まあ毎日は少し大げさだが、見ない日の方が少ないくらいこの夢に慣れてしまっていた。
「石を投げられ、見知らぬ誰かに嗤われ、悪事を押し付けられて潰される。過去のリプレイみたいなものだな」
「そうなんだ……」
 ミルクを半分まで飲む。暖かなそれは、少しだけソロの心を暖めてくれた。

「他人事のように言ってるが、貴様もその中にいたぞ」
「え」

 ミソラが再度石化した。
 ぽかんとした顔を見る限り、自分がその中に混じっていたとは本当に思っていなかったようだ。
 無理もないと思う反面、何でそんな顔をするんだとも思う。それだけ彼女はキズナを大事にしていて、それを踏みにじる事を許さない。
「なんか、ごめんね」
「別にいい」
 ミソラが謝って来たが、ソロは一言で切り捨てた。夢の中の彼女は現実の彼女とは違うので、謝られても困る。
 しばらくは無言でホットミルクを飲む時間が過ぎた。ソロは既に飲み切ったが、ミソラはまだ少し残っているようだ。
「私さ、ライブの前日はこれ飲んでるの」
 ミソラが唐突に口を開いた。
 ソロの方は飲み終わったカップをラプラスに預けて、彼女の言葉に耳を向けた。
「昔々、怖い夢を見た時にママに泣きついたら、いつも笑いながら作ってくれたの。ポットに牛乳パック突っ込んだお手軽モノだけど、私には最高のホットミルク」
 その思い出のミルクを、自分にもと言うわけか。偶然とは言え、大層な物をご馳走してくれたものである。
 前までなら皮肉でもぶつけていたものだが、今は何故か素直に感謝している。口に出すのが恥ずかしいので、心の中でだが。
「ちょっとだけでも、元気になれたらいいんだけど」
「さあな」
 適当な言葉と席を立つことではぐらかす。寝る姿勢を見せたからか、ミソラも慌ててミルクを飲んでいた。
 ソロが寝室のドアに手をかけた時、ミソラが声をかけて来た。
「人間ってさ、寝てる時三回は夢見てるらしいね。でも、覚えてるのは目が覚める前に見てた夢なんだって」
 よく聞く話だ。しかし、何故今それを話すのだろうか。
 心の中で首をかしげたが、次の言葉で納得した。
「本当は、もっといい夢を見てる方が多いのかもよ?」
 ……そうありたいものである。
 ソロは心からそう思った。